第30話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 6


 冷たい。

 冷たい?

 何がだ? 


 奈落の底に落ちた俺は、ゆっくりと意識を取り戻していた。

 ぴく、と指が動く。俺はまだ、生きている? 何故?


 疑問という疑問が、俺の頭の中をかけていく。


「ここ……は……」


 パチパチと、火が燃えるような音がする。


「ぁ――」


 顔を動かすと、暖炉が見えた。

 ここは……家? 木造の家……? 全体的に茶色で統一された部屋の中に、俺はいた。見ると、俺の体に暖かい布団がかけられている。暖炉の側には大型の犬が寝ており、机の上にはシチューが置かれていた。

 きぃ、と扉を開ける音がする。


「起きたのね」

「……誰だ」


 耳の長い女が扉を開け、入ってくる。


「私はシルファ。森の中で静かに暮らしてるだけの、ただの森族(エルフ)よ」

「森……? 暮らす……?」


 理解が追い付かない。


「俺は誰だ」

「知らないわよ、そんなこと。私が訊きたいくらいよ」


 俺は布団を剥ぎ、立ち上がる。


「まだ立っちゃ駄目よ!」

「大丈夫。体の丈夫さだけには自信があるんだ。SMクラブの嬢王様もそう言ってた」

「はぁ……それだけ軽口が叩けるなら大丈夫ね」


 シルファはふふふ、と笑い、俺を見た。

 俺の数ある加護の中に忍耐と耐久がある。まるで使えない加護だと思っていたが、どうもこれのおかげで命が繋がれたようだ。


「俺は、俺か?」

「鏡」


 鏡を見てみる。間違いない、俺だ。


「どこで俺を見つけた?」

「川から流れてきたのよ。あなた、一カ月くらい寝てたのよ」

「一カ月……」


 とんでもなく、長い時間を過ごしてしまった。


「急がないと」

「ちょっと、どこに行くのよ!?」

「国に戻らないといけない」

「だったらなおさらよ! そんな怪我であまり動かないで!」

「あまりにも心配なことが多すぎる。ここは、どこなんだ?」


 オルスの所在、オプトキュノスの生死、新たに生まれた邪竜、あまりにも気がかりなことが多すぎる。


「ここはオストニア国の大森林、ケルンよ。あなた、本当にどこから流れついたの?」

「オストニア……」


 ファフニールが鎮座していた国だ。そう遠くには流れついていないらしい。


「ファフニールはどうなった?」

「え……そういえば最近見かけなくなったような……」


 討伐は、出来ているらしい。なら俄然、オルスに希望が持てる。


「このお礼はいずれ改めて、個人的に。ありがとう、シルファ」

「ちょっと、だから駄目だって!」

「悪い。この恩は必ず返す。本当にありがとう」

「ちょっと!」


 俺はシルファの家の中にあった持ち物を手に取り、家を出た。


「そんな怪我で――」

「じゃあな、俺は約束は守る!」


 そして全速力で、駆けた。


「嘘……」


 シルファの声を後にしながら、俺はどんどん進む。

 なるほど、大森林とも言うべきか。そこかしこに大樹があり、視界が遮られる。フィトンチッドたっぷりのこの場所は、いかにも妖精の休み場のようだ。

 森族(エルフ)が心を休めているのも納得の安らぎが、ここにはある。

 だが、俺はやらなければいけないことがある。


「……うっ」


 腹部に痛みが走る。


「なんだ、これ……」


 オプトキュノスに刺され、ファフニールの頭角に風穴を開けられた腹部。傷跡は塞がっていたが、そこには見たこともない漆黒の紋様が、あった。


 

 × × ×



「ついた……」


 俺は自国へついに、足を踏み入れた。

 帰りしな、ファフニールのいた場所に立ち寄ってみたが、オルスも邪竜もオプトキュノスも、何もなかった。まるで最初から何もなかったかのように、切り立った崖があるだけだった。


「よし」


 何はともあれ、まずは事情を聞かないといけない。

 俺は王城を目指し、早足で歩きだした。


「止まれ!」

「は?」


 衛兵に止められる。


「俺は剣聖、スノウ・ライズだ。王に会いに来た」

「お前は今、指名手配されている。一緒に来てもらおうか」

「指名手配……?」


 何が何だか訳が分からない。

 だが、王城に連れて行ってくれるなら、渡りに船だ。意味の分からぬまま、俺は王の下へと連行された。


 王城――


「剣聖、スノウ・ライズよ」

「は!」


 王の前で衛兵に取り押さえられながら、俺は謁見を果たした。


「お前に指名手配をかけたのは、他でもない。余、自身だ」

「何故そのようなことを?」

「お前とその弟子、オルステッドには、コルル村の村民を皆殺しにした容疑が、かけられている」

「な――!?」


 そんな馬鹿な。何故そんなことに。


「そう証言する者がいるのだ。出て来い」

「ひっ!」


 一人の男が、俺の前に出てきた。


「き、貴様ぁ!?」


 それは、あの村の人たちに火球を放った、オプトキュノスの部下その人だった。


「止めろ、暴れるな!」

「貴様、あんな、あんなむごいことを行ってただで済むと思うなよ!?」

「あいつが……全部あいつがやったんです!」


 男は俺に指を指す。


「私たちが邪竜討伐に向かい、少し目を離したすきに、あの剣聖、スノウ・ライズと、その弟子がコルル村の方たちに火を放ちました。私たちはこの蛮行を咎めようとしたのですが、剣聖、スノウ・ライズは逃亡を図りました。そして邪竜討伐を行った後、全ての罪を私たちになすりつけようと、そう嗤っていたのです!」

「ふざけるな! それは全て貴様らの策略だろうが!」


 怒りが抑えきれない。


「私たちは決死の覚悟で蛮族、スノウ・ライズとその弟子、オルステッドを止めようとしました。サー・オプトキュノス様はスノウ・ライズの狡猾な罠をかいくぐり、見事邪竜を討伐されました。ですが、討伐の直後、スノウ・ライズに仇討ちされたのです」

「ふざけるな! 黙れ! その舌、切り落としてやる!」

「ひっ……殺される……殺されるーーーー!」


 男は頭を覆い、その場にくずおれた。


「私もあの村人のように、焼き殺す気なんだっ!」

「ふざけるのも大概にしろ!」

「もうよい。スノウ、一旦落ち着け」


 王が前に出て仲裁する。


「では、スノウ。お前の旅を聞かせてくれ。余には、どうにも、この男の言っていることが信用できぬ」

「もちろんでございます!」


 俺は懇切丁寧に、今回の旅で会ったことを伝えた。

 オプトキュノスの裏切り。死屍操術(ネクロマンス)によって死を弄ばれた村人。邪竜、ファフニールの討伐。そして、その後に現れた謎の竜についても、仔細述べた。


「なるほど……」


 王は少し考えこんだ。


「どちらの言うことが正しいのか、余には分からぬ。そしてそれを判断する方法も、ない」

「……」

「……」


 王は俺と男の顔を一瞥する。


「今までは、な」

「え?」

「は?」


 王はにやり、と笑う。


「余は、まだ国民には伝えていなかったことが、一つある」

「……え?」

「?」


 王は兵に扉を開けるよう指示した。


「先日まで他国に交渉に出ていた聖女、ララティアナ殿が、先日、この国に戻ってきた」


こつこつと、女児が優雅に歩いてくる。


「そしてそのララティアナ殿は、人の嘘を、見抜ける」


 扉から齢八、九歳の少女が可憐に、登場した。


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