第28話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 4



 翌朝――


 村の人や近衛の魔術師を丁寧に埋葬した俺たちは、ファフニールの棲まう巣へと向かっていた。


「オルス」

「はい、絶対に」


 俺たちはサー・オプトキュノスを拿捕する。

 そして然るべきを罰を受けてもらう。村の人たちを皆殺しにし、死屍操術(ネクロマンス)を使い、人の命をもてあそんだ。あいつらには、それ相応の償いをしてもらわなければいけない。

 あいつは絶対に、許されていい人間ではない。


「気をつけろ、オルス。罠が仕掛けてあるかもしれない」

「承知しました」


 俺とオルスは慎重に、オプトキュノスの後を追いかける。

 幸いと言ったところか、オプトキュノスは大量の兵士を率いて行軍しているため、足跡をたどるのは容易い。

 

「聞いていた情報では、もう竜の巣は近いはずだ。そろそろか」

「上手くいけばいいのですが」


 険しい山を登攀し、俺とオルスは頂上を目指す。切り立った崖がいくつもそびえ、まるで視界が開けない。


「た、助けて!」

「ひいいいいいぃぃぃぃぃ!」

「「「うわあああああぁぁぁぁ!」」」


 ちょうど頂上へたどり着いたあたりで、遠くからかすかな悲鳴が聞こえてきた。


「オルス」

「はい」


 俺たちは岩陰に身を隠しながら、辺りを見渡す。

 目を凝らして見てみると、切り立った崖を背にして、巨大な竜と戦う兵士たちの姿が、あった。オプトキュノスはどこにいったのか。


「ひ、ひぃ! 誰か助け――」


 兵士の一人が、竜に食われる。

 俺とオルスは、目を背ける。


「お師匠様!」

「行くしかねぇ」


 俺はオルスを連れ、交戦中の兵たちの下へと向かった。


「サー・オプトキュノス!」


 全速力で駆け抜け、到着したころには、既に兵士の姿は、なかった。

 いや、兵士|だった(・・・)ものしか、なかった。

 あたりは血の海に染まり、誰の者ともつかない腕や脚がそこら中に散らばっている。


「う……」


 オルスが顔を真っ青にして、口元を抑える。

 無理もない。こんな悲惨な光景を目にしたのは初めてなんだろう。


「オルス、慣れておけ。これが戦場だ」

「は、はい……」


 俺は戦場に足を踏み入れる。


「ひ、ひいいいいぃぃ! 助けてくれ!」


 岩陰から、オプトキュノスが這ってくる。

 顔面から大量の血を流し、腕は見るも無残な方向へ折れ曲がっている。

 這っている所から考えて、脚も折れているのだろう。


「ラ、ライズか! 助けてくれ! あいつが、あの邪竜が! あ、あんな強いなんて聞いてない!」


 オプトキュノスは地面に這いつくばりながら、俺にしがみついてくる。

 兵士は皆惨殺され、たった一人いた剣聖もこのザマか。


「どけ」

「うっ!」


 俺はオプトキュノスを蹴り転がす。


「貴様の処分は国に帰ってからだ」

 

 今はこの邪竜を斃すことだけに専念する。


「オルス」

「はい!」


 俺とオルスは散開する。固まって竜の攻撃を受けないようにする。

 

「お前は尻尾を頼む! 俺は頭だ!」

「分かりましたお師匠様!」


 ファフニールが大口を開け、


「来るぞ!」


 俺たちに火炎を放射した。


「くっ……」


 予想以上に範囲が広い。

 どちらかが炎を捌いている最中に攻撃に集中できるかと思ったが、そうもいかないらしい。

 次いで、ファフニールの巨大な尾が横薙ぎに振るわれる。


「オルス!」

「はい!」


 オルスが盾で尾を受け止め、俺が斬りかかる。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 袈裟掛けに大剣を振り下ろし、竜の腹に傷をつける。

 だが、浅い。


「この程度か……!」


 堅い。堅すぎる。この大剣をもってしてあの程度の傷跡しかつけられないのか。


「お師匠様!」


 無制御に暴れたファフニールの頭角が俺の腹部に刺さる。

 血の海に足を取られ、バランスを崩したか。


「構うな! いけ!」

 

 どちらかが攻撃を受けている間に、どちらかが攻撃に入る。

 オルスはどうも、俺に肩入れしすぎている。俺の命を、重視しすぎている。仲間を守ることは良いことだが、気を取られてばかりいると、足元を救われる。


「制限開放(リミットブレイク)!」


 オルスの刀剣に青白い光の粒子が集まり、眩く発光する。


「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」


 オルスはその剣をもってして、竜に幾千もの斬撃を放つ。

 制限開放(リミットブレイク)。オルスが神から与えられし加護。本来人間の持つ制限を開放出来る奇跡の能力。

 制限(リミット)に達することすら不可能と言われているが、オルスは凡人のそれをはるかに上回る。

 この若さにして、既にその制限(リミット)を解除している。そしてオルスは、制限開放(リミットブレイク)の制限(リミット)すら、開放してしまっている。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 目にも見えない速さで、竜に剣戟が叩かれる。ファフニールはギャアギャアと悲鳴を上げ、動くことすら出来ない。

 あいつはやはり、天才だ。

 俺を超えるほどの、天才だ。


「くっ……!」


 制限開放(リミットブレイク)を使いすぎたのか、オルスは前線から退き、俺の下まで戻ってきた。


「お師匠様、やりました……」


 オルスが膝をつき、剣を地面に突き立てる。


「まだ、まだいけます」

「もう下がっていろ」

「お師匠様、お怪我が……!」

「こんなものはかすり傷だ」


 穴の開いた腹に、無造作に破いた服を巻き付ける。


「これが剣聖だってことを、教えてやるよ」


 俺はファフニールの前へ向かった。


『ギャアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!』

「化け物め」


 ファフニールはけたたましい咆哮を上げ、俺に睨みを利かせる。

 低位の魔物なら、これだけで既に絶命してしまっているだろう。

 魔力の奔流が俺たちの周りに、粘っこくまとわりついてくる。


「オルス、その目にしかと焼きつけろ」


 俺はこの程度の竜に負けることなど、ない。今まで数知れない大敵を前にして、一歩も退かなかった。

 俺の強さとは、つまるところ、精神力の強さだ。

 精神が支配するこの体から放たれる一撃は、全てを切り裂く。


「これが俺流の剣刀術」


 俺は両手で大剣を持ち上げ、上段の構えを取った。

 ファフニールの目をとらえる。


「お師匠様!」


 ファフニールが再び炎を吐く。


「お師匠様ぁ!」


 俺は竜の炎を、真っ向から受ける。

 こんなものは、ただ熱いだけだ。俺の魔力の鎧とあいつの炎と、どちらが長く持つか。

 竜はしばらくの間炎を吐き続け、そして止めた。

 やはり、吐き続ける時間にも制限があるらしい。

 次いで、怒り狂った竜は尾を横薙ぎに振るう。


「学習しない魔物だな」


 それは既に一度見ている。


「一撃!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!』


 竜の太く堅い尾は、一撃にして切断される。

 俺は高く跳躍した。


「二撃!」


 竜の頭部目掛け、上段から振り下ろす。


『ギャアアアアアアァァァ――』


 竜の断末魔も途中で聞こえなくなる。

 頭を、切り落とした。


「この程度か……。本当は三撃まであるんだけどな。お前には二撃で十分だったな」


 着地した俺は、地に落ちた竜を見下ろす。


「っ!」


 竜の目が、妖しく光った気がした。


「ふ!」


 俺は即座にその場から飛びのく。

 途端、竜の顎(あぎと)から、大量の毒素が放出された。


「危ねぇ……」


 まさか頭を切り落とされた後にこんな隠し玉を持っていたとは。

 とてつもない生命力だ。俺が今まで相手をした竜の中でも、一、二を争う生命力だった。


「ぐ……」


 竜にとどめをさそうと、大剣を振り上げた時だった。

 腹に、衝撃が来た。


「え……」


 オルスの声が、やけに遠くから聞こえた気がした。


「お師匠様ぁ!」


 俺の腹には、金の長剣が、刺さっていた。

 



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