14 権力とはなにか?(1)

ミサ〉 まずはシンプルに考えてみようじゃないか。きみが働いてた居酒屋のアイツ、五楼座に権力はあったと思うか?


我聞〉 そりゃあるでしょう。店長ですから。


ミサ〉 そんな威張り散らすタイプじゃなかろう。


我聞〉 まぁ怒られることはあんまりないですが、ただ、なんだかんだで店長なんでね、命令には従わないといけないし。


ミサ〉 そうそう、命令だな、権力の言葉って、一つには命令だ。しかし、べつに従わなきゃいいじゃん。逆キレしちまえ。


我聞〉 そんなことしたらクビじゃないですか。


ミサ〉 クビになりたくない?


我聞〉 仕事はそれなりに楽しかったし。


ミサ〉 となるとだ、いま〈権力〉の特徴がまず一つ浮かび上がったぞ。〈権力〉の言葉は服従を求める命令であり、かつ、その服従には、いくらか自発的なものが混じっている。だってさ、もしきみに辞める覚悟があったなら、べつに従う必要なんてないんだから。


我聞〉 まぁそのへんは、そうですね。


ミサ〉 〈権力〉とは、一つにはな、ある程度の合意を含んだ「命令⇒服従」の関係性だと言える。ここが、関係性ってのがポイントだぞ。よく「あの人、権力もってるよねぇ」なんて言ったりするが、〈権力〉はモノじゃないから所有することはできん。あくまで「命令⇒服従」的な間柄において立ち上がってくるものが〈権力〉だと言えよう。「Aさん命令⇒Bさん服従」とかいう関係性が成立した後でな、事後的に、あたかも「Aさん」には最初から権力があったかのように、まるで事前に権力をもっていたかのように感じてしまうことがあるだけ。遅れてやってくるものを、まるで最初からあったかのように誤認してしまうというのは、人間心理として、まぁよくあること。


我聞〉 う~ん、そうでしょうか。たとえば会社の社長とか、事後的に、じゃなくて、最初から権力もってるような気が・・・・・・


ミサ〉 それについてはこの後でふれるつもりだが、往々にして〈権力〉が作用している関係性がな、「制度化」されていくからさ。社長というのは、まさに〈制度化された権力〉の領野で登場してくるものだろう。

 もっとも、繰り返しになるが、辞めるつもりならさ、社長に逆らうことだってできるんだ。たとえ〈権力〉が制度化されていようと、潜在的にはさ、〈権力〉というのはいつもすでに関係性である、という側面が消えるわけではない。だからいつでも社長との関係を解消して、〈権力〉作用を停止することはできる。


我聞〉 辞める覚悟があればね・・・・・・


ミサ〉 ちなみに、辞める/辞めないの話をしたが、もしきみが居酒屋を辞めようとしても店長が辞めさせてくれず、たとえば監禁などされちまい、逃げようにも逃げられず、もはやそこで働くしかなかったとしたら、それって〈権力〉だと思う?


我聞〉 暴力でしょ、それって。


ミサ〉 そうだな、我も暴力だと思う。〈権力〉とは違う、暴力の特徴としてはだ、一つには、やられる側にな、他に選択肢がない、ってことだろうよ。もっと言うと、選択肢がないってことはさ、話し合ってもムリ、ってことでもある。

 たとえばさ、きみが店長の命令にはもう従えない、って思ったら、バイト先を変えることができるだろう。「それ以上ガミガミ言うなら辞めちゃいますよ」なんて店長を威嚇することだってできるし。それはつまり、取引できる、話し合える、ってことなんだよ。

 一方で、たとえばさ、バス停で立ってたら、いきなり隣の酔っ払いから殴られた、とかいうのって、それ、話し合いでどうのというものではないだろう。問答無用の世界だ。あるいは強盗に襲われたりして、「カネだせ、殺すぞ」なんて脅されたらさ、カネだすしかねぇじゃん、他に選択肢がない。そういうのってまさに、暴力以外のなにものでもない。


我聞〉 〈権力〉の場合、たとえそれが「命令⇒服従」関係だろうと、お互いの間でそれなりの関係性が成立してますよね。それが暴力になると、関係性が分断してる、あるいは一方通行的になってる、って感じですかね? 脅迫、なんてまさにそうでしょ。


ミサ〉 まぁそんなところだな。


我聞〉 でも考えてみると、一方じゃ、〈権力〉と暴力の境目って結構曖昧な気がしませんか? たとえばコレ、どこかで目にしたニュースですが、ある著名な芸術家が、弟子というか教え子にね、ずっとセクハラしてた、ってのがあったんですよ。こういうの、暴力と言えば暴力なんでしょうが、「この先生についていき、自分もメジャーになりたい」とか思ってるとですね、つい、カラダを求められて断り切れずに、許しちゃう・・・・・・とかいうことになったりするんじゃないですか? こういう場合、いくらか自発的な合意が含まれてるわけでしょ? となると〈権力〉ですか? それでもやっぱり暴力ですか?


ミサ〉 普通に暴力だろう。犯罪のレベルだな。


我聞〉 でも、多少の合意は・・・・・・


ミサ〉 そういう類の事件を、我は大学院でもみかけたことがある。いわゆるアカハラというやつだ。プロの研究者になりたい学生が、つけこまれて指導教授の言いなりになってしまうのだ。ゼミの飲み会で、「オレの愛人になれ」とか口説いてる大学教授を我は目撃したことがある。こういったケースの場合、肝心なことはだ、やられる側にな、「他の選択肢」がなくなってしまっている、ってことさ。


我聞〉 バイトを辞めるように、他の大学院へ移籍するとか?


ミサ〉 そう簡単にはいかないのだよ。それと、もちろん主観的な要素もあるだろうよ。やられる側が「他の選択肢」をみれなくなっていればいるほど、余計につけこまれてしまう。逆にな、やる側からすりゃ、そのような状況へ精神的にも追い詰めていくことで、好き放題、相手を自在に操れるようになるだろう。こうなるともう、犯罪だろう。


我聞〉 暴力ですね・・・・・・


ミサ〉 まぁそのへんは〈権力〉の特徴二つ目と言ってもよい。〈権力〉の作用はいつでも暴力へ転化し得る。〈権力〉が暴力へ接近していく。


我聞〉 キケンだ。


ミサ〉 そう、〈権力〉はキケンだ。ちなみにアカハラしてたその教授はというと、最終的には訴えられてしまった。暴力による関係性というのは長続きするものではない。〈権力〉は暴力へ変貌するときがあるが、その延長線上で消滅してしまうことが多々ある。暴力へ身を落とす〈権力〉というのは、自殺行為、だと言ってもよかろう。もともとあった〈権力〉関係が、暴力の果てに、暴力もろとも霧散してしまうのだ。


我聞〉 まぁたしかに暴力による関係は持続しないと思います。ただ、それは〈権力〉関係でも同じじゃないですか? 〈権力〉にはいくらかの合意が必須だとするなら、服従する側が「もうついていけねぇ」となったら、つまり合意する気が失せたらなら、即座に関係も解消、ってなるんじゃないですか?


ミサ〉 もちろん。ただし、さっきチラリとふれたが、〈権力〉は制度化されて安定する、といった側面があるんだ。簡単に言いきってしまうと、こうだ。〈権力〉が暴力へ引っ張られてしまうと、結果的には、その果てでね、当初構築していた関係性、〈権力〉関係すら壊れてしまい、失ってしまうことがある。暴力と共に〈権力〉も死ぬのだ。

 つまり、暴力へ接近すればするほど、いわば〈権力〉の濃度が減退していく。その一方で、〈権力〉が制度化のほうへ向かっていくとだ、その濃度は逆に濃くなり、その関係性はますます安定的になる。


我聞〉 制度化? さっき途中まで出てた話ですね。

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