第29話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 5



「おま、え」


 後方を振り返ると、そこには舌なめずりをする、オプトキュノスがいた。


「きゃはははははははは!」


 オプトキュノスは醜く笑い、俺の腹から金色の長剣を抜いた。


「死ね、このクソ野郎が!」


 そして俺の首元めがけて剣を振るう。


「くっ……」


 体をひねり、無理な体勢で後方に飛ぶ。


「が――」


 着地に失敗し、そのままゴロゴロと転がっていく。

 長剣を差し込まれた腹部が、火を噴いたかのように痛む。


「な、何故立ち上がれる……!?」

「きゃはははははは! 甘ぇんだよ、お前はよぉ!」


 血まみれで、両足も無残な方向に折れ曲がっていたはずだ。


「自分が幻覚を見てると、思いもしなかったのかぁ?」

「幻覚……」


 まさかこいつは、初めから、ずっと最初から、俺だけを騙そうとしていたのか。

 大量の部下を失って、竜に殺されている最中、こいつは俺が来ることだけを想定して、幻覚の魔法を張っていたのか!?

 部下をも騙して、自分が瀕死の体であるかのように見せていたのか!?


「そんな馬鹿な……」


 最初から自らの部下を見殺しにするための計画。俺が戦闘に参加すると見越しての計画。あまりにも杜撰で、俺が来る確証すらない。

 

「お前が……お前がちゃんと戦ってれば、お前の部下は死なずにすんだかもしれねぇだろ!」

「うっせぇよ。死ね」


 オプトキュノスは俺の話に聞く耳すら貸さず、剣を振り上げる。

 オプトキュノスから振るわれる剣を、命からがら避ける。避け続ける。地面を無様に這い、時には転がりながら、逃げ回る。


「ぎゃはははははははは! 無様だなぁ、世界最高の剣聖様よぉ!」


 まるで虫でも殺すかのように、俺をいたぶって喜んでいる。


「おらよぉ!」

「ぐっ」


 俺の胸に、オプトキュノスの蹴りが入り、めり込む。はるか後方まで吹き飛ばされ、そのまま崖から放り出される。


「まずい……!」


 必死の形相で崖を掴み、間一髪、崖にぶら下がる形となる。


「世界最高の剣聖様が、見るも無残なザマだなぁ? ったくよぉ」


 オプトキュノスが、長剣を弄びながら、俺を見下ろす。


「ほら、ほらほらよぉ」

「あああああぁぁぁぁ!」


 崖際につかまっている片手をぐりぐりと踏まれる。


「俺は帰ってからこう伝えてやるよ。俺の部下はあの剣聖、スノウ・ライズに皆殺しにされました。その弟子、オルステッドも同罪です。だが俺は戦いました。正義と平和のために戦いました。俺の力で彼の邪竜、ファフニールは討伐されました、ってなぁ。お前の名前は永遠に、悪名高い剣聖として残されるだろうなぁ!?」

「外道が」

「こんな状況で言ったところで、負け惜しみにしか聞こえねぇなぁ」


 コン、と音がした。

 石が、飛んできた。


「あぁん?」


 オプトキュノスが後方を振り返ると、聖剣に体重を乗せ、ボロボロのオルスが、そこにいた。


「お師匠様から離れろ!」

「無茶だ、オルス! お前は今すぐ逃げろ!」

「おぉ~おぉ~、師弟愛の強いこって」


 きゃははは、と哄笑が響く。


「お前は! 絶対に! 許されないことをした! 俺が絶対に、お前を裁いてみせる!」


 オルスは大声で見栄を切る。


「お前のような愚か者に、俺は絶対に負けはしない! お前のような愚か者を生かしてはおけない! 邪竜は死んだ! それもこれも、全てお師匠様のおかげだ! お前は邪竜を前にして、ただ逃げまどっていただけの愚図だ! お師匠様の功績を、お師匠様の手柄を、貴様のような奴が掠め取るようなことは許さない! この俺が、俺自身の! 全身全霊をかけてでも! 絶対にお前を止めてみせる!」


 オルスは腹の底から大きな声を出す。空気が震えるほどの、声の波状攻撃。


「そんな体で何が――」

『グルルルルルルルルルルルルルルルルル』

「あ?」


 冷たい水が、落ちてくる。日が当たっていたはずが、いつの間にか、大きな影の中に、俺たちはいた。


「――あ?」


 オプトキュノスの体が、一瞬にして見えなくなった。

 いや、上空から急滑空をしてきた巨大な竜の口内に、おさまった。オプトキュノスの金色の長剣が、俺の手元に落ちてくる。


「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 骨が折れる音がする。バキボキと音を鳴らしながら、竜はオプトキュノスを平らげた。


「二匹目……」


 オルスは呆然とした顔で竜を見る。

 そして竜は、俺の頭上に、いる。もはや崖を上がることは出来ない。上がるような気力も残っていない。

 途中で無残に竜に食いちぎられるのがオチだろう。


「オルス、お前は今すぐ逃げろ」


 俺はオルスに、そう言った。

 恐らく、これが俺の人生で、オルスにかけられる、最後の言葉。


『グラアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!』


 竜の咆哮が空気を振動させる。

 竜はまず、足元の俺に視線を向ける。


「見せてやるよオルス、これが、俺がお前に教えられる、最後の技だ」


 崖を掴んでいない手で、オプトキュノスの落とした長剣を持った。

 そして、ゆっくりと、崖を蹴る。


「俺の最後にして最強の、剣術」


 俺は投げ出された空中で、抜刀の姿勢を取る。


「三、撃!」


 宙に放たれた俺の剣撃は衝撃派となり、魔力を纏い、竜の頭を、いともたやすく切り裂いた。

 宙を舞う竜の瞳と、目が合う。


「うっ――!」


 途端、頭に衝撃が走る。


「師匠! お師匠様ぁーーーーー!」


 崖の上から、オルスが俺を見下ろしている。


「ちゃんと……覚えとけよ」


 俺はオルスにそう言い、奈落の底に落ちて行った。




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