【間奏】

 岬美佐紀が住んでいるアパートは二階建てのこじんまりとしたものだった。外観は薄ピンク色で、わりと新しい。女の子向けなのだろう。

 部屋は二階の角で、室内は(意外にも?)綺麗に整理整頓されていた。


「お風呂、入る?」

 いきなり話をふられて、「え!?」と、返す言葉に詰まっているうちに、

「じゃ、先に入らせてもらうわ」

 と、これもまたいきなり岬美佐紀は服を脱ぎはじめた。ナイキのジャンパーを、村上隆カイカイキキの花柄シャツを、脱ぐ! 目の前で!

「ちょっ、ちょっと待った」

「なに?」

 ピンク・ブラジャーのホックを指でつまんだ岬美佐紀が振り向く。

「あの、ここで脱ぐんですか?」

「悪いか」

「悪いとか、そういう問題じゃなくて、その・・・・・・ここで?」

「ここで脱がなければどこで脱ぐ? ここは、我のホームだぞ」

 言いながら岬美佐紀がジーパンまで脱ぎ捨てる。

「オレ、外に出てます」

 顔を背けるオレの前に、わざわざ岬美佐紀が回り込んでくる。ニタリと笑って。

「きみ、もしやセクシャルなものを感じておるのか?」

「おかしいでしょ。女の人が裸になるなんて」

「それは、きみの価値観だな」

「価値観て。普通の、世間一般の価値観でしょうが」

「ほれっ」

 岬美佐紀がブラジャーをとる。

 目と鼻の先、数十センチのところに・・・・・・あえて言いますまい。

「あの、一つ訊いていいですか?」

「なんだ?」

「オレを誘ってんですか?」

「ぽかたれ」

 岬美佐紀はポツリと言い、背中を向ける。


 アラフォー女性の裸は、正直はじめて見た。ぶっちゃけ、雲母ちゃんよりスタイルいいな、と思ってしまったが、まぁそんなことはいい。岬美佐紀の常軌を逸した振る舞いに、オレはどう反応してよいものやら、わからない・・・・・・部分的に反応している箇所もあるが。


「見たければ見るがいい、見たくなければ目を塞げ、それはきみが選ぶ道だ。我が決めることではないぞ」

 まったく意味不明なセリフを吐くと、岬美佐紀はその場でパンツまで脱いで、風呂場へ姿を消した。

 シャワーの音が、漏れてくる。

 なにやらモヤモヤしてくるので、オレは悪いとは思いつつ、勝手に室内を探検した。

 間取りは2LDK。一室はもはや書庫になっていた。やたら難しそうな本がぎゅうぎゅう詰めになっていた。眺めていると窒息しそうになるので、他の部屋を覗いてみる。

 寝室がある。寝心地よさそうなベッドと、壁掛けの液晶テレビがあった。横になり、観ているのだろう。

 リビングに戻り、ソファーに腰をかけ、一息ついた途端、なぜだか急に睡魔に襲われた。うとうと・・・・・・してしまう・・・・・・


 ぱっしーん!

 と、いきなり頬に激痛が・・・・・・


「起きたか?」

 目の前に、下着姿にロングシャツを羽織っただけの岬美佐紀が立っていた。

「殴ることはないでしょう」

 頬を押さえて、オレは目を剥く。

「ローマ帝国の話をしよう」

「はい?」

「なにか忘れてるとは思ってたんだ。いま思い出した。きみの風呂は、それからにしろ」

「え?」

 オレは掛け時計を見る。

「も、2時過ぎてますよっ」

「それがどうした。区切りのよいところまでいかないと眠れんのだ。明日は、っつっても、もう今日の話か、中世の国家論からスタートしたいからなぁ。今夜も『ツァラトゥストラ』に来るんだぞっ」

「そんな段取り、知りませんて」

 岬美佐紀がオレの隣に座ってくる。シャツの胸元、隙間から・・・・・・あ、あえて言いますまい。

「いやらしい目で見るなよ」

「見てませんっ」

「我はローマ帝国の話がしたいのだ」

「もう寝ましょうよ。普通に眠いし」

「きみ、我との議論を拒否するなら、住居への不法侵入で訴えるぞ!」

「あなたが呼んだんでしょう、ここに」

「プラス、暴行未遂まで付け足してやるわ」

 オレは観念した。

「はいはい、わかりましたよ。ローマ帝国の話、ですね?」

「そうだ。わかればよろしい」

 満面に笑みを浮かべる岬美佐紀は(絶対認めたくはないが)可愛らしい・・・・・・から、どこか憎めないのだった。


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