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と、後ろから声がした。
美香は振り返る。
視線の先には愛想良く微笑みを送るマスターがいた。
それに釣られて美香も小さく笑い、会釈すると店を出た。
戻ろう、暗がりのこの場所から元の来た道へ。
コツ、とハイヒールの音が店から遠退いていった。
店の中が静寂に包まれている。
誰も口を開こうとしない。
その所為か、場の空気がやや重い。
音がするのは唯一、マスターがさっきまで美香が使っていたカップと受け皿を洗う音。
だが、それがぱっぱと終われば優しく拭き、片付ければまた静かになる。
その静寂を破ったのは、意外にも今まで沈んでいた夜谷の声。
「あー、かったるい」
夜谷は伸びをし、体をほぐす。
そんな夜谷の呑気な態度に遠くで影山の溜め息が聞こえた。
多分、夜谷の様に呆れているに違いない。
「起きていらっしゃっていたんですか」
マスターは今まで寝ていたとは思えない夜谷の声にそう言った。
「ん、まぁさっき帰った客が来た時から。だけどなんか起きるのが、めんどくてさ」
「夜谷さんらしいですね。その無駄を嫌うと言いますか、余計な事には首を突っ込まないと言いますか」
うっ、と夜谷は息を呑む様な顔をした。
少し顔が苦笑いしている。
「あ、あのさ、闇野さん」
「はい、何でしょう?」
闇野、とそう呼ばれたマスターは微笑んで夜谷を見る。
さっきの言葉が効いているのだろう。
顔が参ったな、と言っている。
「悪いけど、何か食べさせてくれない? 小腹空いた」
話から逃げた。
だが、闇野はこれ以上深くまで追い詰める事はしなかった。
代わりに左側の壁に掛けられている木製の振り子時計を見る。
十一時過ぎ。
大分、遅い時間帯である。
本来なら店を閉めてもいい時間のはずだが、そこがこの店の少しいい所。
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