第39話 黒翼の悪魔 7
ある日の昼下がり――
「この依頼を受けたい」
「あ……」
スノウは
「冒険者さん!?」
「こんにちは、冒険者さん!」
アンナはスノウの下へ一目散に駆けて行く。
「この前は、
「ちょっとちょっと、その話は内密に」
頭を下げるアンナを、小声でなだめる。
「す、すみません……っ!」
はっ、とした顔でアンナは口元を隠す。
街から蛇蝎のごとく嫌われているスノウは、コトを大事にすることは出来ない。今やユニリアもいる身で、迂闊なことはできない。自分を保護している人が、過去に村人も仲間も見殺しにし、邪竜の討伐も出来ず、ただ一人のうのうと生きて帰ってきたということを知れば、一体どういう顔をするのか分からなかった。
スノウはただ穏やかに笑うことしか、出来なかった。
「でも、あのまま残られたら、冒険者ランク昇格も間違いなかったのに! 私、冒険者さんがEランク冒険者なんて納得できないです!」
もう、と受付嬢は頬を膨らませる。
「いやぁ、大事になるのは嫌いでね……」
スノウは苦笑する。
「俺一人で斃したってことは、絶対に言わないでくれよ」
「デビットさんがそう言うなら、私は何も言いません」
アンナは口元でバツマークを作る。
「でも、デビットさんがあんなにお強かったなんて知りませんでした。どうしていつも薬草採取の依頼ばかり受けられるんですか?」
「いやぁ、最近まで体を壊していてね……」
「そうだったんですね……。やはり、ゾイドさんに突き飛ばされて苦しそうにされていたのは、演技ではなかったんですね」
スノウが一人で
「どけ!」
「わ」
後方からぶつかられ、スノウは横にどく。
「てめぇはこんな所に仲良くお喋りでもしに来たのか! 何をしにここに来たんだ! 戦うことも出来ねぇ無能はさっさと消えろ! ここは戦場だぞ!」
「止めてください、ゾイドさん! ここは
「こんなところでくっちゃべってる奴が悪いんだろ。無能のおっさんがよぉ」
ゾイドはにやにやとスノウを見る。コトを荒立てたくないスノウは、壁に寄る。
「そう言われても何も反論できないよなぁ、万年Eランクのおっさんがよぉ」
「ゾイドさん!」
「けっ」
アンナは額に青筋を立て、声を荒らげる。
「んなこたぁどうでもいいから、さっさと依頼受けろよ」
「かしこまりました!」
若干のいら立ちを含ませながら、アンナはゾイドの依頼書を見る。
「
「じゃあな、雑魚のおっさん」
ぎゃははは、と笑いながらゾイドは、
「全く……すみません、デビットさん」
「いや、構わないよ」
スノウは柳に風、と受け流す。
「デビットさんの依頼書も、
「ああ、そうだね」
アンナはちらちらと、スノウを見る。
「あの、デビットさんさえ良かったらなんですけどぉ……」
控えめに、言う。
「良かったら、
「んん?」
スノウは疑問符を浮かべる。
「デビットさんから見て、
冒険者としてEランクの状態でそこまで大きい依頼を受けられないから、という理由もあったが、スノウは渋々頷いた。
「実はゾイドさんの
「何?」
自分に対する接し方から、高名な冒険者だと思っていたスノウは、拍子抜けした。
「まだ駆け出しの冒険者で、初めての討伐なのに、自分たちは出来るんだ! だとか、すぐにEランクから昇格してやる、だとか、ずっと張り切ってるんです。だから、もしよかったらなんですけど、ゾイドさんの
また厄介なことに巻き込まれたな、とスノウは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「も、もちろん報酬もお支払いします! 銀貨三枚! 銀貨三枚をお付けしますので、もしよければ……」
アンナは肩の紐に手をかける。
「足りないようでしたら、私の体でもご奉仕しますから……!」
「分かった! 行く! そんなことは求めてないから!」
顔を赤くしたスノウは、そのままゾイドたちの後を追った。
× × ×
「はぁっ!?」
サクラメリア西方に位置する小さな村、ララ村。
ララ村を築き上げた老婆、サテナ・ララが突如として、頓狂な声を上げた。
「これはまずい……これはまずいのじゃ……」
預言者ララは、家を出た。
「おばあちゃん、どうしたんですか?」
「まずい……本当にまずいのじゃ」
ララは空を見上げる。
「今日は良い天気ですねぇ」
「良い天気じゃと……?」
空は晴れ、絶好の洗濯日和、と村人は鼻歌交じりにステップを踏む。
「嵐が来るぞい……」
「嵐? そんな風に見えないですけど」
雲一つない、快晴。
「皆の者! 今すぐ逃げるんじゃ! 今すぐ逃げるんじゃぁ!」
「もう、おばあちゃん、一体どうしたんですか。いつものですか?」
「奴が来る! 奴がくるぞぉ!」
村人がララの下へ集まってくる。
「ララ様、預言でしょうか?」
「託宣じゃ」
ララは真剣な顔で空を見る。
「悪魔が……悪魔がやって来る……!」
村人も空を見る。
「大量の死人が出るぞ!」
ララは取り乱し、頭を激しくかく。
「もうこの世も終わりじゃ! 早く! 早く逃げるんじゃ! 悪魔が! 悪魔がやって来る!」
「……」
「……」
「……」
村人たちは、静かに空を見守っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます