第27話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 3



「おい! 一体何が起こって――」


 村に帰った俺は、目を疑った。


「な、にが……」


 そこには、俺が見た穏やかな村の姿は、もうなかった。

 燃え盛り、火の海になった村が、そこにあるだけだった。


 近衛の魔術師は皆、その場に倒れていた。


「おい! 何があった! おい!」


 魔術師を抱えるも、既に息を引き取っていた。


「死んで……る」

「嘘だ……」


 俺たちは倒れている魔術師を一人一人見て行くが、皆、息を引き取っていた。


「なんで、なんでこんなこと……」


 俺が、俺がこの村から目を離したからこうなった。俺がいながらも、こんな惨事が起こってしまった。


「サー! どこだ、サー!」


 剣聖がついていながらも、どうしてこんなことが起こってしまったのか。

 俺はサーの名を呼ぶ。


「呼んだかぁ?」

「サー……」


 崖の上で、サーは俺を見下ろしていた。


「何故だ!? 何故お前がいながら、こんなことが!?」

「そりゃあ、俺がやったからに決まってんだろ」

「は……は?」


 意味が、分からない。


「何故こんなことをする!? 何故だ!?」

「全部、お前のせいだよ」


 サーの後ろから、五百名の兵が顔を表した。


「全部、お前のせいだよ、ライズ」


 サーが崖の上でケタケタと笑う。


「おい、ライズさんよぉ! お前、俺のこと知らなかったらしいじゃねぇか」

「だからなんなんだ」

「俺は! この世界で! 最も強い! 剣聖だった! 俺が、この世で最も強い、剣聖だったんだよ! お前が出てくるまではなぁ!」


 俺は秩序やルールに縛られない。自分が世界最高峰の剣聖だと言われても、特に何かを実感したことがなかった。他者を顧みるより、俺は俺自身を顧みることが多かった。


「俺はお前のせいで散々な目に遭ったよ。世界一の称号を奪われ、あげく、その世界一は俺のことを見もしない。もはや存在すら、知りもしない。ふざけんなよ……。ふざけんな! 俺を誰だと思ってる! 俺は、サー! サー・オプトキュノス様だぞ!」


 サーは激情し、俺たちを睨めつける。


「ひどい屈辱を味あわされたものだよ、ライズ。おかげさまで、周りの連中はどいつもこいつも、スノウ・ライズ、スノウ・ライズだ。おまけに人格者だと貴ばれる。この偽善者がよぉ!」


 サーは崖上から、短剣を投げてくる。俺は大剣で身を守る。


「だからって……だからって、何故村の人を巻き添えにする!? それなら俺を狙えばいいだろ! 何故村の人たちを殺した! 何故関係のない他者を巻き込んだ! 何故だ!?」

「当たり前だろ、全部お前に罪をなすりつけるためだよ」

「な……」


 最初から、罠だったのだ。

 サーが五百名の兵士を拠出するといったあの時から、既にサーの復讐は始まっていたのだ。俺を罠にはめ、村の人たちを殺すことは、既にあいつのプランの一部だったわけだ。


「俺は信頼のできるこいつらと邪竜退治にでも行かせてもらうぜ。お前は国に戻ってからは、裏切り者の剣聖だ。国を裏切り、村人を殺し、あげく邪竜の討伐も出来ない。俺は国に帰ってからこう言おうじゃねぇか。全部あいつのせいなんです、ってよぉ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 サーは笑い、兵から松明を受け取った。


「お前はこんなところで俺とおしゃべりなんてしてていいのかぁ? 村の人たちは今も生きているかもしれねぇぞぉ?」

「な……」


 あたりを見回す。先ほどまで何も聞こえてこなかった家の中から、かすかな声が聞こえた。


「けて……たす、けて……」

「あばよ、剣聖様よ」


 サーは松明を崖上から落とす。


「止めろおおぉーーーー!」


 松明の落下とともに、放たれた火弾が民家に着弾し、さらに火の勢いが増す。


「く、オルス!」

「はい、お師匠様!」


 俺はオルスと共に民家へと入る。


「けて、たす、けて……」


 かすかながら、助けを呼ぶ声がする。


「待ってろ! 今俺が行くからな!」


 火が燃えさかる家へ突入する。

 そこには、子を守る母親の姿が、あった。子を守るように、覆いかぶさってぷるぷると震える母の姿が、あった。


「大丈夫か! 俺がいるぞ、俺がいるぞ!」


 俺は母と子を抱き上げる。


「オルス!」

「はい!」


 オルスが剣を振るい、前方の炎がかき消される。俺はオルスの開いた道を行き、なんとか火の海から脱出した。


「ありがとう、ありがとう」


 母親が焦点の定まっていない目で俺に礼を言う。

 相当な恐怖だっただろう。


「お母さん、俺は他の家も見てこないといけない。子を見てやってくれ」


 子を抱いた母を、安全な場所へ下ろした。


「オルス!」

「はい!」


 よくよく聞いてみれば、あらゆる民家から、かすかな声が聞こえる。皆同様に、助けてと、そう泣き叫んでいた。

 俺たちは必死で救助をした。

 村の人々を命からがら助け、わき目もふらずに、動き続けた。

 夜の十二時にさしかかろうとしたところだったか。


「やった……やったぞ……」


 村の人々を助けることが出来た。全員かは分からないが、目についた村人は皆、救助することが出来た。


「オルス」

「はい……」


 俺とオルスは視線を交差させた。

 救うことのできない命もあった。だが、今は無事でいてくれた人がいることに感謝しよう。


「ありがとう、ありがとう」


 村の人たちは尚も感謝を言う。


「あ、ああ……」

 

 俺とオルスは、腰が砕けたように、その場にへたり込んだ。


「おい、大丈夫か、皆」

「ありがとう、ありがとう」

「どこかケガをしているところはないか?」


 俺が母親の肩に触れた時――


「ありがとう、ありがとう」


 母の首が、落ちた。


「――――――」

「~~~~~~~!」

「ありがとう、ありがとう」


 落ちた母の首は尚も、感謝の言葉を言い続ける。

 焦点の定まっていない瞳で、ただ言葉だけを繰り返す。


「嘘だ、嘘だ嘘だ、そんな……」


 オルスが悲壮な顔で俺を見る。

 母親は、完全に死んでいた。


死屍操術ネクロマンス……」


 死者を操る、禁忌の魔法。死屍操術ネクロマンスは、魔物以外に使うことは禁じられている。

 助けた村人たちに触れてみるが、皆、息を引き取っていた。そこにあるのは、ただ操られただけの、死者だった。


「許せねぇ……」

「……」

「許せねぇぞ、サー・オプトキュノス……」


 死者を愚弄し、村人を皆殺しにした。

 子を守る母も。足腰を痛めた老人も。未来ある子供も。皆、あいつが殺した。何の躊躇もなく。ただ、俺への復讐という、それだけのために。


「俺はあいつを、絶対に許さない」


 サー・オプトキュノス。

 俺は絶対にあいつを許さない。




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