13 アステカ王国

ミサ〉 さて、世界史を旅するとしよう。

 さっきまで主にアメリカ先住民の話をしてたからさ、舞台もそのままアメリカ大陸にしてだ、たとえば、そうだな、アステカ王国について語ってみようか。

 今度はすでに誕生しちゃてる国家から逆照射して考えてみたいのさ。その上で、国家なき社会と比べてみようか。もっとも、国家とはなにか、ってな問題を棚上げした状態での先走り考察ではあるがな。

 あ、聞いたことくらいはあるよな? アステカ。


我聞〉 知ってますよ。黄金を求めて侵入してきたスペイン人にね、やられちゃった文明でしょ。滅亡したのはいつだっけ、世界史で勉強してたんですが・・・・・・16世紀の前半だっけ?


ミサ〉 あってるよ。さて、アステカ王国の所在はというと、今でいうメキシコの中央部。テノチティトラン、テツココ、トラコパンの3都市同盟(1428年結成)を軸に栄えたんだ。

 このうち最大勢力である王都テノチティトランについてはネットの画像検索かなんかで復元図をみてみろ。壮大な湖上都市だったらしく、すげぇぞ。マジでタイムマシンほしいわ。みてみたい。

 あ、ちなみにアステカというのは他称で、テノチティトランを建設した人たちはメシカと自称していた。だから論者によってはアステカという用語を避ける人もいるが、あまりに普及しちゃってるしさ、我らはべつに専門家ではないからな、そのまま使わせてもらうとしよう。

 テノチティトランは現在、メキシコの首都メキシコシティになっている。


我聞〉 そういえば疑問なんですが、攻めてきたスペイン人なんてそんなに多くはないでしょ。たしか数百人とか。なんでン万もの戦士がいるはずのアステカがやられちゃうわけ? 

 感染症をもちこまれて人口が激減した、とも言われてますが・・・・・・あと、銃とか大砲とか、みたことない兵器にビビったんですかね? 西洋とは戦い方も違うだろうし。


ミサ〉 それもあるが、現地の勢力は一枚岩ではなかったのだよ。アステカ王国の周辺に、アステカの敵がいたわけ。アステカにムカついてた部族がいたわけ。で、こいつらがスペイン人の味方をしてしまうのだ。しかも、その兵力はスペイン人の比じゃない。桁が違う。同盟していた都市の裏切りもあったしね。


我聞〉 それじゃ同士討ちみたいな感じじゃないですか。


ミサ〉 いや、同士じゃないぞ。互いに敵対勢力だからな。ある意味スペイン人のボスであるコルテス(1485-1547)に知謀があったというか、ズル賢いというか。上手く立ち回ったわけ。アステカ王にテノチティトランへ招かれたときなど、逆手にとって騙して捕らえ、王を人質にしているくらいだし、悪い意味で、やり手だ。


我聞〉 ところでアステカっていうと、アレですよね、生贄の心臓をえぐりとって神々へ捧げる儀式が有名じゃないですか。


ミサ〉 あぁそうだな。ちょっと通俗的に解されてるところもあるがな。生贄は神殿の台座にのせられ、神官の手によりナイフで心臓をえぐられた。太陽神でもあるアステカの守護神ウィツィロポチトリなどの神々にささげられた。他にも雨乞いや豊穣祈願、王の即位儀礼などで人身供儀が行われたらしい。生贄の血は太陽と大地に捧げる滋養なんだとよ。


我聞〉 こえぇーーー


ミサ〉 で、ここがポイントなんだが、生贄にされたのは主に戦争捕虜なんだよ。ちなみに近隣部族との間で、「花の戦争」とかいう互いに生贄の獲得を目的とする申し合わせバトル、儀礼的な戦闘まであったという。

 ところでさ、気づかない? 儀式には絶えず生贄が必要で、その生贄が戦争捕虜だとするならさ・・・・・・


我聞〉 あ! なるほど、継続的に戦争が必要、ってことになりますね、延々と生贄ゲットし続けることが戦争の目的だとするなら、その戦争には終わりがなくなる。

 つーことは、戦争という例外状態の永続化、通常状態化、ってことになりません?


ミサ〉 傷ついた威信を報復することで回復する、そのパターンの戦争なら終わりがある。けれど、このパターンだとさ、永遠に終わらないね。


我聞〉 じゃアステカの場合は、終わらなくなった戦争状態の中で、戦士のリーダーが解任されることなくずっとリーダーであり続け、王へ化けてった、って感じです?


ミサ〉 そのへんはよくわからない。

 ただ、当初アステカは二頭体制だったようで、戦争&外交部門のトップであるトラトアニと、内政部門のトップであるシワコアトルが両立していたらしい。戦争は主に農閑期に行われていたから、通常状態すなわち夏のリーダーはシワコアトル、例外状態すなわち冬のリーダーはトラトアニが目立っただろうね。


我聞〉 〈軍事的な権力〉と〈政治的な権力〉が併存していたわけですね。それもシーズンによって、コインの裏表のように、それぞれが前面に出たり、後景に退いたりした?


ミサ〉 とはいえやはり、きみの言うとおり、次第にトラトアニがシワコアトルの権勢をしのぐようになり、〈軍事的権力〉優位の一頭体制へスライドしてったようだ。


我聞〉 やっぱりそれ、終わらない戦争状態のせいですかね?


ミサ〉 どうなんだろうね。さっきも言ったが、戦争には一応時期があるからな、戦いのシーズンが。年間行事ではないが、サイクル、一区切りはつけられよう。

 ここは専門家に訊いてみたいところだが、我はたぶん、終わらない戦争状態にプラスして、〈宗教的な権力〉がドッキングしたことが大きかったのではないか、と思う。

 戦争の目的は、敵を制圧し、貢納を得ることもあったろうが、まずは敵を捕虜にし、持ち帰って生贄に供することだったという。これ、我らがもってる戦争観とはだいぶ違うな。


我聞〉 まぁ普通は領土を拡張し、富を得るのが目的、ってイメージが強いですよね、戦争と聞くと、どうしても。


ミサ〉 生贄ゲットという宗教的な意図が戦争を誘発している。戦いくさに終わりはあっても信仰に終わりはない。宗教的なものが戦争状態を永続化させる大きな要因になってたと思う。

 つまり、〈宗教的権力〉と〈軍事的権力〉の一体化、がポイントだろう。

 そしてさっきも言ったとおり、〈軍事的権力〉が〈政治的権力〉をしのぎ、これを吸収していく。


我聞〉 〈宗教的権力〉〈軍事的権力〉〈政治的権力〉の統合、ですね?


ミサ〉 そうだ。そこで我思う。アステカでは〈三権〉が一つになり、王という〈一者〉の手中におちている。それをな、我はいわゆる王権の特徴とみなしたい。そうであればアステカではすでに王権が立ち上がっている、ということになるだろう。

 ところで、アメリカ大陸中央部の熱帯雨林じゃ、最強動物はジャガーになるんだが、アステカ王はジャガーの毛皮製ケープやサンダルを着用して戦争に行き、ジャガーの毛皮を敷いた玉座で政務を執行したという(1)


我聞〉 あ、それってなんか、さっき聞いた森の王・熊の話とかぶりますね。


ミサ〉 そうなんだ。こっちは森の王・ジャガーだ。ジャガーは人間界を超越した自然力の象徴だろうよ。だからな、アステカ王は熊の毛皮をまとってたシャーマンとも重なるだろう。


我聞〉 シャーマン的な要素が混じってるわけか。


ミサ〉 ピエール・クラストルもまた、アメリカ先住民の神話を分析しつつ、シャーマンはジャガーに変身する、シャーマンはジャガーであり、ジャガーはシャーマンだった、と言っている(2)


我聞〉 王は人間界を超越した聖なる力をまとってる、ってな感じでしょうか?


ミサ〉 そうだ。やはり王は〈宗教的権力〉を吸収し、体現してるんだよ。

 とはいえまぁ、これ以上アステカに固執しても話が冗長になるだけなので、次は目線を転じて古代エジプトへもっていこう。


我聞〉 え、いきなりエジプトですか。


ミサ〉 じつは〈宗教的権力〉〈軍事的権力〉〈政治的権力〉が王という〈一者〉にまとわりついてる、という様相をな、アステカ王国を題材にし、最初にみておきたかっただけ。

 もしアステカのことに興味がわいたなら、増田義郎さんの『アステカとインカ』(講談社学術文庫、2020)、同じく増田さんが監修されてるリチャード・F.タウンゼント著『図説・アステカ文明』(武井摩利訳、創元社、2004)とか、後ろにあるから借りていけ。我が言ったようなことはそこに全部書かれている。


我聞〉 いえ、そこまでは・・・・・・


ミサ〉 やはり耳学問か?


我聞〉 はい。


ミサ〉 で、あるか。


我聞〉 あ、そういえば〈与える権力/奪う権力〉の話とか、〈第三項排除〉の話はどうなってるんですか?


ミサ〉 アステカで?


我聞〉 えぇ。


ミサ〉 アステカ王国を探索し、〈第三項〉をみつけるとするなら、まずは〈上方排除〉されている王が該当するだろうよ。


我聞〉 それはわかります。


ミサ〉 このとき、王が顕在的にせよ潜在的にせよ〈下方排除〉を通過してきているかどうか、といった論点はさておき、ポイントはな、基本的に、王は〈上方排除〉の次元に固定されている、というところだろう。


我聞〉 王は〈上〉に君臨してますしね。〈下〉にいたら王とは言えないでしょう。


ミサ〉 で、なぜ王は〈上〉にいられるのかというと、我思うに、王が〈下〉へ、〈下方排除〉へ転落してしまわないような、仕掛けができているからだと感じられる。

 どんな仕掛けかというと、〈上方排除/下方排除〉がグルグルと回転してしまわないように、〈一者〉が〈上方排除〉で留まり続けるために、逆に、反対側にな、〈下方排除〉に留まり続ける存在が設定されているのだよ。

 そうすることでな、〈上方排除〉の役割と〈下方排除〉の役割が共同体内で分断されていく。王はもっぱら〈上方排除〉の役割を担うことになる。


我聞〉 もっと具体的に言ってください。王が〈上方排除〉貼り付けなのはわかります。じゃ反対に〈下方排除〉貼り付けとなるのは?


ミサ〉 わからない? 当然、儀式で捧げられる生贄になる。これはそのものズバリ〈下方排除〉だろうよ。

 ところで、さっき取り上げたホカートの『王権』だが、その中で、太平洋に浮かぶポリネシア諸島で観察された首長制社会の話として、首長には作物の実りを促進する聖なる力があるとされており、その一方で、逆に不作となると、首長の威信が揺らぎ、罷免されたり、ヒドイ場合には殺されてしまうこともある、と語られている(3)

 この話をいたずらに普遍化することはできないが、ただ、この場合の首長はまさに〈上方排除〉であり、かつ〈下方排除〉でもあり、グルグル回転しているだろう。

 でさ、このとき、もし王が殺されたくなければだ、あるいは〈上方排除〉のままでいたければだ、なんかあったときは己の身代わりに〈下方排除〉されていく輩をつくっておけばよいのだよ、理論的には。

 思うに、それが戦争捕虜であり、奴隷であり、生贄だろう。


我聞〉 不作の責任をとらされるくらいなら、生贄を捧げて身代わりになってもらうと?


ミサ〉 あくまで理論的には、そんな筋書きが描けよう。

 王は〈上方〉で輝き続ける。

 その反対側では、〈下方〉では、その輝きを維持するため、絶えず生贄が求められていく。


我聞〉 あ、なんかイメージできました。ちょっとズレるかもしれませんが、イジメの話ですが、さっきオレ、みんなでよってたかって誰かをイジメることで、他のみんなが輪をつくっていられる、っつーダークな側面があるって言ったじゃないですか。じつはそれだけじゃなくてね、つまり「あいつがイジメられてるうちは、オレはイジメられねぇ」ってことだけじゃなくてね、グループのボスみたいなヤツがね、意外と一番安心してんじゃないかって思うわけですよ。ある集団のボスだったヤツが、夏休みがあけるとね、なぜかしらみんなからイジメられてた、っていうのをみたことがあるんです。〈上方排除〉されてるボスもね、いつなんどき〈下方排除〉されちまうかわからないじゃないですか。グルグル回転してたなら。だったら、あらかじめイジメられ役をつくってしまえばいい、ってことになるんじゃないですか。ボスが〈下方排除〉されないために、いつまでも〈上〉にいられるようにとね。ということであれば、イジメられ役を一番必要としてんのは、ボスなのかもしれませんよ。


ミサ〉 まぁそんなケースとも重なるな、たしかに。王が王であるために、〈上方排除〉され続けるために、〈下方排除〉され続ける生贄が必要なのだろうよ。


我聞〉 わかりました。なんとなく全体像がみえてきましたよ。

 まず、〈宗教的権力〉〈政治的権力〉〈軍事的権力〉が連結し、〈一者〉の身体に体現しているのが王であり、それが王権の特徴なんですが、それだけでなく、王が王でいられるためには、王権が成立するためには、たとえば生贄という装置がそうですが、王が〈上方排除〉に留まったまま〈下方排除〉されていかない仕組みが必要ってことですね? それが、特徴の二つ目になる?


ミサ〉 イエス、そのとおり。まとめてくれてありがとう。これから先も都度言及していくつもりだが、王という〈上方排除〉の反対側には、必ず、もっぱら〈下方排除〉されていく、いわば負の存在をみつけることができるだろう。


我聞〉 とりあえず理解しましたよ。それじゃ、あと、〈奪う権力/与える権力〉の話はどうなりますか? アステカでは。


ミサ〉 対外的には、近隣勢力を駆逐し、貢物を吸い上げていく〈一者=アステカ王〉は〈奪う権力〉だろうよ。ただし対内的には、儀式の際に下々へ大盤振る舞いすることもあったらしく、〈与える権力〉的な要素も〈一者〉にはある。

 また、そもそも聖性をまとう王というのは、各種儀式などを通じ、「我々」共同体の繁栄を支えている、という信仰的な側面があるだろう。そういう意味においては〈与える権力〉に該当するな。


我聞〉 両面あると?


ミサ〉 もっと言うと、先回りし、これは作業仮説として描いておくが、〈奪う権力〉は共同体内ではなく、共同体と共同体の間から芽生えてくるものだと思うぞ、理論的には。


我聞〉 まぁたしかに、奪う、ってのは「我々」ではなく、まずは「敵」から奪うのが先でしょうしね。


ミサ〉 逆に〈与える権力〉というのは、先にみた首長制社会を思い浮かべるとイメージできるだろうが、まずは共同体内的なものだろうと思う。


我聞〉 なるほど。ていうか、そもそも〈権力〉ってなんでしょう?


ミサ〉 そのへんの話に踏み込むと終わらなくなるからさ、スッ飛ばしてきたが、どうやらそうもいかないようだな。ちょっとだけ脱線してみるか。


我聞〉 えぇ、お願いします。




(註)


1 青山和夫『古代メソアメリカ文明』講談社、2007:54頁


2 前掲『国家に抗する会』第六章


3 前掲『王権』第四章

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る