第25話 元剣聖の中年おっさん、呪いを受け迫害されるも、竜族の娘と出会い、再び最強に ~剣聖時代の力を取り戻しましたが、今さら戻ってこいて言われてももう遅い。俺はこの娘とスローライフを楽しみます~ 1



 朝。

 うだるような暑さの中、俺は、まるで言うことを聞いてくれない自分の体を引きずりながら、冒険者ギルドを目指していた。


「はあ……はあ……」


 道中で大きな岩に腰かける。

 目深にかぶった頭巾(フード)を少しだけ持ち上げる。俺の正体は、誰にもバレてはいけない。また余計な争いを起こしてしまう。

 身を隠すための頭巾(フード)も厚いコートも、外せない。


「もう十五年になるか……」


 |あの事件(・・・・)から十五年以上の時が経った。未だに俺の身に降りかかった呪魔(カース)は勢いをとどめず、俺の体を灼(や)く。もう四十も半ばにさしかかったおっさんの身にはこたえる。


「よっこら……せっと。もう少しだな……」


 鉛のように重い体を気力だけで持ち上げ、再び冒険者ギルドを目指した。



 × × ×



「ご依頼です……か?」


 俺は冒険者ギルドに雑多に張られた依頼書の中から、薬草を集める低級依頼を探し当てた。俺が薬草を冒険者ギルドに仕入れ続けているからかどうなのか、ここ最近薬草の依頼が急速に減ってきている気がする。


「う……」

「だ、大丈夫ですか!?」


 脚に力が入らなくなった俺は、冒険者ギルドの窓口で突っ伏した。


「おい、こんなところで寝てんじゃねぇよ、おっさん!」


 若者が俺の体を蹴り飛ばす。ギルドの受付嬢が俺に駆け寄ってくる。


「や、止めてくださいゾイドさん!」

「ここは実力重視の冒険者ギルド。力も持たねぇおっさんがお遊び気分で来る場所じゃねぇんだよ!」


 ゾイドという少年は私を見下ろす。


「はぁ、はぁ、はぁ、うっ……」


 体中に痛みが走る。


「俺はこの依頼を受けるぜ。早くしてくれよ」

「あの、私アンナって言います。何かお困りのことがあったら……」

「行ってくれ」

「……分かりました。す、すみません」


 受付嬢は依頼を受理しに行った。

 俺は胸を押さえながら、なんとか近くの壁に手をつき、立ち上がった。


どうしてこんなことになった。

 なんでこんなことになったんだ。

 一体何が悪かったんだ。俺は一体何をしたっていうんだ。

 毎日毎日|呪魔(カース)に身を蝕まれ、生きることすらまともに出来ない。冒険者ギルドに行けば若者に嗤われ、蹴られ、叩かれる。

 なんでこんなことになってしまったんだ。


 俺は何度も何度も、自分を叱咤する。


 全部、俺のせいだ。

 全部が全部、俺のせいだった。

 

 俺はそろそろ死ぬのかもしれない。この呪魔(カース)の刻印が俺の体を全て埋め尽くしたその時、ついぞ死んでしまうのかもしれない。

 むしろ、十五年もよく持った方かもしれない。


 全ては、全ては十五年前のあの出来事から始まった。

 俺が稀代の剣聖として名を馳せていた、あのころから。



 × × ×



「剣聖スノウ、オルステッド、サー、前へ!」

「「「は!」」」


 国王の住まう城に、俺たち三人の剣聖は、集められた。

 王の右腕となり、各所の問題を解決するため、旅をしていた俺、そして、俺の愛弟子であるオルステッド。もう一人、あまり顔なじみのない剣聖、サー。


「お前たち、ファフニールという竜を知っているか?」

「「は!」」


 王は俺たちに問う。

 邪竜ファフニール。数年前から隣国に姿を現し、わずか数カ月で街を火の海に変えた、恐ろしき竜。体内から毒を生み出し、炎の息吹で周辺を焼き尽くすその竜の影響により、我が国も並々ならない被害を被っていた。

 今まで幾たびと討伐隊が仕向けられたが、一度たりとて帰って来た前例がない。皆、ファフニールに食われ、殺されてしまったのだろう。


「あの邪竜が隣国に住み着いてから、実に三年が経った。だが、未だになんら効果的な対策も発見されていない。この国ももう危ないかもしれない」


 今代の王はまだ齢二十にさしかかったばかり。先代の王はファフニールによる心労も重なり、過労死した。先代の王の意志を継げ、と、突如として王位に据えられたこの若き王も頭を悩ませている。


「民は彼(か)の竜に怯え外を出歩くことも出来ていない。彼の竜に兵を割かれ、討伐し損ねた翼竜(ワイバーン)は何度も我が国に襲来してきている。彼の竜が垂れ流す毒は河川を汚染し、飲み水を奪い、自然を踏み荒らす。この邪竜を、今こそ我らが祓わなければいけない!」

「「「は!」」」


 王は立ち上がり、俺たちに歩いてきた。


「王!」

「よい」


 親衛隊が王の身を案じる。

 そして王は俺たちに歩み寄り、肩に手を置いた。


「そしてまさに今こそ、お前たちの力が必要なのだ」

「王……」


 王は俺に視線を合わせる。


「剣聖、スノウ・ライズ。世界最高峰の実力を持つ剣聖よ。お前の力を、今こそ、私に貸してはくれまいか?」

「仰せのままに!」


 俺は忠誠のポーズを取る。王が自ら俺にこいねがうとは。若き王よ、ここまで民のために自らを卑下することがあろうか。誰にでも出来ることではない。


「そして世界最高の剣聖、スノウ・ライズの愛弟子、オルステッド・ファウルよ」

「は!」

「お前も、私に力を貸してくれまいか?」

「仰せのままに!」


 オルスも俺と同じく、忠誠のポーズを取る。


「そしてスノウ・ライズに次ぐ実力を持つ剣聖、サー・オプトキュノスよ」

「は!」


 同じ剣聖である、ということは知っていたが、こいつが俺の次に実力を持つ者なのか。今まで他者を顧みたことがなかった俺は、そこで初めて、自分と近しい境遇の者を目にする。

 金の長剣を佩いた男は、確かに剣聖特有のオーラがあった。


「お前とスノウの力が合わされば向かうところ敵なしだ。私に力を貸してくれまいか?」

「もちろんでございます!」


 そう言い、サーは地に膝をついた。


「さて、今回お前たちのファフニール討伐に兵をいくらか帯同させたい」

「王よ」


 サーが立ち上がる。


「王よ、私はこの時を今か今かと待ち構えておりました。彼の竜が表れて以来、私は常に彼奴を討伐する算段を立てておりました。彼奴の攻略こそ我が天命。数年、私が独自に鍛え上げた兵が五百ほどおります」

「ほう」


 王は感心した様子で顎をさする。

 俺は各国を旅していてファフニールの様子は風の噂程度でしか聞いていなかったが、見上げた者もいるものだ。


「そのいくばくかは、私の剣を習う練習生でもあります。どうか、どうか此度の兵は、私の敬虔な剣士たちを連れて行かせてはもらえないでしょうか?」

「分かった」


 王は王座に座った。


「では、此度のファフニール討伐の隊長として、スノウ・ライズを据える」

「は!」

「そして副隊長としてサー、オルステッド」

「「は!」」

「サー、オルステッド、ライズを頼む」


 王は俺とサーを交互に見る。


「では、兵として、サーの鍛錬した約二百名の兵を帯同させる!」

「「「は!」」」


 王は右腕を振るう。


「剣士だけでは何分不安だろう。近衛の魔術師も複数人帯同させる!」

「「「は!」」」

「此度のファフニール討伐に成功すれば各国からも莫大な賞金が得られる! 彼の竜に我々が……世界が危険に侵されている! 今ここに三名の剣聖が揃った! お前らならば必ず、必ずやってくれるはずだ!」

「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」


 城内の兵士たちが鬨の声を上げる。


「スノウ、オルステッド、サー」


 王が俺たちに視線を合わせた。


「必ず、生きて帰って来い」

「「「は!」」」


 こうして、俺たちはファフニール討伐へと赴くこととなった。




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