第40話 黒翼の悪魔 8



「……」


 小鬼ゴブリンを狩るため、森へ入ったゾイドたち一団は、これといった魔物とも遭遇せず、拍子抜けしていた。


「何もいないな」

「ねぇ、もう帰ろうよ、ゾイド」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! まだ来たばっかだろうが!」


 周囲を警戒し、早々に泣き言を漏らすエマを歯牙にもかけず、ゾイドは森の奥深くへと入って行く。


「馬鹿ね、エマ。そんなこと言ってたらいつになっても私たちはEランクのままよ」

「だって、だってぇ……」


 ぐすん、と涙声でエマは呟く。


「大体、こんな森の中に入っても魔物の一匹も出てこやしねぇ。ったく、シケた森だぜ」

「ほら、エマ、行くよ」

「うん……」


 シンディに手を引かれ、エマはゆっくりとした足取りでついて行く。

 がさごそ、と茂みが揺れる。


「ひっ!」

「何!?」


 ゾイドたちは魔物の襲来に警戒し、それぞれ持ち場につく。


「い、いやぁ、困ったなぁ。どこだ、ここ?」

「……は?」


 茂みの中から出てきたのは、冴えない中年の、スノウだった。


「おいおい、おっさん。何しに来たんだよ、一体」

「いやあ、俺も小鬼ゴブリン退治の依頼を受けててね。森の中に入ったら、すっかり迷っちゃってねぇ」


 スノウはゾイドたちを後方からつけていた。

 機を見て茂みに隠れ、あたかも偶然のようにして、姿を現すことに成功した。


「はっ、まぁ何年もEランクのまま昇格も出来ねぇようなおっさんなら、当たり前だろうなぁ」

「ははは」


 スノウは頭をかく。


「お、おじさぁん……」


 エマは泣きそうな声で、スノウを呼ぶ。


「あ、あの、私たち、今回が初めての討伐依頼で、今までは街の人のお手伝いとか、採取依頼とか、そんなのしかやってこなかったのに、ゾイドくんが急に討伐依頼やりだすって言って、それで、知らないうちにこんな所まで来て」


 ゆっくりと、エマはとつとつと話し出す。


「おい、エマ! 余計なこと言ってんじゃねぇ!」

「ひっ! ごめんなさい……」


 エマは一歩引いて、下がる。


「だ、だからおじさんにどうしたらいいか聞いたらいいのかもしれないと……思っただけ……です」

「こんなEランクのおっさんが出来ることなんてあるわけねぇだろ! おら、早く行くぞ!」

「で、でもおじさんも数年間依頼してるベテランだし、何かあったら頼りになるかもだし……」


 ゾイドはエマの話を切り上げ、そのまま先へ先へと行く。


「いやぁ、俺も正直迷ってるからもしよかったらついて行きたいなぁ」


 スノウはエマの助け舟を出すように、自ら帯同を志願する。


「お、おじさん!」


 エマはスノウの下へ駆け寄る。


「ちっ……なら勝手にしろ! 邪増すんじゃねぇぞ!」


 スノウが下手に出たことで優越感を得たゾイドは、スノウの帯同に、渋々許可を出した。


「いやぁ、あはは」


 スノウは頼りなく笑った。



 × × ×



「なんだか空の様子が怪しいなぁ」

「洗濯物も取り込まないといけないかしら」


 スノウが街を出て数時間、快晴だった天気はいつの間にか崩れ、昼にもかかわらず夜を思わせる薄暗闇に包まれていた。暑い雲が日を遮り、街の人々もしきりに空を気にしている。


「あんなに晴れてたのに、今日の空は気分屋ねぇ」

「そうだなぁ。雨の降らないうちに帰るか」


 どす黒い雲を確認しながら、せせこましく動いていた。



 そしてサクラメリア南方の空で、一際分厚く、どす黒い雲に覆われた雲に、大きな異変が起きていた。

 黒雲は激しくうねり、雷鳴を轟かせながら、稲妻を纏っていた。息の詰まりそうな量の雲に覆われた空に、ゴロゴロと不吉な音が響く。

 転瞬。

 黒雲の隙間から、小さな何かが、ゆっくりと降りてきた。


「くははははははは、ここが下界か。さすが、下界には魔力の気配すらロクに感じられん」


 一人の、男だった。

 華奢な体躯に見合わない漆黒の両翼を広げ、ゆっくりと降りてくる。

 黒雲から発せられる稲妻は男に直撃し、男は気持ちよさそうに肩を回した。


「あそこが人間共の街と見た。まともな役者の一人もいなさそうだな」


 サクラメリアの街を見下ろし、男はにたりと笑う。


「まずはあの街から滅ぼすとするか」


 ポキポキと首を鳴らしながら、男は上空で静かに呟いた。



 × × ×



「……なんだ?」


 上空に並々ならない魔力を有した何かを感知したスノウは、空を見上げた。

 見れば、つい先ほどまで目を細めなければまるで直視できなかった空に、不吉な雲が立ち込めていた。


「これはまずいかもしれないな……」


 スノウは独り言つ。


「おじさん……?」


 スノウの異変に察知したエマは、近くで不安気に顔を覗く。


「ゾイドくん、今日はここらで撤退しよう」

「あぁ? まだ出てきたばっかじゃねぇかよ、おっさん」


 ゾイドは短剣を弄びながら、気だるげに言う。


「空の様子がおかしい」


 スノウは上空を指さした。


「空……?」


 ゾイドたちは釣られて上を見る。


「確かに、少し天気は悪いみたいですけど、それが何か関係あるんですか?」


 スノウの発言を軽視してか、シンディも同様に、しかめ面で言う。


「いや、天気が悪いだけじゃない。何か、何か途轍もない大きな力が現れたように感じる」

「はぁ?」


 はははは、とゾイドは笑う。


「おっさん、今までもそうやって適当な言い訳つけて逃げてきたんだろ? だからいつまで経ってもEランクの最底辺なんだろうがよ。そんな毎回毎回逃げ回ってちゃあ、そりゃあEランクから抜け出せるわけねぇよなぁ」

「あははは、本当それ」

「いや、違うんだ、君の言っていることは確かに正しいが、今回に限っては誓ってそんなことはない。早く撤退しよう。大変なことになる前に」


 スノウは街を目指し、進み始める。


「帰りてぇなら一人で帰れよ、おっさん。シンディ、エマ、行くぞ!」

「だっさ」

「ちょっと、おじさんの言うことも聞いた方が良いと思う……」


 エマはその場から動かず、ゾイドたちとスノウとを交互に見やる。


「早くしろエマ! そんないつまで経ってもEランクのおっさんと俺たちと、どっちの言うことを信じる気だ!」

「でも……」

「でもでもうっせぇんだよ! 行くぞ!」


 ゾイドは肩で風を切り、進み始めた。


「……っ」


 ゾイドを置いては、スノウも帰れない。スノウは仕方なく、後を追う。

 その時。ぱきりと、枝を踏む音がした。ゾイドの前方に人影が現れたことを、スノウは見逃さなかった。


「伏せろ!」

「はぁ?」


 叫びと共に、スノウは瞬間的にゾイドとの距離を縮め、ゾイドとシンディに突撃し、二人を地に伏せ、自らも姿勢を落とした。スノウの言葉を信じたエマは、即座に行動に移していた。

 先ほどまでゾイドたちが経っていた場所を、拳大程度の黒紫色の球が通り過ぎて行く。

 バァン、という音と共に球体は破裂し、周辺の木々が溶解した。しゅわしゅわとおどろおどろしい音を立てながら木は溶け、地面が抉れていく。


「な、な……」

「嘘……」


 ゾイドとシンディの顔から血の気が引く。

 スノウは立ち上がり、敵を見た。


「ほう、今のをかわすか。所詮下界の人族ゴミ共に避けられる訳がないと思っていたが、存外楽しませてくれそうだな」


 背中から漆黒の翼を生やした男が、スノウたちの前で、にたにたと笑っていた。


「何者だ、お前は」

「我が名はルシフェル。至高の主に使えし、熾天使が一人。冥途の土産に持っていくが良い」

「皆、後ろに下がってなさい」


 スノウは前線に立ち、ゾイドとシンディは訳も分からず、ぼうっと放心していた。


「二人とも! 早く!」

「Eランクの! Eランクのおっさんなんかに何か出来ることがあんのかよ!


 エマがゾイドとシンディの手を引き、スノウから距離を取る。

 ゾイドは手を引かれながら、声を上げた。


「ほう、貴様がこの団のリーダーか。くくく、保護者面をしておいてEランクとは、笑わせてくれる」

「笑いを提供出来たようで良かったよ」


 スノウは大剣を構える。


「それにしても妙だな……。貴様は人間なのか? 竜の血が匂うぞ」

「さぁ……な!」


 スノウは大振りで大剣を振るい、ルシフェルのいた場所を大きく抉る。


「会話中に攻撃とは、やはり度し難いな、人間というものは」

「生憎せっかちなものでね」

「ならばこちらも行かせてもらおう。猛毒弾ヴェノムショット!」


 ルシフェルの五指から五つの球が生成され、スノウに殺到する。


「マズい……!」


 かわせない。スノウがその場をどけば、後方にいるゾイドたちに被弾する。


「ぐっ……!」


 ゾイドはその五つを、全て自身の体で受け止めた。


「ははははははははは! 馬鹿な! やはり人間、救いようのない馬鹿共だ! 仲間を守るため自分から被弾するなど――!」


 被弾した箇所の服が溶けて行く。

 ルシフェルは勝ち誇った顔で、呵々大笑した。


「……な?」


 だが、溶けたのは服だけであり、体には何の異常も、なかった。


「な、何故だ!? 何故、猛毒弾ヴェノムショットが効かない!?」

「こちとら、十五年ほど呪いとSMプレイしてたもんでね。毒だとか呪いだとか、そういう状態異常には慣れてるんだわ!」

「ぐ……!」


 スノウは大剣を横一文字に振るい、ルシフェルの腹部に浅い傷をつける。


「第二式、俺流剣刀術」


 スノウは剣を地面に突き刺し、構えを取った。


「速刀!」

「ぐ!」


 大剣を大きく振り回し、袈裟懸けに、逆袈裟に、右薙ぎに、左薙ぎに。

 ありとあらゆる方向から刀を斬りつけ、手数で相手を圧倒する。


「く……馬鹿な!」


 ルシフェルはスノウの刀を寸前で捌き、苦悶の表情を浮かべ、受け流す。


「これが最後だ!」

「ぐっ――――!」


 ルシフェルの腹に刺突を入れ、ルシフェルは遥か後方に吹き飛ばされる。


「今のうちだ! 早く逃げるぞ!」

「は、はい!」


 スノウはゾイドたちを引き連れ、街へ駆けだした。


「このクソったれがああぁぁ!」


 はるか後方に吹き飛ばされたルシフェルは額に青筋を浮かべる。


「あの野郎……」


 ふと気が付くと、ほかにも、男がいた。距離にしておよそ一キロ先。

 スノウとはまた別の、冒険者。両手に盾を装備し、森の中を単独ソロで散策している、奇怪な男がいた。


「……」


 スノウを殺すことを決意したルシフェルは、男に狙いをつけた。


「気分が悪いな。死ね」


 ルシフェルの第二指から出た黒紫色の球体が男の頭を直撃し、脳漿がぶちまけられた。


「絶対に許さんぞクソったれ共」


 殺した男に目もくれず、街へと駆けるスノウを補足した。


「俺がいる限り、絶対に――」

盾弾シールドバッシュ

「なっ!」


 殺したはずの男の位置から、魔力の刃が飛んでくる。

 まともに直撃したルシフェルの右半身が、飛んでいく。


「何が起こった!?」


 右半身を再生させながら、ルシフェルは男のいた場所に目をやった。


「なんだぁ、お前?」


 気付けば、一キロ先にいたはずの男の姿は、眼前にまで迫っていた。

 両手に盾を装備し、両手の全指に指輪をはめた奇怪な男、クレイ・ドラムが、そこにいた。


「罪もない善良な市民の脳みそぶちまけやがって。頭いかれてんのか? どこの冒険者だ、言ってみろ」

「な、そんな馬鹿な……」


 頭に傷一つ残っていない男は面倒くさそうに話しだす。


「死ね!」


 五指から猛毒弾ヴェノムショットを放ち、男に被弾する。


「痛ってぇなぁ」


 男の体はどろどろに溶解し、体中から湯気が立ち、およそ人間をとどめていない。

 が、溶解と同時に修復が始まり、男は数秒で元の体を取り戻す。


「貴様、人間か?」

「善良な一般市民ですとも」


 半笑いで、クレイは言う。


「貴様は後で殺す!」

「てめぇ!」


 ルシフェルはその場から飛び上がり、上空へと舞った。


「おかしい……何かがおかしいぞ」


 全くもって、自分の範疇を超えていた。

 Eランクと言われている底辺の中年に圧倒され、傍にいた単独ソロの冒険者にも全く歯が立たない。

 おかしい。全くもっておかしい。自分の実力が、この街の底辺にすら通じないなど、断じてあり得ない。

 前例のない事態に、ルシフェルは慌てふためく。


「街か……街から破壊していけばいい」


 愛する者から殺せばいい。先ほどのあれは何か、何かの手違いだ。

 ルシフェルはサクラメリアの中央広場を目指し、飛んだ。



 × × ×



 サクラメリアの中央広場では、音楽隊が陽気に音楽を奏でていた。


「はい、今日は街のどこに魔法が使われているのかを教えるざますよ」

「「「はい、先生!」」」


 そして街には、ウェイン魔法学園の学徒たちが大挙していた。


「いやぁ、すごいなぁ。こんな所に魔法が使われてるのか。魔法の発展は本当に素晴らしい。最高だ、この講義は」


 ウェイン魔法学園の学徒、アルトは、目を輝かせて講師の言葉を聞いている

 

「おい見てみろ、ミーロ。街灯に魔法が使われている。それも、魔法陣を街灯に書き、魔石によって魔力を供給することで半永久的に使える代物になっている。素晴らしい試みだ!」

「はいはい、分かった分かった」


 これもこれも、と街の中のいたるところをぺたぺたと触るアルトを、ミーロは保護者気分で見る。


「おい、あっちにも……」


 ドン、と音がした。

 広場の地面に亀裂が入り、突如として上空から、何かが降ってきた。


「え……」

「え?」

「は?」


 音楽が止まり、一瞬にして静寂が訪れる。


「我が名はルシフェル。偉大なる主に使える熾天使が一人。今からこの街は私が乗っ取らせてもらう」

「いや、あんたどこから……」

猛毒弾ヴェノムショット


 ルシフェルに近づいた男の体に黒紫の球が被弾し、体が溶け始める。


「あ……あああぁぁ!? 俺の、俺の体がぁ!」

「「「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」」」

「いやああああああああああぁぁぁぁぁ!」

「誰か! 誰か冒険者!」

「助けて!」


 静寂は途端に悲鳴へと変わり、泣き叫び、恐れ、慄く。恐怖の旋律が一瞬にして奏でられる。


「はははははははは! これだ! これなのだ! やはり私は、間違っていなかった! 猛毒弾ヴェノムショット!」


 ルシフェルは近くの市民に向けて球を放ち、街が、家が、人々が溶けていく。


「だ、誰か! 死ぬ! 助けてくれ!」

「なんだなんだ」


 突如として始まった殺戮劇に、アルトは気が付いた。


「ノエル!」


 転移魔法を使用し、アルトはノエルと薬草を召喚した。


「え、えぇ!? 何!? 何なの!?」

「ノエル! 街の人が死にかけてる! 薬草を使え!」

「な、何か分からないけど分かったよ!」


 ノエルは体が溶解し始めている市民の下へ行き、すりつぶした薬草を患部に塗る。


「た、助けて……死にたくない……」

「ラーーーーーーーーーーーーーーーー」


 ノエルは胸に手を当て、玉音を響かせる。

 紫紺の極光があたりに発生し、男に光が集まり始める。


「暖かい……」


 男は安心したように、眠る。

 体の溶解は止まり、肉体が回復する。


「はははははははは! はははははははは!」


 ルシフェルは我を忘れ、四方八方に毒をまいていた。


「はははは……は?」


 ふと気が付けば、体が溶けている人間は、一人もいなかった。猛毒弾ヴェノムショットを被弾したはずの人間の体には、全く何の異変も無くなっていた。


「な、何が起こっている!? 何故元に戻っている!?」


 逃げ出した街の人々も、再び集まりつつあった。


「おい、ルシフェル」

「誰だ貴様は!?」


 アルトはルシフェルの下へと歩んだ。


「な、何してるんざます、あなた! 早くお逃げなさい! ここは私が食い止めます! あなたは魔法もまともに使えない、適性がないはずです! 早くお逃げなさい!」

「大丈夫さ、マダム。気持ちだけいただいていおこう」


 アルトはマダムを後方にやる。


「ぷっ……くはははははははは! 魔法もまともに使えない、適性もない奴が私にどう挑もうっていうんだ、あぁ!?」


 ルシフェルは大笑いする。


「それは、こうさ」


 アルトは指を鳴らした。


「え?」


 ルシフェルはその場に転んだ。


「な……」


 起き上がろうとするが、再び転ぶ。


「き、貴様何をした!?」


 起き上がろうとしては転び、起き上がろうとしては転ぶ。


「あらあらルシフェルさん、足腰が弱ってますわよ」

「てめぇ!?」


 口元に手を当て、アルトはルシフェルをからかう。


「全く……品のない」


 ミーロはアルトの言動に再びため息を吐く。


「調子に乗るなよ人間共! 炎弾ファイアショット!」

反射リフレクション

「ぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ルシフェルの放った炎弾ファイアショットは、自身に跳ね返る。


「な、なんだなんだ、何かおかしいことでもあったのか?」

「何? 演劇でもやってるの~?」

「あれ? 悲鳴が聞こえたはずなんだけど……」


 家の中に隠れていた人々が、少しずつ顔を出す。

 見れば、起き上がろうとしては転び、起き上がろうとしては転び、時たま自身で発火する、奇妙な男が一人、そこにいるだけだった。


「あははははははは! おじさん面白い!」

「黙れ! 喋るんじゃねぇクソガキ!」

「あれ? 何か人が溶けてたような……」

「これも演出だったのか……?」


 続々と人が集まりだす。


「見てんじゃねぇ! 見世物じゃねぇぞ!」


 起き上がろうとしては転び、そしてまた転ぶ。むきになればなるほど、ルシフェルは泥沼にはまっていく。


「な~んだ、演劇か~」

「もう~、驚かせないでよ~」

「今度からはもうちょっとわかりやすいのにしてくれよ~」

「あははははははは」


 街に再び活気が戻る。


「クソ! 起き上がれねぇ! 猛毒弾ヴェノムショット!」

反射リフレクション

「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

「あははははははははは」


 転ぶルシフェルと、それを笑う市民。そして猛毒弾ヴェノムショットに被弾した人を介護するノエルに、ルシフェルと対峙するアルト。

 奇妙な空間が、その場に醸成される。


「クソ! 抜けねぇ! 抜けねぇ!」


 ルシフェルはもがく。


「ルシフェルとやらよ」

「てめぇ! さっさと外せ! 外せよ!」

「魔法の極致に至ったことは、あるか?」

「わけわかんねぇこといってんじゃねぇ!」


 アルトはルシフェルの前に立つ。


「何故お前が立ち上がれないか分かるか? それは俺とお前に、超えられない魔力の壁があるからだ。俺とお前とじゃ、実力が違いすぎるんだ」

「ふざけんじゃねぇ! お前からは何の魔力も感じられねぇ!」

「ははは……」


 アルトは空笑いした。


「それは隠しているからだ」

「はぁ!?」

「ルシフェルよ、格の違いというものを、見せてやろう」


 アルトの足元に、巨大な魔法陣が出来る。サクラメリアを埋め尽くすほどの、巨大な魔法陣が。


「なんだなんだぁ!? また演劇の続きかぁ!?」

「お母さん、私もうちょっと見てたい!」


 アルトはルシフェルを見る。


「一瞬だけ、俺の本気を見せてやる」

「ふざけたこと言ってんじゃ――」


 アルトは全魔力を、開放した。

 中央広場が、サクラメリアが、その場が、震撼した。

 アルトから放たれた魔力が市民を包む。あまりにも膨大なそれは、感知出来ないほどのものだった。


「あ……ああぁ……」


 一瞬にして彼我の実力差を悟ったルシフェルは老け込んだ顔で、わなわなと震えていた。

 アルトの放った魔力の残滓はやがて、空に異変をもたらした。


「お母さん、綺麗!」

「あら、綺麗ねぇ」


 空に美しい色のカーテンが、たなびいていた。

 魔力の残滓が空に異変をもたらした。


「綺麗……」

「綺麗だ」

「全く……」

「何これ、すごい!」


 人々は空に惹きつけられる。


「ルシフェルとやらよ、感知は出来たかな?」

「あ、あああぁ……私が、私が間違っていました……」


 ルシフェルはその場で戦う意欲を失った。


「分かってもらえたようで良かったよ」


 こうして、ルシフェルの起こした反乱は、鎮圧された。



 × × ×



「ルシフェル、息災か?」

「あ、アルトの旦那!」


 ルシフェルはサクラメリアの中央広場で、道を舗装していた。


「いやぁ、俺も旦那のおかげで自分の矮小さが身に染みて分かったっすわ! もう悪いこととかしないんで! 本当、命だけでも見逃してもらえただけで感謝っす!」

「そうかそうか。これからは真面目に生きろよ」

「あざーーっす!」


 ルシフェルは帽子を脱ぎ、礼をする。

 ルシフェルは自分自身で破壊した広場の修復を行っていた。ルシフェルの行いは演劇によるものとされ、サクラメリアに居住することとなった。


「いやぁ、めでたしめでたし」

「どこがだよ」


 アルトの隣でミーロはぺし、と突っ込んだ。




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