12 国家のない社会(5)

ミサ〉 でな、じつはあと一つ、絶対見逃せない重要な権力がある。それがさっき言ってた〈宗教的な権力〉だ。首長制社会にはシャーマンがいる。


我聞〉 あ、わかりますよ、シャーマン。ミルチア・エリアーデ(1907-1986)の『シャーマニズム 古代的エクスタシー技術』(堀一郎訳、ちくま学芸文庫、2004)を読んだことがありますし。

 あれでしょ、シャーマンは脱魂して、つまり魂となり身体から抜け出して、天上の世界とか地下の世界とか、まぁ要するに異界へ渡れるんですね。天上界では神々に恩恵を求め、地下界では死者の魂を無事に送り届けたりする。

 あるいは、病気の原因は魂が抜けでてしまうからだって思われてるようなところでは、そのさまよう病人の魂を探して連れ戻し、治療するんです。


ミサ〉 ほぅ、耳学問の徒がエリアーデを読んでるとはな。エリアーデは脱魂を重視しているが、シャーマニズムについてはもう少し幅広にとらえるのが一般的となっている。

 たとえば、宗教人類学者の佐々木宏幹さんは、脱魂型のシャーマンの他に、精霊が身体に憑くという憑依型のシャーマンもカウントしている。

 ちなみに同じ脱魂型でも、①独力で異界へ渡り、霊的存在と交わるパターン、②守護霊の援助を得て異界へ渡るパターン、③自身ではなく守護霊が代わりに異界へ渡るパターン、に分類できると言う(9)

 一方、憑依型のパターンとしては、いわゆる霊媒的なものと、霊的存在に心身を乗っ取られることなくお告げをしていく予言者タイプのものがある。

 ただ、もちろん、これらの分類は便宜的なものであるし、他の観点に基づけばだ、もっと違った分類をすることもできよう。

 ちなみに佐々木さんだって、シャーマニズムの定義は人により多彩であるとし、さしあたりの作業仮説的なものとして、〔 通常トランスのような異常心理状態において、超自然的存在(神、精霊、死霊など)と直接接触・交流し、この過程で予言、託宣、卜占、治病行為などの役割をはたす人物(シャーマン)を中心とする呪術-宗教的形態 (10)だとしているくらいだ。

 で、このシャーマンだが、こいつはコインの表でも裏でもなく、いわば円周上にいる、ってイメージすることができると思うんだ。共同体の中心、というよりは、共同体の内と外、「こちら/あちら」の狭間にいる。


我聞〉 まぁたしかに、天上界へ行ったり地下界へ行ったり、ってのは「こちら/あちら」を横断してる感ありますね。


ミサ〉 それだけじゃない。異界の霊的な力と交流できるシャーマンは、そうであるがため、逆にまわりから警戒されたりもする。そういう面でも周辺的な存在だと位置づけられよう。

 ちなみに異界と聞いて非現実的ワールドだけを連想するなよ。たとえば山奥だって充分異界だろう。そこはとてつもなく不気味なエリアだ。だからこそ、人為を超えた霊的自然力の源ともなる。ちなみに、そういった森の霊力の象徴が、一つには熊だったらしい。中沢新一さんがそう言っている(11)最強の動物である熊は森の王だった。でな、洞窟の奥とかでさ、熊の頭蓋骨を使って儀式したりしてたんだとよ。


我聞〉 儀式? なんでそんなことするんですか?


ミサ〉 森の王を祀るのだ。森の王がキレたら、もう我々に獲物を、森の恵みを与えてくれなくなるかもしれんからな。


我聞〉 ん~、一方的に狩っておいて、食べちゃって、丁重に扱って、またお願いしますって感じですか? なんか勝手だなぁ。


ミサ〉 神話の中には人間が熊と結婚する話や、人間が熊になってしまう話があるようだ。

 で、ちょっとシャーマンの話に戻りたいんだが、シャーマンの中には熊の毛皮をまとう人もいるらしい。それって、共同体の外、「あちら」側、異界の霊力をまとうことでもあり、一体化してるってことなんだろうよ。


我聞〉 なるほどね。


ミサ〉 てなわけで、強引に小括させてもらうが、首長制社会の特徴としてはだ、三権分立ではないが、〈政治的な権力〉、〈軍事的な権力〉、〈宗教的な権力〉が一つに統合されておらず、それぞれ首長、戦士のリーダー、シャーマンに分有されている、ということが言えると思う。

 で、ここでようやく、今村仁司さんの〈第三項排除〉モデルを思い出してほしいんだ。〈首長=政治的権力〉は、どんなふうに描けると思う?


我聞〉 首長は共同体を上から吊り支えるボスなんだから、〈第三項=上方排除〉じゃないですか?


ミサ〉 我の話を聞いてた? 首長は仲間うちの諍いをまぁまぁまぁと仲裁したり、ときには大盤振る舞いしたり、トークや踊りで楽しませたりと、みんなのことを「上から」っつーよりは「下から」支えてる感ありまくりだぞ。


我聞〉 そうでした・・・・・・だったら〈第三項=下方排除〉じゃないですか?


ミサ〉 べつにイジメにあってるわけでもないだろうし、カバン持ち学級委員長ほど虐げられてるわけでもないだろう。一夫多妻だし。カバン持ち学級委員長がさ、学年の女生徒を囲いまくりハーレムつくってたら、速攻潰されるだろうよ。


我聞〉 たしかに・・・・・・となると、どっちでもないって感じですか? 〈第三項〉ではあるにせよ、〈上方排除〉でも〈下方排除〉でもない?


ミサ〉 いや、むしろどっちもなんだよ。両方。〈上方排除〉にして〈下方排除〉、両義的なんだ。

 で、その両義性はな、戦士についても言える。例外状態、つまり戦争が勃発するとだ、戦士のリーダーは〈上方排除〉されて、みんなを引っ張ってくことになる。ところが戦争が終わってしまえばもう用なし。むしろ引き続きリーダー面されてちゃ迷惑なくらいで、サヨナラ、となる。度が過ぎれば〈下方排除〉されちまう。あるいは〈上方排除〉というのは見かけだけで、実際には、戦争時であってもだ、全体に奉仕する〈下方排除〉だったのかもしれない。いずれにせよ、両義的だ。


我聞〉 じゃ、残るシャーマンは?


ミサ〉 言ったじゃん。シャーマンは最初から両義的だ。「こちら/あちら」を股にかけているんだからな。天上界と交通するシャーマンは〈上方排除〉な気もするが、地下界と交通するシャーマンは〈下方排除〉な気もするだろう? 

 もっと言うと、シャーマンがふれる人為を超えた霊的自然力というものが、そもそも両義的だ。霊的自然力は「我々」に恵みをもたらすだろう。ただし、その一方で、ときには「我々」に対し、恐るべき相貌をみせることもあるだろう。霊的自然が猛威をふるう。

 霊的自然力というのは、恵みを「上」からもたらし、かつ同時に、破壊的でもあるからさ、「下」へ追放したくもなる。


我聞〉 なるほど、シャーマンもまた〈上方排除〉であると同時に〈下方排除〉でもあり、両義的な感じだった、ってわけですね?


ミサ〉 そうだろうと思う。


我聞〉 となると、いわゆる首長制社会では、〈政治的な権力〉〈軍事的な権力〉〈宗教的な権力〉それぞれが分立していると同時に、その役割を担う、首長、戦士のリーダー、シャーマン、それぞれが共同体を支える〈第三項〉になってはいる。が、〈上方排除〉であったり〈下方排除〉であったりと、その性質は両義的な感じになっている、ってことですね? まとめますと。


ミサ〉 そう、まずはそのへんを押さえておいてほしい。これは国家を立ち上げてない社会の特徴だと思うんだ。

 たとえば逆に、〈政治的権力〉〈軍事的権力〉〈宗教的権力〉が一つになり、それら三権を一身にまとっているような存在者がいるとするなら、どんなのを想像する?


我聞〉 そうですねぇ・・・・・・たとえば大日本帝国の天皇陛下とか、当てはまるんじゃないですか?


ミサ〉 当てはまると思う。で、当たり前だが、そのときはもうすでに、とっくに、国家が立ち上がっている。


我聞〉 ですね。


ミサ〉 詳しくは後でじっくり考えてみるとして、まずは議論を先回りし、こうイメージしてみたらどうだろう。

 〈政治的な権力〉〈軍事的な権力〉〈宗教的な権力〉が一箇所に、中心に集まり、〈下方排除〉と〈上方排除〉のグルグル回転ではなく、一括して〈上方排除〉へ固定されたときにこそ、王権が誕生し、王国が誕生する、と。

 これを作業仮説としてみようじゃないか。


我聞〉 でも、それがホントに正しいかどうかは、具体的な事例をみていかないと・・・・・・


ミサ〉 もちろん。だから今度は人類学を離れて、世界史をのぞいてみようと思う。


我聞〉 はいはい、わかりました。




(註)


9 佐々木宏幹『シャーマニズムの世界』講談社学術文庫、1992:P240-243


10 佐々木宏幹『シャーマニズム エクスタシーと憑霊の文化』中公新書、1980:P41


11 中沢新一『熊から王へ』講談社、2002



(そのほか参考文献)


ピアーズ・ヴィテブスキー『シャーマンの世界』中沢新一監修・岩坂彰訳、創元社、1996

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