優美の気持ち
さっきの出来事で溜まった嫌な感情を洗い流す為にシャワーを浴びた。私が部屋に戻ると優美さんは不安そうな表情を浮かべてこっちを見た。少し目が腫れてる気がする。何でだろう?
「明里さん大丈夫?」
「うん。シャワーを浴びてちょっとスッキリしたよ」
あまり心配をかけたくないので、できるだけ明るい表情で言ったら、優美さんの表情も明るくなった。
まぁ、気のせいに決まってるけど、シャワーを浴びて汗と一緒に嫌なことも流れた気がする。
「それならよかった」
「優美さんも浴びてくる?」
優美さんも今日はたくさん運動したから、シャワーを早く浴びたいだろうし。
「じゃあ、そうしよっかな」
優美さんは立ち上がってドアに近づきドアノブに手を伸ばしたけど、すぐに周りを見渡して困った表情をした。
「あ、服とかは後で置いておくから入ってきていいよ」
「うん。ありがと」
服は……私のでいいか。優美さんがシャワーを浴びている間に夕食の準備でもしよう……。他のことをしてれば、あの事を考えなくて済むかな?
「気持ちよかったー」
「あ、おかえり。お腹減ってる?」
タオルで濡れた髪を拭きながらお風呂場から出てきた。長い時間お風呂に入っていたけど、そんなに疲れていたのだろうか?
私は今はあまり食欲がないので夕食は少しでいいけど、たぶん優美さんはこれじゃ足りないよね。
「うん。結構お腹減ってる」
笑いながらお腹をさすっていた。やっぱりもうちょっと作らないとかな? 今から大変なものは作れないから……魚でも焼こうかな。
「わかった。もうちょっと待っててね」
「あ、手伝うよ」
とてとてとキッチンに近づき、何かやることはないかと探しているようだった。
「今は大丈夫だよ」
「え……」
捨てられた子猫みたいな顔をして、上目遣いでこっちを見てきた。そんな顔をされるとなんだか可哀想になり、罪悪感が芽生えてくる。
「あ、後でお皿を運ぶのを手伝ってほしいなぁ。誰か手伝ってくれないかな?」
「私やる!」
なんか……同い年の子に庇護欲が湧くなんて変な感じがする。
「「いただきます」」
二人で向き合って夕食を食べ始めた。家で誰かと一緒に食べるのは久しぶりだなぁ……。なんか泣きそうになってる。ダメだなぁ私。
「私ね……」
優美さんが急に口を開いた。驚いて顔を上げたら、彼女の真剣な、しかしどこか悲しそうな表情が目に入った。
「大聖のこと好き。……ううん、好きだった」
「え?」
『好きだった』? 今でも彼女は大聖のことが好きな筈……。
「ちょっと前まで好きだったけど、今は……好きじゃない」
だんだん声量が小さくなっていき、視線も下に向いていった。下を向いている為表情は見えない。でも、どんな表情をしているかははっきりと頭に浮かぶ。そして、そんな表情を彼女がしていると考えると胸が苦しくなる。
「だから……応援するね!」
顔を上げてそう言った彼女は笑顔だった。声もいつも通りに戻っている。私の勘違いだったのかな?
「ちょっとお花摘に行ってくるね」
「うん」
彼女は立ち上がり、リビングを出ていった。ふと窓の外を見ると、月が雲で隠れていた。
「あれ、優美さんは?」
次の日、目が覚めると私の部屋で一緒に寝ていた筈の優美さんが居なくなっていた。家中を探し回ったが何処にもおらず、リビングの机の上に彼女のスマホと一枚の紙があった。紙には『ちょっと散歩してきます』と書いてあったが、なかなか帰ってこない。
「どうしよう……。今起きてるかな?」
今の時刻は六時。休日だから、まだ寝ている人の方が多いよね……。お願い起きてて。
三回目のコール音が鳴ったタイミングで、彼は電話に出た。
☆ ☆ ☆
なかなか寝付けなかったが、日が昇ってきた頃にようやく眠気がやってきて寝ようかと思ったら、電話がかかってきた。スマホの画面を見ると明里の名前が表示されていた。
昨日のこともあり、電話に出ようか少し迷ったが、彼女がこんなに早い時間に電話をかけてくるということは、何かあったのでは思い、電話に出た。
『……もしもし。明里どうかしたの?』
明里の口から発せられた言葉は予想外のものだった。
『優美さんが居なくなっちゃった』
『え?』
彼女が寝ている間に優美が何処かに行ってしまったこと、なかなか散歩から帰ってこないことを聞いた。
『わかった。俺が探しに行くから明里は家で待っててくれ』
『でも……』
『家に誰も居なかったら優美が帰ってきても家に入れないから。それと、雨が降りそうだから一応着替えも用意しといて』
昨日の夕方からだんだん雲が多くなっていて、今は空全体を黒い雲が覆っている。いつ雨が降りだしてもおかしくない。
『……うん。もし帰ってきたら連絡する』
『あぁ』
電話を切り、急いで着替え、家を飛び出した。
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