20 賤民と怨霊の日本史
ミサ〉 〈上方排除〉される天皇の反対側で、何が〈下方排除〉されてるのだろう。
くまなく探せば幾つも発見できるのだろうが、たとえば、一つには賤民が挙げられよう。
律令国家においては、良民と賤民という身分の壁ができていた。この点について、被差別民の研究で知られる沖浦和光さん(1927-2015)は、〔清浄にして神聖なる王権を際立たせるためには、身分制の最底辺に、ツミ・ケガレを一身に背負わされた奴婢=賤民の存在を制度化することがどうしても必要であった
我聞〉 つまりアレですか? ある集団において、ボス=イジメっ子の反対側には、いつも常にイジメられっ子がいるような感じですかね?
ミサ〉 は? う~ん、それが喩えとして適切なのかどうかは知らんが、慢性的に〈下方排除〉されてる賤民がいることで、〈下方排除〉の場所が占有されていることで、〈上方排除〉された存在はそこへ転落することがない、ってなイメージは持っててよいと思うな。
ちなみに、賤民にも種類がある。「五色の賤」というのが定められていた。陵戸、官戸、家人、官奴婢、私奴婢の5つだ。官奴婢は官の奴婢で、私奴婢は民間の奴婢。同様にして、官戸は官の、家人は民間のものだ。官戸、家人は奴婢よりも上位にあり、一家をなして主人に属した。しかも奴婢とは異なり、主人は任意に売買することができなかったという。
とはいえまぁ、大雑把に分類するならさ、官戸以下はひとくくりに奴婢の徒となるだろう。余談だが、一生涯奴婢の立ち位置から逃れられなかったわけではなく、解放されて良民になることもあったらしい。
でだ、ここで注目したいのは、陵戸なんだな。陵戸というのは、天皇陵を保全していた人たちのことだ。死というケガレに接しているがゆえ、賤民カテゴリーになってしまうのだろうが、一方では、この人たちによって天皇陵が保全されてもいる
つまり、なんだかんだで〈上方排除〉と〈下方排除〉は繋がっているところがある。なんつーか、いわば連絡路のようなものがある。〈下方排除〉を探索すると、つっついていくと、たいていどこかで〈上方排除〉へつながり、〈上方排除〉を探索すると、たいていどこかで〈下方排除〉へ行き着くものさ。
我聞〉 〈下方排除〉=〈上方排除〉ぐるぐる回転の名残なんですかねぇ。どうなんでしょうね?
ミサ〉 〈下方排除〉は他にいくらでも見つかるぞ。たとえば、怨霊、がそれだ。
我聞〉 怨霊、ですか・・・・・・?
ミサ〉 その前に、まずはホカート『王権』の復習からはじめよう。
首長には作物の実りを促進する聖なる力が備わっている、とされている。が、その一方で、もし不作となると、「首長の力、落ちてね?」ってな感じでさ、首長の威信が揺らいでしまうのだった。
首長の超自然力が作物の実りを促進する、という点においてはだ、首長は共同体の豊かさを〈上〉から吊り支える〈上方排除〉なのだろうし、不作のときにはだ、まさに責任追及的〈下方排除〉となる。「こいつダメだから、首長は他の人に代わってもらうべ」ともなる。
我聞〉 首長は〈上方排除〉であり、かつ同時に〈下方排除〉にもなり得る、という両義的存在でしたね。
ミサ〉 そうそう、まずはそれを確認しておきたい。
で、天皇なんだが、祭司王として、作物の実りを、国の豊かさを、神々をまつることで担保してくる存在だったよなぁ。つまり、このへんは首長とかぶる。
我聞〉 不作のときはどうなるんです? まさか責任とらされて天皇が失脚する、ってなわけでもないでしょう?
ミサ〉 そうそう、ポイントはソコなんだよ。
じつはな、天皇が〈上方排除〉から〈下方排除〉へ転落してしまわないよう、逃げ道、というか、仕掛けがあったんだな、ちゃんと。
我聞〉 どんな仕掛けですか?
ミサ〉 不作というか、不作を含めての話なんだが、旱魃や風水害などの自然災害、それにともなう飢饉、あるいは疫病の流行、さらには地震などの天変地異が発生するとさ、たしかに一面ではな、天皇の不徳失政が原因だとみなされた。それは天皇の責任だ、とね。これには儒教の影響もあったろう。だからさ、天皇は詔勅を発し、自身の不徳を恥じたり、今でいう減税などの徳政を行ったんだ。
しかしだ、無論のこと、責任追及の果てに天皇が罷免されちまう、なんてことにはならんわけ。つーのも、まさにそのような非常事態においてこそ、天皇の役割が重要になってくるからだよ。
我聞〉 え? どういうことですか?
ミサ〉 具体的に言うとだ、神社へ奉幣し、護国経典を読誦するなど、天皇は神仏に祈願することで、むしろ天変地異とかいう非常事態の鎮静化を図るんだ。
つまり、飢饉が発生しようが疫病が蔓延しようが、天皇が権威を喪失して〈下方排除〉されるようなことにはならんのだ。むしろ引き続き〈上方排除〉のポジショニングに居座ったまま、むしろ神仏へ祈りを捧げることで、天皇が、天皇こそが、事態を終息させるのだよ。
というのも、じつは飢饉にせよ疫病にせよ、それらは神々の怒り、祟りが原因だと広く認識されていたからだ。
たとえば、日本史学の山下克明さんも、同時代の中国王朝では、災害などは為政者の不徳失政という政治問題に発展し、宰相など幹部が罷免されたりもしたが、日本の場合は違って、むしろ神霊の祟りであ~る、つーことで、祭祀・敬神の問題へスライドしてしまい、為政者は政治責任を回避することができたのだ、と指摘している
我聞〉 なるほどね。首長さんみたいに、「不作はおまえのせいだ! 引退しろ」とかいった感じにはならず、「不作は神々の祟りであ~る。その祟りを鎮めることができるのは、わしだ!」って感じで、〈下方排除〉へ転落することはないわけですね?
ミサ〉 イエス。でな、そんなこんなで、奈良時代以降に登場するのが、怨霊だ。
我聞〉 怨霊というと、たしか政争で敗れ去った人たちが祟ってくるんですよね?
ミサ〉 そうそう。とりわけ皇族や高位の貴族といった身分のある人たちが怨霊化してくる。
我聞〉 なにかで読んだ記憶がありますが、平安京って、対怨霊を意識して造られてるんですよね? 鬼門に延暦寺があったりと。
ミサ〉 平安京を造った桓武天皇(在位:781-806)は、皇位継承権をもつ早良親王とか潰しており、終生、怨霊化した親王の祟りに頭を悩ましていたという。でもって、崇道天皇なんて号を贈ったりして、その怒りを鎮めようとしている。
我聞〉 なんだかなぁ、って思いますね。政治的に対立するヤツを潰しておきながら、怨霊化するとビビっちまい、今度は手の平返して祭り上げる、みたいなことするんでしょ?
ミサ〉 そうそう。日本三大怨霊の一人、かの有名な菅原道真さんも、北野天満宮に祀られてるしな。今日でも「学問の神様」なんて親しまれている。
我聞〉 怨霊って、基本的には厄介者なんだから〈下方排除〉、それも〈下方排除(-)〉ですよね? でも祀り上げられちゃうわけで、そうなるとグルグル回転しちゃって、〈上方排除〉になりますよね?
ミサ〉 そう、そのとおり。いわば〈上方排除(-)〉だな。
我聞〉 やはり〈下方排除〉をつっつくと、なんだかんだで〈上方排除〉へ繋がってしまう回路が見つかるもんですねぇ。
ミサ〉 そう思うよ。ちなみに、863年には、怨霊たちを御霊として祭る御霊会なんてものまで開催されている。
とはいえまぁ、怨霊の話はこの程度でやめておこう。〈下方排除〉からの〈上方排除〉である怨霊は、いずれにせよ(-)の存在であるから、〈上方排除(+)〉である天皇とは相容れない。天皇はあくまで怨霊を鎮める側のポジショニングをしており、〈上方排除(+)〉の位置から逸脱することはないのさ。
しかもだ、天変地異の責任はすべて怨霊にあるんだから、天皇のせいじゃなくなるし。天皇の〈力〉に疑念が寄せられて、首長のように失脚することがない。
我聞〉 〈上方排除(+)〉固定なわけですね。
ミサ〉 まぁそんなところだ。もう少しつっこんで知りたい人には、田中聡『妖怪と怨霊の日本史』(集英社新書、2002)とか、山田雄司『怨霊とは何か 菅原道真・平将門・崇徳院』(中公新書、2014)なんて本もあるぞ。
我聞〉 あーい。
ミサ〉 読む気ゼロだな・・・・・・
ミサ〉 あと、もう一つ、おまけの余談だが、行基(668-749)って知ってる?
我聞〉 知ってますよ。お寺には籠らず、在野で、農民のために用水とか交通施設をつくってまわった偉いお坊さんでしょ。最終的には東大寺の大仏建立にも関わっています。
ミサ〉 奈良時代当時、勝手に髪を切って自称お坊さんになっちまったり、あるいはなんちゃって仏教なのか何なのか、怪しげな呪術を在野でふるう輩がおり、お上は取り締まっていた。
当然、お寺に籠ってない行基も疑いの目で見られるわけで、目をつけられていた
聖武天皇(在位:724-749)はさ、仏教を聖なるものとして国家的に〈上方排除〉していく一方で、国家公認ではない怪しげなものについては、反対側に、まさに〈下方排除〉していった。当初、行基もまた、そのような〈下方排除〉されるグループに入っていた。
ところがだ、凶作や天然痘など疫病が流行し、災害や反乱にも頭を悩まし、半ばノイローゼ気味になっちまった聖武天皇はさ、仏教への信仰を深めていきつつ、大仏の造営を計画する。しかもだ、それをトップダウン型で行うのは御利益がないとし、ボトムアップ型で行おうとした
そして、そこにおいて、行基に白羽の矢が立つのさ。
最終的に、行基は大僧正まで出世するに至る。これもまた〈下方排除〉からの反転〈上方排除〉だなぁ。
ホント探せばいろいろみつかるよ、それこそ、たくさんな。
我聞〉 ・・・・・・あの・・・・・・
ミサ〉 ン? どした?
我聞〉 今気づいたんですが、1時過ぎてますね・・・・・・
ミサ〉 それが?
我聞〉 友人がここまで迎えに来てくれることになってたんですが・・・・・・
ミサ〉 来てもらえばいいじゃん。
我聞〉 12時までには店を出るって、言ってたもんで・・・・・・
ミサ〉 シンデレラか、おまえは。
我聞〉 寝てるだろうなぁ・・・・・・
ミサ〉 タクシーで帰りゃいいじゃん。
我聞〉 いくらかかると思ってんです? 金欠なんですよ、オレ。
ミサ〉 だったら最初から飲みに来るなよ。
我聞〉 だってココ、タダ、つーか、投げ銭方式なんでしょ?
ミサ〉 ・・・・・・知ってたの?
我聞〉 えぇ、店長から聞いてます。
ミサ〉 そっか。で、今財布の中に、いくらあるわけ?
我聞〉 2,000円ですかね・・・・・・
ミサ〉 マジか? とりあえずその2,000円をココに置いてくとして、タクシー代、ねぇわな・・・・・・
我聞〉 え、2,000円とります? ほとんど何も飲んでないのに。
ミサ〉 うち、泊ってく?
我聞〉 はい?
ミサ〉 我のアパートは、この建物のすぐ裏にある。
我聞〉 え?
ミサ〉 だからぁ、うち泊ってくか? って訊いてんの。
かくして、オレは岬美佐紀のお部屋に、一泊することになった。
くどいが、岬美佐紀のお部屋に・・・・・・アラフォー独女のお部屋に・・・・・・
註
1 沖浦和光『天皇と賤民の国』河出文庫、2019:P91
2 喜田貞吉『賤民とは何か』ちくま学芸文庫、2019
3 山下克明「災害・怪異と天皇」『岩波講座 天皇と王権を考える(8)コスモロジーと身体』岩波書店、2002
4 千田稔『天平の僧 行基 異能僧をめぐる土地と人々』中公新書、1994
5 寺崎保広『聖武天皇 帝王としての自覚と苦悩』山川出版社、2020
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