魔王とボクと、時々、勇者。

ちょり

第1話 おい!お前ちょっとここで正座しろ!!

「クソッ!クソッ!」

 画面に向かって罵声を吐く。

 旧世代の、少し画質の粗い映像で戦闘は続く。

 三年間稼働し続けたゲーム機本体がカタカタと鳴っている。

 初代本体から合わせて四台目のこの本体も寿命かもしれないな。


 コマンド入力。画面の向こうの勇者が攻撃する。

 魔王にダメージを与えるが、その程度では魔王は倒れない。

 なんたって四度の変身を遂げた最終形態なのだ。

 そうそう簡単に魔王は倒されてはくれない。


「クソッ!勇者ちゃんとしろよ!魔王お前はさっさと〇ね!」

 また魔王の攻撃で仲間が死んだ。すぐさま蘇生させる。

 もうこれで五度目の蘇生だ。

 僕だったら五回も蘇生されたら心が折れると思うけどね。


「クソッ!クソゲーが!クソッ!クソッ!」

 僕は罵声を吐き続ける。

 言っておくが、普段の僕ならこんな事はしない。

 ましてや僕がプレイしているゲームである【ワールドローレンディススフィア】

 通称ワロスは僕の人生と言っていいのだから。




 その日、僕は非常に機嫌が悪かった。


【ワールドローレンディススフィア】

 通称ワロス。

 僕が十年間プレイしてきたゲームのタイトルだ。


 初めて買ってもらったゲームで。

 初めて攻略本を見ずに進めたゲームだ。


『一生遊べるRPG』を目標に作られたワロスは、文字通り一生遊べるRPGだった。

 なんとプレイディスク五枚組で、一枚ずつ単体で売り出せる程のボリューム。

 現在編から始まり、大過去・過去・未来・大未来編までの全五部で形成されていて、一つのゲームとしてはちょっと考えられない、定価49,800円で売り出された。


 攻略本は六法全書と同じページ数で、中身も六法全書並みに細かく、読破者はたぶんいなかった。


 発売当時中学二年生だった僕は、お小遣いとお年玉を向こう三年間ゼロで両親と交渉し、購入を許された。


『勇者も、魔王も、生きているんだ。』

 ワロスのサブタイトルであるこの文章と、勇者と魔王が寄り添って笑っているメイン絵になぜか心惹かれ、ほとんど一目ぼれに近いものだったと思う。


 ワロスは人生で、青春で、先生だった。


 セーブ機能がなく、なんと本体の電源を落とせるのは各ディスクをクリアした時だけ。

 その時にクリアパスワードが表示され、次のディスクに移行する際にパスワードを入力して次に進めるという、よくわからないシステムだった。


 当然、本体は稼働させっぱなし。

 暑い日も、寒い日もワロスを起動させっぱなしにした結果。

 僕は本体を三回買いなおした。


『勇者も魔王も生きているんだから、電源オフにしたら可哀そうでしょう?』

 制作会社の残した伝説のコメントだ。


 ワロス発売時点で、電源をオフに出来ない仕様は公表されていなかった。

 一部の面白がったユーザーがワロスを購入したものの、電源オフ不可仕様を知った時点で制作元に問い合わせて判明した。


 すぐに返金を求める声が増える事態となった。

 そりゃそうだ。本体とソフトを足せばちょっとした金額になるのだから。


 結局、制作元は消費者庁から通知義務違反の勧告を受け、返金に追われ、全てのユーザーに対応し終える前に倒産した。

 これが俗に言う『ハハッ、ワロス』事件の全貌だ。


 ちなみに僕は、返金を求めなかった。

 ゲームはバカみたいな難易度だったけれど、不思議と飽きず、来る日も来る日もプレイした。


 嬉しい時も、悲しい時も、寂しい時も、苦しい時も、だ。


 テストで良い点数が取れた。

 今日は友達と喧嘩した。

 高校受験うまくいくだろうか……。

 彼女ほちぃぃぃ。


 今思えば、よく両親は何も言わなかったものだと思う。

 画面に向かって今日あった出来事を話しかけながらゲームしているのだから。

 僕が親だったらちょっと考えると思う。



 そんな僕も今年で24才。

 両親にはもう少し研究を突き詰めたいと言い、内心では、まだ社会出たくないと思い進んだ大学院ももう少しで卒業だ。




 その日の僕は、非常に機嫌が悪かった。


 研究室に行けば、准教授からは就職の事でネチネチと嫌味を言われ。

 バイトに行けばチャラチャラした年下の先輩に怒鳴られ。

 バイトが終わって帰宅途中、好きだった女の子に呼び出されて行くと、告白してもいないのにフラれる始末。

 私を見る視線が気持ち悪いから見ないで、だってさ。ハハッ。


 本当に、何から何までうまく行かない日だった。

 だから本当なら、ワロスのラストシーンを、エンディングプレイをするべきではなかったんだ。


 奇しくも、本当に奇しくも僕は十年間プレイし続けたワロスをクリアしようとしていた。

 罵声を吐き続けながら。


 画面の向こうにいる魔王は、褐色肌の黒ビキニレオタードに杖という出で立ち。

 第四形態までは魔王に相応しい異形だったのに、なぜか最終形態は普通のビッチギャル風だった。


 ゲームのパッケージ絵で使われていた魔王の顔は最後のディスクになってやっとお披露目で、それまでは一切魔王のこの顔は出てこなかった。

 たぶん僕じゃなかったら心挫けてると思う。


 クソゲーを通り超してバカゲー扱いされているワロスは、中古市場では超プレミア価格だ。

 何しろ、まず購入者が圧倒的に少なく、数少ない購入者も起動し続ける事でディスクが傷だらけになり、とてもじゃないが買取不可。

 うん、クソゲーを通り越してバカゲーでいいと思うな。



 罵声を吐きながらゲームをプレイする。

 もう勇者以外は全員倒され、残りの勇者も体力はほとんど残っていない。

 ここでクリア出来なかった場合、また五枚目のディスクの最初からとなる。


 最悪、やり直しはいいとして、だ。

 僕は、本体がすでに限界を迎えている可能性を考えた。

 もしこのままゲームオーバーし、最初からとなった場合、この局面まで来るのにどれだけショートカットしても半年はかかる。


 しかもそれはレベル上げなどを最小限に抑えた場合の話。


 万全を期して挑戦している今の戦闘でクリア出来ないのに、ショートカットプレイでクリア出来る可能性は限りなく低い。

 それならもう一回万全を期せばいいじゃないか、と思うかもしれないが、問題は本体が市場にほぼ出回っていない事なのだ。


 貧乏学生に手が出せるほど安くは無く、どれだけボロボロのものでも起動するなら軽く十万は超える。

 新古品など出回る事は無く、冗談ではなくワイフワークにすらなる可能性があった。

 なので僕は、何としてでもクリアする必要があった。



「ふざけんなよ魔王!お前どんだけ強いんだよ!カンストステータス倒せないとかお前マジでクソかよ!大体何なんだよその見た目は!お前ただのビッチかよ!ハァー!ホントクソだわ!ビキニに杖とかわけわかんねーよ!しかも杖持ってるのにほとんど魔法使わないとかお前ただの脳筋じゃねーか!杖じゃなくてメリケンサックでも持ってろクソビッチがぁぁぁぁ!!!」



 …はぁ…はぁ…はぁ……。


 ……違うのだ。


 僕は本当にその日、非常に機嫌が悪かったのだ。

 決して普段、こんな事は言わない。

 それだけはわかってほしいです、はい。


 もう次のターンで魔王から攻撃されたら全滅だ。

 僕はこの十年間で溜まりに溜まったワロスへの不平不満をここで爆発させた。

 そう、僕は魔王がクソビッチ風であること以外には不満は無かったのだ。

 たぶん、驚くだろうけどね。


「はぁ……はぁ……ん?」


 一瞬、画面にザザッと砂嵐が流れた。

 すわ、これは本体がオシャカになったか!?と焦る。

 だがすぐに画面が戻り、僕は安堵する。

 しかしこれで終わりじゃなかった。


「えっ? えっ?」


 画面の向こうに映る、動かないはずの魔王が勝手に動き出す。

 何やら画面に向かって指を差し、口をパクパクさせている。

 セリフを付けるとすれば『ちょっと待って。アイツが何か言ってる』的な感じか?

 『えっ?なになに?』みたいな感じで先程まで凛々しい背中をしていた勇者がこちらを振り向く。その向こうには眼光で人を殺せそうな程にこちらを睨む魔王。


「…………」


 画面を見る僕。

 きょとんとした表情の勇者。

 何人か殺ってきた目をしている魔王。

 数十秒ほど、三人ともがそのまま固まっていた。


 最初に動いたのは魔王だった。

 勇者に向かって何かを言うと、そのまま勇者を通り越してズンズン歩く。

 その先にあるのはたぶんカメラで、その向こうで見ているのは僕だ。


 魔王はなおもズンズンと歩き、画面すぐ近くまで寄ってきた魔王は、テレビのフレームに手を掛けるとそのまま画面を通り越してこちらの世界に入ってきた。


「ええええぇぇぇぇ!!!??? 貞子!!!???」

「あんなに白くねーーーーよ!!!」


 いきなりの事態に後退りながらも腰が抜けた。

 え、貞子知ってるのかよ魔王…。

 まさかの魔王の言葉に、なぜか冷静にそう思ったのを今でも覚えている。


「うぃーーす。大将やってる?」


 馴染みの飲み屋に開店前にでも来たかのような軽いノリで後ろから入ってくる勇者。

 魔王は仁王立ちで腕を組んだまま僕を眼光で殺さんとしている。

 画面の向こうでは二人が残した杖と剣が静かに横たわっていた。


「えっ、えっ、何してんの」

「あー、俺の事は全然気にしないで。置物とでも思っててくれたらいいよ」

「えぇ……」


 そう言いながら軽やかな足取りでパソコンの前に座ると、慣れた手つきで電源を入れ、ネットサーフィンを始める勇者。

 すぐに聞こえてくる嬌声。

 コイツAV見てやがる……しかもちゃんと冒頭インタビューから観るのかよ。


「おい、勇者!イヤホン付けろや!」

 魔王の言葉に、おぉすまんすまんと軽く言いながら、引き出しを開けてヘッドホンを付ける勇者。なんでヘッドホンの場所を知ってるんですかねぇ…。


 僕はあまりの衝撃の事態に口を挟めない。

 え、なんで出てきてるの?

 え、ゲームだよね?僕がプレイしていたのゲームだよね?

 え、これは夢?そのうちに覚める夢なのか?


「おい」


 勇者の下品な笑顔を見ながら、頭の中がぐるぐると回っている僕の背後から声がした。

 振り返るとそこには般若の形相をした魔王が立っていて、僕にこう告げた。



「おい、トシオ!お前ちょっとここで正座しろ!!」



 樋口 トシオ24才。貧乏学生で童貞。


――のんべんだらりと過ごしていた日常が、動き出した。

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