第31話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 7



「わらわは腹が空いた」

「……」


 聖女様、と呼ばれた女児は側仕えにそう伝える。


「聖女……様?」

「そうだ。唯一にして最高峰の治癒の持ち主、ララティアナ殿だ」

「サンミ、わらわは今帰って来たぞ」

「よくぞご無事で」


 国王がここまで恭しく扱うとは、相当な位の持ち主らしい。

 見た目には子供にしか見えないが。


「早速ですが聖女殿、この者たちの嘘を見抜いてほしい」

「よい、はよう申せ」


 ぽかん、としていたオプトキュノスの部下は、口早に切り出した。


「わ、私はオプトキュノス様の一の弟子です! この者は私めを裏切り、コルル村の方たちに火をつけ、皆殺しに――」

「嘘じゃな」

「は?」


 言い終わる前に、ララティアナ様はそう言った。


「よい、そっちの剣使い、早う申せ」

「は、はい。コルル村の方たちを皆殺しにしたのは、剣聖、サー・オプトキュノスとその一味です。俺は騙され、村人たちを見殺しに……してしまいました……」

「ふむ、こっちが本当じゃな」


 ララティアナ様は側近から果実を口にしながら、鷹揚に答えた。


「なるほど。では、ベグルム、貴様の処置は追って伝える。消えろ」

「な、何故ですか!? たった、たったこれだけで!?」

「聖女殿の言うことに間違いはない。天から与えられた才が違うのだ」

「ふ、ふざけるなああぁぁぁぁぁ!」


 ベグルムは懐から刀を取り出し、ララティアナ様に突貫した。


「王の御前だぞ」


 俺の前で、そんな攻撃が通じるわけも、ない。

 瞬間的に距離を詰めた俺は、ベグルムの刀を弾き、宙に浮いたそれを取り上げた。


「取り押さえろ」

「く、くそ! ふざけるな! 全部、全部お前のせいだろうが! こいつが、こいつがやったんだ!」

「阿呆(あほう)が。剣の使い手が村人に火を使(つこ)うてどうする。確実性の欠片もない。大方、こやつらに村民の埋葬、家宅の火消しでもさせようと企んだんじゃろ、阿呆め。もっとよく考えて発言せんか」


 俺とオルスの行動まで見越してあんな無惨なことをしたのか、こいつらは。


「は、離せ! 本当なら、本当なら今頃オプトキュノス様が!」

「連れていけ」

「「「は!」」」」

「畜生があああああああぁぁぁぁぁ!」


 ベグルムは衛兵に連れていかれた。


「ところでお主、腹を見せてみぃ」

「は、腹ですか?」


 俺は服を上げ、ララティアナ様に見せた。

 ララティアナ様は眉間にしわを寄せ、俺の腹を見る。


「やはりな。お主、彼の邪竜との戦いで傷を負わんかったか?」

「傷? ファフニールの角に腹を刺され、そこをオプトキュノスの長剣で抉られ、その後にやって来た巨大な竜を斃して、やけに目が合ったような……。そういえば、それから腹に変な紋様が出来ましたね」

「なるほど。全部じゃな。全部が原因じゃ」

「な、何のですか?」

「その呪いのじゃ」

「呪い!?」


 俺は自分の腹を見てみる。


「ファフニールに呪いをかけられ、その傷を抉られ、次に現れた竜がその呪いを活性化させたんじゃろうな。かわいそうじゃな」


 よしよし、とララティアナ様が俺の腹をさする。変な紋様が浮かび上がって来たとは思っていたが、そういうことだったのか。


「並大抵のことで傷つかんそちの体じゃ。大方、死にかけて耐性が弱っておったんじゃろう」

「ど、どうすればこの呪いは解けるんですか?」

「わらわにも無理じゃ。すまんの」

「……え?」


 解けない、呪い?


「この国最高峰の治癒師のわらわでも無理じゃ。竜のかけた呪いは竜にしか解けん。解呪を頼めるという前提を加味すれば、世界に数人といない、竜人(ドラゴニュート)を探し出すしかないじゃろうな」

「そ、そんな……」

「もってあと五年といったところかの。これからどんどん体の痛みも増すはずじゃ。その紋様がそちの体を埋め尽くした時が、そちの寿命じゃ。大儀じゃった」


 ぽんぽん、とララティアナ様は俺の肩を叩く。


「分かりました、俺は竜人(ドラゴニュート)を探し出す旅に出ます。王、お話はこれで終わりですか? オルスの居場所を教えてもらいたいのですが?」


 邪竜はいなくなった。オルスを連れて、竜人(ドラゴニュート)を探す旅にでも出ようか。


「…………」


 王は視線を逸らす。


「オルステッドは、まだ帰って来ていない」

「…………は?」


 王は沈痛な面持ちで、そう答えた。



 × × ×



 その後、王の指示で、今回の邪竜討伐のお触れが出された。

 邪竜は俺とオルスの二人で討伐したこととなり、サー・オプトキュノスの反逆が市民に伝えられた。

 だが、邪竜討伐の証が、何もなかった。邪竜ほどの魔力があれば、絶命時に完全に霧散せず、角や体表、鱗や尾などが残るはずだが、俺はファフニール討伐直後に奈落の底に落ちてしまったため、その何かを取得していない。我が国がファフニールを討伐したという証拠がないため、他国からの報奨金を受け取ることが出来ないらしい。

 王はその事実を認識しながらも、俺とオルスの二人が邪竜を討伐したと、そうお触れを出した。そしてその栄誉をたたえるため、俺とオルスのデザインの硬貨が発行されることになったが、俺は固辞した。オルスのデザインの硬貨だけが、発行された。


そしてオルスは、まだ帰って来ていない。

オルスだけが、行方知れずだった。


 二匹目の竜が現れたことから考えると、その他に竜が現れ、オルスはその際に絶命してしまったのかもしれない。オルスの死を見たわけではないので、何の確証もない。オルスが生きていればその時改めて、俺を硬貨のデザインにして欲しいと、そう伝えた。


 俺は邪竜を討伐し、この国の英雄と。そう、なったはずだった。



 × × ×



「なんで、なんであなただけなの!? 私の、私の子供はどこに行ったのよ!? 私の子供を返してよ!」

「すみません……」


 サクラメリアの街路で、俺は女性に叩かれていた。


「あなたが! あなたが犯人なんでしょう! 私の息子を返しなさいよ! あなたが殺したのよ!」

「サー・オプトキュノスの部下は、俺を殺そうとしてきました。そして竜と戦い、命を落としました」

「なんで! なんでなのよ……!」


 うぅ、と女性はその場に崩れ落ちた。


 王のお触れが出て、一週間が経った。

竜人(ドラゴニュート)とオルスの情報を求めて暫くサクラメリアに滞在していたが、市民は俺を英雄視するどころか、敵対視すらしていた。


「またかよ……」

「本当はあいつがオプトキュノス様を殺したらしいぜ」

「竜殺しの報酬を独り占めするために、あいつが皆殺しにしたらしい」

「嘘だろ、そんなこと……」


 ぼそぼそと、俺を遠巻きに見て、市民が陰口を叩く。

 噂というのは、呪いとおなじようなものだ。実体がないのにもかかわらず、他者を貶め、攻撃する。それが本当なのかどうかに係わらず、ただ他者を扱き下ろしたいがための悪意が、そこら中に蔓延している。

 俺はこの街では、すっかり人殺しの殺人犯になっていた。


 旅から旅への流浪者だって俺と違い、サー・オプトキュノスは、この街に住み、多くの献身をしてきたらしい。そしてオルスも同じく、この街で数多の功績を残し、人々から愛されていたらしい。一方俺は、この街で育ちながら他国を旅し、この街のことを顧みなかった。好感度の高いオルスとオプトキュノスが死に、どこぞの旅人だけが生き残った。

 結果的に俺は、市民から反感を買うことになった。おまけに、邪竜討伐の証拠すら持ち合わせていない。この功績すら嘘だったと、そう信じる者さえいる。


「剣聖様! コルル村には、コルル村には私の両親がいたんです! コルル村が剣聖様のお連れに燃やされたと聞きました! 私の……私の両親は生きているんですよね!?」

「……すまない。止めれ……なかった」

「あ……あああぁぁ……」


 少女が俺の服にしがみつく。邪竜が棲みつきだしてから越してきたんだろうか。


「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 大声をあげ、泣き叫ぶ。当然、俺に視線が集まる。


「すまない、本当にすまない……」


 俺は逃げるようにして、立ち去った。

 事情を聞ける人間が、俺しか残っていない。俺しか、生き残らなかった。

 邪竜討伐に係わった全ての人たちの悲しみを、悪意を、喪失を、慟哭を、俺が全て一手に引き受けなければならなかった。


「剣聖様! オプトキュノス様が邪竜討伐で罪を犯し、死んだなんて嘘ですよね!? そんなこと嘘ですよね!? 邪竜と立派に戦い、命を散らしたと、そう言ってください! そう言ってください!」

「邪竜討伐の証拠も持たずに帰ってきて、本当はお前は何もしてないんだろ! 一人だけのうのうと帰ってきやがって! オルステッド様を返せ! オプトキュノス様を返せ、この人殺し!」

「なんで、なんでお前だけしか帰って来てないんだよ……!!」

「返して! 私の息子を返してよ!」

「お母さんは、お母さんは死んだんですか!? 最後の、最後の言葉を教えてください! 何か、何か言っていなかったですか!?」


 ありとあらゆる悲哀が、俺の下に飛んでくる。

 俺はただ、すまないと、そう言うことしか、出来なかった。

 俺は世紀の大罪人として、扱われるようになっていった。


 

 

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