第8話 転生賢者の失伝魔法 ~五百年後の魔法学園で、俺は伝説になっていました~ 8



「この魔法効力の高め方について、何か見識のある方はいらっしゃいますか?」


 講義室にたどり着くと、既に講義は開始されていた。

 ふくよかな体つきのマダムが前で、歩きながらしゃべっていた。前の黒板に魔法陣が描かれていることから、あの魔法陣を使って魔法効力の高め方を説明する、ということで違いないだろう。


「座ろうか」

「は、はい」

「少し遅れたようですね」


 私たちも遅ればせながら、講義室の後ろの方へ座った。


「では、あなた」


 マダムが前の生徒を当てる。

 

「わ……分かりません」

「……よろしい」


 マダムは一瞬、むっとした顔を浮かべる。


「では誰か分かる方はいますか?」

「……」

「……」


 シン、と静まり返る。


「この程度のことも分からねぇ奴がいんのかよ?」

「くはは、馬鹿だよな、あいつら」

「あり得ね~」


 講義室の中央あたりだろうか、そんな揶揄ともとれる会話がされていた。


「そこ、静かに」


 マダムが注意する。


「それともあなたは分かるのですか、ミスターザイール」


 私語をしていた、ザイールという生徒が当てられる。


「もちろん」


 その生徒は席を立ち、前へ歩いて行った。


「あいつは……」

「そうですね」


 今朝、私たちに因縁をつけてきた男だった。


「これで?」

「むむ……」


 ザイールは魔法陣の一部を書き換えた。マダムは押し黙る。


「おいおい、お前らこの程度の問題も分かんねぇのかよ!? 先が思いやられるなぁ、全くよぉ! この程度の実力でこのエリート学園に入ってんじゃねぇよ!」


 ザイールは辺りの連中を小馬鹿にして席に戻る。


「正解です……」

「?」


 マダムは魔法陣の説明を再び始めた。


「いや、違うだろ」

「「「!?」」」


 咄嗟に声を上げた俺に、講義室にいた全員の視線が集まる。


「ちょっと、アルト!」


 ミーロが肘鉄を食らわせてくる。

 マダムは眼鏡を上下させ、私を見てくる。


「なんですか、あなたは?」

「あぁ、つい最近入った新入生ってことになるのかな? だけど」

「何か文句でも?」

「いや、別にそれでいいと思ってるなら。続けて?」


 私は先を急かす。

 恐らく、これからの講義でこの魔法陣の修正が間違っている、と否定されるのだろう。


「この魔法陣の修正箇所が他にあるとでも?」

「え、それを今から説明するんですよね?」


 どうも、マダムと話がかみ合わない。


「ふん……よろしい。では、どこを修正するべきかこの私に教えていただいても?」

「いや、まあ別に良いけど」


 私は席を立ち、前へ歩いて行く。


「てめぇ……!」


 ザイールの横を通る時、小声で怨嗟の声を向けられる。おお、怖い。


「先の修正は間違いだろ。そもそも正解とは程遠い、魔法効力を高めてるわけじゃなく、属性を変えてるだけになるだろ? 魔法効力は変わってない、魔法陣の持つ特性が変わっただけだろ?」

「?」

「……」


 どうも、理解されていないのか、誰も口を挟まない。


「この魔法陣は水生成魔法の魔法陣だろ? 今の書き換えじゃあ、生成される水の温度が変わっただけで、生成される水の量という性質が変わったわけじゃないだろ? 結果的に、同じ魔力量でも生成される水の量は変わるだろうけど、意図してる動作じゃないだろ。性質と効力は、似てるけど別物だ。これは本来の目的とは微妙にずれてる」

「…………」


 マダムは尚も怪訝な目で私を見てくる。


「魔法陣の持つ特性を変えるんじゃなくて、性質と矢の向きを変えるんだよ。ここを変えれば――」


 私は魔法陣に手を加える。 

 私は魔法陣の持つ性質に手を加え、矢の向きを中心に向かうようにした。これで矢印の向きが揃った。今までばらばらの方向を向いていた魔力の流れが、一方向に限定されるようになった。


「今まで無駄になっていた魔力の流れが、これで一定になった。これでようやく魔法効力が上がる。そうだろ?」

「…………?」


 マダムは尚も首をかしげている。


「いやいやいや、なんでそんな反応なんだよ。魔法陣のシステムちゃんと分かってるか、皆?」

「何を言ってるかさっぱりですよ?」


 マダムは私に睨みを利かせてくる。


「分からないならとりあえず使ってみなよ」

「……それもそうですわね。水生成魔法!」

 

 マダムは黒板に書かれた魔法陣に魔力を注ぐ。


「――え?」


 と同時に、大量の水が出現する。


「どわぁ!?」

「「うわぁ!?」」

「「「きゃあああああああああぁぁぁぁぁ!」」」


 講義室が一瞬にして水浸しになる。


「こ、これは一体どういうことですの!?」

「先生、早く! 早くなんとかしてください!」

「ちゅ、中止! 今日の講義は中止ですわ!」

「早く誰かなんとかしてーー!」


 私はミーロの下へ空間移動(テレポート)する。


「いやあ、なんだろうな、これ」

「あなたがやったんじゃないですか」

「おかしいなあ」


 講義室で大量の水が出現し続けている。


「アルト、なんとかしてくださいよ」

「はいはい」


 私は指を鳴らした。出現していた多量の水が一瞬にして消える。


「中止、中止です! 今日の講義はここまでっ!」


 びしょぬれになったマダムは拳を振り上げ、大声でそう言った。


「だってさ」


 マダムの声を聞き、私たちは講義室を出た。


「もう、止めてくださいよアルト、騒ぎを起こすのは」


 ミーロにお叱りを受ける。


「いや、あんなに水が出てくるとは思わなかった。今まで一体どんだけ魔力を注いでたんだ、と思うよ」

「アルトさん……」


 ステラがぼーっとした顔で私を見てくる。


「さっきアルトさんが突然私たちの前に現れたような気が……」

「気のせい気のせい」


 どうやら呆然としていたらしい。

 あはは、と私は一笑に付す。


「てめぇ!」


 講義室を出たのにも係わらず、びしょ濡れのザイールが私たちを追いかけてきた。


「何をしやがった、てめぇ!」

「いや、魔法効力を高めただけだが」

「俺の一張羅が台無しだ」


 ザイールは着ている服をつまんだ。


「俺がやったんじゃないんだから、さっきのマダムに言ってくれよ」

「お前が何かおかしなことしたんだろ! ふざけんな!」

「いやいや、馬鹿も休み休みにしてくれ」


 さあ、行こう、とステラとミーロを急かす。


「決闘しろ」

「はあ?」

「俺と決闘しろ?」

「はあ。じゃあどうぞお好きに魔法を放ってもらえれば」

「くひひ、言ったな……」


 ザイールは杖を取り出した。

 

「雷の精霊よ、我が願いを聞き届けよ! 眼前の愚か者に死の鉄槌を下せ!」


 死の鉄槌とか言ったか、今?


「焼いて焦がして全てを灰に! 嘶け、雷電爆発(サンダーボルト)」


 頭上から雷が落ちてくる。


「反射(リフレクション)」

「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 落ちてきた雷は、私の反射魔法によってザイールへと落ちる。雷は轟音を立て、ザイールに振りかかった。

 ぷすぷすと、ザイールの体が黒焦げになる。

 水をかぶったのに雷の魔法は良くない。


「死んだ……?」


 ミーロが眉を顰める。


「大丈夫大丈夫、反射するときにすごい威力落としておいたから」


 直接当たっても死にはしなかっただろう。ザイールにもその覚悟はなかったのだと伺える。


「まあそうですよね」

「あわわ……大変なことに……」


 冷静なミーロとは裏腹に、ステラはおろおろとしている。


「お前、覚えとけ……よ!」


 もじゃもじゃになった頭で、ザイールは私を睨む。


「おい、誰だここで魔法を行使したのは!」

「誰か園内で魔法を使ったのか!?」

「園内での魔法の行使は禁止だぞ!」


 どうも、講師と思われる先生方が複数名やって来る。


「死の鉄槌を下す、とか言って魔法使ってました、こいつ」


 私は真っ先にザイールを指さす。


「なんだと!? その話は本当か!? 君も一緒に来てくれたまえ!」

「えぇ……」


 私とザイールはどこかしらに連行されることになった。


「じゃあ私は先に帰っとくので」

「なんでだよ!」


 踵を返すミーロを、私は呼び止めた。

 その時、遠くで、強い紫紺の光が街を包んだ。


「なんだ!?」

「あっ!」


 何が起こっているのか、私は光の方へ指をさした。

 先生方は私の動きにつられ、後ろを振り向く。


「今だ、ステラ! ミーロ!」

「え、え、えええええぇぇぇぇ!?」

「ま、待て!」


 私はその場を後にするため、走り抜ける。


 全く、私の魔法学生としての生活も大変なものになりそうだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る