大切な者の為に

 今日は翔也も部活が休みということで、四人で明里の家に居る。昨日から少し先の未来を考えてばかりだった。会話は少なく、暗い雰囲気が漂っている。

 明里の家に来てから、二十分ほどたった後に明里の家のインターホンが鳴った。


「来たみたいだな」


 明里と二人で玄関に向かい、二人を家に上げた。翔也と優美が待っている居間に二人を案内し、話し合いが始まった。


「それで、話したいことって何?」


 先に口を開いたのはあっちだった。相手から本題に入ってくれるならこちらも話しやすいので助かる。


「言いたいことはこの前と同じですよ。もう明里に関わらないでください」

「前も言ったはずよ。答えはノーよ」

「何でそんなに彼女を渡したくないんだ? 彼女が好きなのか? なら結婚でもなんでもしていいからその代わり俺たちが彼女を引き取るってことでいいかい?」

「そういうことじゃないと思います」


 優美は珍しく怒っているようだった。

 俺も憤りを感じたが、それ以上に男性に対する疑問を抱いた。男性の目からは敵意を感じた。しかしそれは親鳥が我が子を守ろうとするような眼差しだった。言っていることとは違うので、どちらが本心なのかわからない。


「でもこれなら、誰も損していない」

「は?」

「僕達はお金が手に入る。彼女は一人じゃなくなる」

「それは一人じゃないだけで、孤独だということは変わってない」


 それでは、一人ではなくてもになる。周りに誰かが居ても、大切にしてくれる人が居ないのならそれは独りなのと変わらない。彼女をもう独りにさせたくない。


「へぇ。なら君は彼女を独りにしないと、彼女を幸せにできると言えるのか?」

「……それはわからない」


 俺の返事を聞いて男性が鼻で笑い「やはり君は無責任だ」と言った。


「でも、少なくともあなたたちよりは彼女を大切に、幸せにできる自信がある。いつか彼女の理解者が、彼女の大切な人……いや、彼女を大切にしてくれる人が現れるまで俺が彼女を幸せにする」


 俺は向かいに座っている二人を真っ直ぐ見つめて言った。その時視界の端に映った優美は穏やかな笑顔でこちらを見ていた。その彼女の目元で何かが光った気がしたので、確認しようと思ったが、再び男性が口を開いたので、前を向いた。


「でもそれが彼女の幸せかどうかはわからないじゃないか」

「そんなことわかってますよ。だから、最後は彼女に選んでもらう」


 彼女に自分で幸せを掴んでほしいのだ。もし彼女があっちを選ぶのならもう俺はこれ以上首を突っ込まない。

 男性は「ふーん」と言って、引き下がった。前もそうだったが、簡単に引き下がりすぎではないだろうか? という疑問が頭をよぎったが次は女性が口を開いたので、考えるのは後回しにした。


「あなただってお金が欲しいだけなんじゃないの? だから私達が明里ちゃんを引き取ろうとしていることに必死に抵抗してるんでしょ?」

「大聖はそんな奴じゃないですよ。俺バカだからこの話しにちゃんとついていけているか不安ですけど、これだけは言えます。あなた方よりも大聖の方が吉田さんを大切にするし、幸せにできる」


 翔也がそう言ってくれると、俺も少し自信が持てる。このままの勢いで俺も言わせてもらおう。


「そんなにお金が欲しいならあげます。その代わりもうこれ以上彼女に……明里に近づかないでください」

「なんであなたが勝手に決めてるの? そのお金は明里ちゃんのものよ」

「大丈夫です。もう明里には許可をもらってます」


 明里にこれの許可を得る為に少し早めに集まっていたのだ。思いついたのが帰りのSHRとギリギリだったが。


「それでどうやって生活していくつもりなんだい?」

「そんなのみんなでバイトをするに決まっているじゃないですか。もう明里は独りじゃないです。俺たちが独りにさせない」


 俺が二人を真っ直ぐ見つめて言うと、二人は顔を見合わせて頷くと「この子達ならいいんじゃないか」「そうね」等と会話をした後に再びこっちを見てきた。

 どういうことだろうか。俺はそれが気になり気づいたら二人に質問していた。すると女性が優しく微笑みながら答えてくれた。


「私の妹……明里ちゃんのお母さんから頼まれてたの」

「何をですか?」

「もし自分達が居なくなってしまった時や明里ちゃんが結婚するってなった時に、明里ちゃんの周りの人やパートナーのことを見極めてほしいって」


 ……え? 今までのって演技だったの? 全然気づかなかった。二人とも演技の才能ありすぎでしょ。俳優にでもなった方が良かったんじゃないの?


「つまり明里を守ろうとしていたってことですか?」

「そういうこと」


 女性がその後に「まぁ今回は私達が悪者だったけど……」と苦笑いしながら言っていた。

 だから俺に敵意のある視線を向けてきたり、無理やり明里を引き取ったりしなかったのかと納得がいった。

 そしてそれと同時に二人を尊敬した。あの人達は大切な者の為なら自分達が悪者になって嫌われる覚悟があるのだ。俺にはそんな勇気は無いけど、いつかそれくらいの勇気を持てるようになりたい。


「大聖ほんとにこの人達信用できるのか?」


 周りに聞こえないように小さい声で翔也が聞いてきたので、俺も声量を抑えて返した。


「たぶん大丈夫だと思うぞ。さっきまでの敵意は感じられない」

「でも……俺たちさっきまで騙されてたんだぜ? また騙されてる可能性も」


 うっ……。それを言われると弱いな……。確かにこっちが嘘だっていう可能性もあるよな。


「一応この会話録音してあるからあげるよ」

「え?」


 男性がポケットからボイスレコーダーを出して渡してきた。

 今までの全部録音されてたの? マジか……。聞かれて困るようなこと言ってないよな? というか俺たちの会話聞こえてたんだ……。


「もし僕達が彼女を無理やり連れていったりしたら、この音声とか顔写真とかを持っていって警察に行けばいい。これで少しは信用してくれるかな?」

「はい。でもいいんですか? そんなことして」

「僕達は君達を信用してるからね。これだけ彼女を大切にしているんだから、悪用されることはないと思ってるから」


 そこまでさせてしまったことに申し訳なくなる。使う日がこないことを祈ろう。


「それで、君はどっちを選ぶんだ?」


 何故かニヤニヤしながら、男性が聞いてきた。そしてその横に居る明里の親戚からの厚が凄い。

 え? 何? どっちって何を選ぶの?

 俺が何と答えようか迷っていると、翔也が二人に近づいて行ってなにやらこそこそ話し始めた。チラチラこっちを見てきたり、ため息が聞こえてきたりしたけど、何を話してるんだ?


「そっか。二人とも頑張ってね。気を抜いたらすぐに誰かに盗られちゃうよ」

「はい。ありがとうございます」

「明里一緒に頑張ろ!」


 みんなで何を言ってるんだ? でもきっと教えてくれないんだろうなぁ。俺だけ仲間外れって悲しい。


「それじゃあ僕達はこれで失礼するよ」

「明里ちゃんのこと頼むわね」

「はい。任せてください」


 そして、二人は去っていった。明里の表情もいつも通りに戻ってるし、他のみんなの雰囲気も元通りになってよかった。

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