学校一の美少女2

「えっと……学校に行かないの?」

「うん。今から行くのめんどくさいから今日は行かない。あ、別に責めてるわけじゃないよ」


 めんどくさいと言った時に、彼女が申し訳なさそうな表情をしたので慌てて訂正した。


「じゃあ帰らないの?」


 そんなにどっかに行ってほしいんだ……。まぁ確かに嫌いな人と一緒に居たくはないよな。でもごめんね。まだ帰るつもりはないんだ。


「吉田さんが家に帰るまでここに居るから」

「え? 何で?」

「だって……吉田さんを一人にするのはちょっとね」

「どういうこと?」

「いくら今が朝だとしても、暇な大学生とか社会人とかにナンパされるかもしれないから、念のため一緒に居させて」


 そう吉田さんは美少女なのだ。いつナンパされてもおかしくない。落ち込んでいる彼女が一人で居たら尚更近づく奴は増えるだろう。


「安心して流石に家まで付いて行かないから」

「まぁそういうことなら」


 俺みたいなモブなんかじゃ男避けにならないだろうけど。……あれ? じゃあ俺が居ても居なくても変わらなくね? ま、いいか。

 それよりいつの間にか吉田さんと普通に会話できてるな。俺はコミュ力が高いわけではないから、吉田さんが気遣ってくれているのだろう。

 そんなことを考えていたら、吉田さんが上を向いて呟いた。


「島田君って優しいんだね」

「……え? 俺が?」

「うん」


 急だったので、驚いて反応が遅れた。聞き間違いかと思い、聞き返したが聞き間違いではなかったらしい。

 でも、何でだ……? 俺さっき結構酷いことしたのに、俺が優しいってどういうことだ? と、考えていたら表に出ていたのか、彼女は理由を話し始めた。


「私を見捨てないでくれた。どんなに拒絶しても一緒に居てくれた……から」

「そんなの当たり前じゃない?」

「ううん。そんなことない。こんなに優しい人なかなか居ないと思うよ」


 ふと、彼女の方を見ると彼女の視線はまだ上へ向いており、どこか遠くを見つめていた。そんな彼女は儚げで軽く触れただけでも壊れてしまいそうだった。そして、いつになく寂しそうだった。

 そんな彼女がまるで芸術作品のように綺麗で見惚れていると、再び彼女が口を開いた。


「この人なら大丈夫かな?」


 タイミング悪くトラックが通り、彼女の声はかき消されてしまった。もう一回言ってもらおうか悩んでいたら、彼女が俺の方を向いた。その表情は真剣だった。


「さっきの約束……今でもいい?」

「え? あ、うん。吉田さんがいいなら」


 彼女の言葉に驚かされた。それと同時に先程の出来事で俺の評価が下がったはずなのに、俺を相談相手に選んでくれたことが嬉しかった。


「私さ一週間くらい休んでたでしょ」


 俺は黙って首肯した。彼女の邪魔にならないように。彼女の言葉を聞き逃して、彼女の決意が無駄にならないように。

 話している彼女の表情は、今までで一番暗かった。そして彼女の呼吸が徐々に乱れ始めた。


「……一週間前に……お、親、親が…………二人とも……し、死んじゃった……の」

「…………」


 言葉が出なかった。俺は彼女にしつこくこの辛い出来事を聞いていた、思い出させていたという事実を知り、そんなことをした自分に嫌気が差した。

 やっぱり俺は優しくない。結局俺は優しい自分を演じて、その自分に酔っていただけ。俺はだ。自分さえ良ければいい自己中野郎。


「それに、そ……それ、に……」


 もう見ていられなかった。辛いことを思い出して傷つく彼女を見るのが辛かった。もうこれ以上傷ついてほしくなかった。


「もういいよ。大丈夫。ごめんね吉田さん辛いこと思い出させて。……ごめん」

「う、うぅ……」


 彼女はそのまま暫く泣き続けていた。俺にはどうすることもできず、ただ言葉をかけ続けることしかできなかった。




 何分くらい経ったのだろうか。彼女はようやく落ち着いたようだった。


「……あの、その、取り乱してしまってごめんなさい」

「何で吉田さんが謝るの? 謝らなければいけないのは、俺の方だよ……。ごめん吉田さん。辛いこと思い出させて」

「島田君は悪くないよ。決めたのは私だから」

「でもそのきっかけを作ったのは俺だし、最初も嫌がってたのに何度も聞こうとしたし……」


 本当に吉田さんは優しすぎる。どう考えても俺が悪いのに責任を感じさせないように、自分が悪いと言っている。俺はそんな優しい彼女を傷つけてしまったのだ。


「私嬉しかったの」

「え?」


 何のことかわからず、ただ続きを待った。


「私さ、昔から男子からは下心のある視線、女子からは嫉妬や敵意を含んだ視線ばかり向けられてきたの」


 アニメとかでたまにある完璧美少女が受けるやつだろう。彼女の表情は暗く、相当辛かったことが伝わってくる。


「だからさ、信頼できる人が親以外に居なかったの。友達って呼べる人は全然居なかった」


 恐らく吉田さんの周りに居る女子はカーストを上げることか、おこぼれを貰って男子と付き合おうとかが目的の人ばかりなのだろう。


「でもあなたは違った」


 俺と彼ら彼女らの何が違うというのだろう。どちらも自分のことしか考えていないというのに。


「あなたは私を見放さないでくれた。それにあんなことする男子は今まで誰も居なかった」

「それが何で嬉しいの?」


 "あんなこと"というのは自販機の件だろうが、あれのどこが嬉しかったんだ?


「他の男子は私に嫌われたくないからああいうことはしない。でもあなたは嫌われてでも何とかしようとしてくれた」

「それは……その時必死でそこまで考えられなかっただけで」

「嘘が下手だね。自分であんなことしてごめんって謝ってきたくせに。それに誰でもあれをやったら嫌われるってわかるよ」

「うっ……」


 それはそうだったかもしれないけど、何でそんなに優しくするんだ。それじゃあ勘違いしてしまう。また俺が自分に酔って、誰かを傷つけてしまう。


「それでさ、親が死んじゃってからどうすればいいかわからなかったの。信用できる人が誰も居なくなっちゃったから、これから独りで生きていかなきゃいけないのかと思ったら、怖かった。寂しかった」


 吉田さんはよく見ると震えていた。独りで居ることの辛さは俺も味わった。でも、俺には友達しょうやが居てくれた、家族が居た、けど吉田さんはどちらも居ない。俺以上に孤独を感じてもっと辛かっただろう。


「でも、そんな時にあなたが……島田君が現れた」


 そう言って彼女は微笑んだ。


「確かに最初はどうせポイント稼ぎでやってるんだろうなって思ってた。でも今は違う。流石にまだ完全に信頼できるわけじゃないけど、あなたなら信頼できるかもしれないって思ってる。それに感謝もしてる。あなたのおかげでなんだか前を向ける気がする」


 彼女は先程までとは違い、どんどん穏やかな表情になっていっている。それに比例するように俺の心も温かくなっていく。


「だからそんなに自分を責めないで。私を助けてくれたのは島田君……あなたなの」

「ありがとう」

「ううん。こちらこそありがとう」


 俺が吉田さんを助けるつもりだったのに、結局最後は俺が助けられてる。はぁ……俺情けないなぁ。これから頑張らなきゃ。


「えっと、あの……」


 え? なんか吉田さんが顔を朱く染めて、モジモジしながらこっちを見てるんだが。これってもしかして……キタ? マジ? ちょっとまだ心の準備が……。


「島田君。あの……わ、私と」


 うわヤバいヤバい。緊張してきた。まさか向こうから言ってくれるなんて。


「私とになってくれませんか」

「え?」


 あ……。そっちね。いや知ってたよ。俺がこ、告白なんてされるわけないだろ。騙されたフリだから。マジで。


「嫌?」


 俺が黙っていたため、嫌がっていると勘違いしてしまったらしい。吉田さんが涙目プラス上目遣いで聞いてきた。破壊力高すぎ。特殊装甲一気に全部削られた。


「嫌じゃないよ。ただちょっとビックリしただけ。よろしく吉田さん」

「こちらこそよろしく。ところでなんか凄く顔朱いけど大丈夫? 体調悪いの?」


 え? マジ? うわメッチャ恥ずい。穴があったら入りたい。


「だ、ダイジョブ」

「ならいいけど……。じゃあ帰ろっか」


 そう言って彼女は立ち上がった。そして笑いながら、手を伸ばしてきた。まぁ恥ずかしいから自分で立ったけど。


「そうだね。じゃあまた明日」

「え?」

「え?」


 何故か「また明日」って言ったら、首かしげられたんだけど……。思わず俺も「え?」って言っちゃったじゃん。というかその仕草可愛いな。


「お腹減っちゃったから、どっかで食べて帰ろうよ」

「いや、まぁ確かにお腹減ったけど」


 時計を見ると、時刻は十一時を指していた。こんな時間ならお腹が減って当たり前だろう。


「じゃあいいじゃん。それに男避けになってくれるんでしょ? 私ナンパされちゃうかもよ」

「うっ……。わかったよ……」


 俺の話聞いてなかったのかな? 俺は公園に居る間だけのつもりだったんだけど……。ていうか真っ直ぐ家に帰ればいいのでは? とも思ったが、まぁ断る理由もないのでついていくことにした。


「ほら早く行くよ」

「ちょっ、待っ」


 俺は急いで自転車のところまで走っていって、その自転車に乗って吉田さんを追いかけた。


 数週間後に大変なことが起きることになることをまだ二人は知る由もない。

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