第2話 塩と砂糖くらいちげぇーよ!

 なぜか僕は、自室で正座をさせられていた。

 視線を少し上げると、そこには際どい黒ビキニを着た魔王。

 今もなお、般若の表情をしていて、すぐに視線を落としてしまったが。


時折、カチカチッというクリック音が鳴り響く。

「おぉ…きゃわわ」とか「パケ詐欺かよ…」とかの声が後ろから聞こえるが気にしたら負けだと思っている。


「おいトシオ」


 頭上から声が聞こえた。

 その声は多分に怒気を含ませていて、もうその声だけでも人を殺せそうなほどだ。

 とてもではないが、声の方向を見る気にはなれない。


「は、はい」

 めちゃくちゃ聞きたい事は色々あるのに、それを雰囲気が許さない。

 ここで僕が質問をしたら、答えと一緒に天に召される可能性だってある。


「お前、さっきアタシの事……なんつった?」

「え、え、えと……」

 やべぇやべぇ!こいつぁやべぇ!!

 魔王様お怒りだよ!?どうすんの!?

 返答如何ではマジで命が危ないかもしれない。

 だが、馬鹿正直に言える気がしない。

 えっ、ってか聞こえてたの?どういう原理?


 聞きたい質問がまた一つ増える。

 だが時間が無い。

 現に、今見える魔王様のおみ足がトントンとその場で足踏みをし、いかにも苛ついている事をさし示している。

 足メッチャ細いじゃん……。


「だぁれがクソビッチじゃごぉらーーー!!!」

 僕が意識を離す前の最後に一瞬見えた魔王様のデルタゾーンはとてもふつくしかった、とだけ言っておく。



◆◇◆◇


「……はっ!?」


 目を開ける。視線の先にはいつもの天井。

 天井の模様を見て、フッ、と笑ってしまった。

どうやら、いつの間にか僕は眠ってしまったみたいだった。

 バイトが終わって自宅に帰り、疲労状態でワロスをプレイ中にそのまま眠ってしまったのだろう。

 似たような事は今までにも何度かあった。

 一度、寝相が悪くて寝ている時に引っ掛かったらしい電源が抜けていた時にはむせび泣いたけど。


 いやいや、まさかあんな夢を見るなんて。

 そりゃ苦笑いも出るってもんよ。

 画面から魔王と勇者が出てくるとか(笑)

 あー笑える。


 苦笑いしながら点けっぱなしだった画面を見ると、最終局面である玉座の間が映っていた。

 床には杖と剣と、さらに勇者が着ていた鎧兜が寝転がった状態で。


 カチッ、カチカチ……ターン!


 背後から人を苛つかせるようなクリック音とエンターキーを打鍵する音が聞こえた。

 僕の身体が小刻みに震え始めるのがわかった。

 …振り向くのが怖い。

 そうして僕が葛藤している間も後ろではクリック音と打鍵音が聞こえてくる。


 恐る恐る振り向くと……。

 そこにはめちゃくちゃ下品なにやけ顔で腕を組みながらディスプレイを見る勇者がいた。

 いつの間にか着替えてるし…。ってかそれ俺のTシャツじゃん…。


 僕がまず思ったのはそれだった。

 鎧兜を脱いで、僕のTシャツ(お気に入り!)とオシャレステテコを着ていた。

 なまじっかガタイがいいからTシャツがめちゃくちゃピッチピチになってるし……。


「お、トシオやっと起きたか?お前のFA〇ZAアカウント借りてるぞー」

「はぁっ!?」

 僕が起きた事に気付いた勇者が、付けていたヘッドホンを外してそう言った。

 コイツ勝手に俺のFA〇ZAアカウントでログインしてエロ動画見てやがる!!


「ちょっ!?勝手に購入までしてんじゃん!!」

「いやだって安かったから」

 安かったからじゃねーよ!しかも緊縛系かよ!そっちは興味ねーって!!


「あ、すまん。お前って縛り系はダメだったよな。でも俺ギャルビッチ系はちょっと……」

 両人差し指で小さくバッテンマークを付けながらお茶目な笑顔で言ってくる。

 いやそうだけど!そうなんだけども!! ってか……

「なんで僕の性癖知ってんの!?」

「だってずっと見てたから知ってるよそりゃ」

「えっ」


 ……え? ずっと見てたから知ってる?


「……もしかして、画面の向こうからこの部屋って見えてたり…?」

 呆然としている僕が、苦しみながらも吐き出した言葉に対して勇者は…。

 良い笑顔と共に、グッ!と親指を強く上に向かって突き上げた。


「終わった……」

 いやもう全部見られちゃってるじゃん。

 トイレや風呂は見られていないにしても、FA〇ZAのお気に入り動画まで知られてるとか何よそれ……。

 当然、一人で慰めているところも見られているわけだし、僕のプライバシーガバガバじゃねーかよ。


「ってか、また動画見始めるんじゃねーよ!」

「えっ?まだ話続いてたの?」

 あー、もうダメだ。コイツは勇者であって勇者じゃない。

 今日からコイツは勇者(笑)と呼ぶ事にする。




「あれ? そういえば魔王? 様は?」

「シラネ」


 衝撃の事実に頭が錯乱していたが、気を取り直して部屋を見回しても、魔王の姿は無かった。勇者も知らないらしい。

 というかコイツ、ずっとエロ動画見てただけだろ。


 トイレと風呂にも姿は無く、なぜか狭い部屋に男二人(うち一人はエロ動画視聴)だった。


「画面の向こうに戻った、とか?」

 僕に一発蹴りを食らわせて戻ったという可能性が高いかもしれない。

 いや、そうであって欲しい。

だが、その希望は簡単に打ち砕かれた。



ガチャ、と音がして玄関のドアが開いた。

そこにいたのは魔王。部屋に入ってきた時の黒ビキニを纏った裸族風ではなく、これまた僕の服を着ていた。

しかもその服はなぜか僕の高校の時の青色ジャージで、左胸上あたりに小さく『樋口』と刺繍されているやつ。

暑かったのか、はたまた見つからなかった為なのかはわからないが下は夏用のハーフパンツだ。

褐色肌にジャージはとても似合っていて、すごく……ビッチ風でした。

僕がすぐ近くまで買い物などで出る時に履くサンダル、手にはコンビニのロゴが入った袋。金髪の髪は後ろで一つ括りにされている。めちゃめちゃ生活臭させるじゃん…。


「お、トシオやっと起きたんか」

 僕の姿に気が付いた魔王が声を掛けてきた。

「は、はい。さっき目が覚めました」

「そうかそうか、んじゃこれやるわ」

 魔王がそう言って袋の中に手を入れてガサガサすると、何かを取り出した。

 手渡されたのはオロ〇ミンC。

「ありがとうございます…」

 え、なんでオロ〇ミンC? 元気ハツラツ?


 魔王はそのまま僕の横を通り過ぎると、勇者に何かを渡しているようだった。


「ほら、お前が言ってたやつこれだろ?」

「おーさんきゅ……これじゃねぇ!」

「あん?」

「俺が頼んだのはモ〇エナだろーが!なんでレッ〇ブルなんだよ!」

「エナドリなんてどれも一緒じゃねぇか」

「ちげーーっよ!お前味覚バカになってんじゃねーのか!」

「……なんだって?」

「砂糖と塩ぐらいちげーじゃねーか!お前普段何食ってんだ、よっ……って、ぁぁ……」

「ちょっと来い」


 魔王の右手アイアンクローで頭を掴まれた勇者(笑)は、そのまま引きずられるようにして画面の向こうへ消えていった。

 不思議な事に、二人が画面の向こうに戻ろうとすると、それまで身に付けていた服やヘッドホンなどがポンポンと床に落ちていく。

 どうやらこちらの世界の物は画面の向こうには持ち込めないようだった。



 画面を見ると、一方的に嬲られる勇者が見えた。鎧兜は脱いでいて、先程まで僕の服を着ていたのでなんとパンツ一枚だった。

 対する魔王はいつものビキニスタイル。どうやらジャージの下にそのまま着ていたらしい。

 戦闘にすらならない蹂躙劇がものの数分で終了すると、床に倒れ伏して動かないままの勇者(笑)を放って魔王は再度こちらの世界にやってきた。


「ふぅ、あのバカが。……あん?あのボケ店員割りばし付けてねーじゃねぇか! おいトシオ、箸くれ」

「あ、はい」


 慌てて保管している割りばしを一膳出し、魔王へ手渡す。

 ん、と小さく礼にすらなっていない礼を僕へ返すと、魔王はさっさと落ちていたジャージを拾って袖を通す。

そうして先程のコンビニ袋からおでんとおにぎり、それに少年ジャ〇プを取り出し、食べながら読み始めた。



 画面の向こうでは未だピクリとも動かない勇者(笑)

 まるで自宅かのように寛ぎ倒している魔王。

 それらを呆然と見る僕。



 なんだよこれ。

 なんなんだよこれ!!


「あっ、忘れてたわ。トシオこれ、さんきゅーな」

 魔王がジャージのズボンポケットをガサゴソし、僕に財布を手渡してきた。




 ……全部僕の金かよ!!!

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魔王とボクと、時々、勇者。 ちょり @mm2222

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