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実際直ぐに気分は良くなった。
「それにしても松永と筒井は十年来の仇敵であるからのう。あっちでもこっちでも同じような話しが出るのは偶然なのか。未だに腹の探り合いでもしておるのか。謁見を願い出るのも興味深い話しを持ち込むのも同じ時ときておる。そういえば、今の話し以外に松永は面白い品を持って来おったぞ。あの曲直瀬道三に書かせたと申しておったな。それと──」
「曲直瀬道三殿が書いた書物なれば、定めし医術の知識に基づき病や傷を治す方法や、或いは病に掛からぬ為にはどうすれば良いかなどが書かれておるのでございましょうか?」
曲直瀬道三と聞き、乱法師の知識欲に火が点き瞳が輝く。
「読んでみたいのであれば、そこの棚にその儘、箱ごと仕舞ってある故持って参れ」
この時、信長には始め悪気などなかった。
常に明け透けで繊細な羞じらいなど持ち合せていなかっただけの事。
箱を信長の前に置くと、開けろと言われ蓋を上げる。
中には断袖論と書かれた書物と、何の用途に用いるのか分からない不思議な形の品が入っていた。
真っ先に目を惹き付けたのは、動物のものと思われるふさふさした毛が周りに付いている直径一寸程の輪っかだった。
他にも何かの植物を干して紐状にした物で編んで作られた細長い籠のような物、先端が小さく徐々に大きくなる球が幾つも連なっている不思議な道具等。
「まるで子供の玩具のような。曲直瀬道三殿が考案された物でしたら医術の診立てに用いるのでございましょうか? 」
信長は目を細め、何とも言えぬ表情で彼を見詰めると、顎髭を撫でながら言った。
「それは曲直瀬道三が考案した物ではない。その輪っかは舶来品で、周りに付いている毛は山羊の睫毛だそうじゃ。子供の玩具ではなく大人の玩具じゃ。手に取って触って見るが良い」
素直に手に取り熱心に眺める。
周りの毛に触れて見ると柔らかく中々に心地良いと感じた。
「触って見てどうじゃ?山羊の睫毛とは良く考えたものじゃ」
そう言いながら、乱法師の肩を優しく抱き寄せる。
「触って見ると意外と柔らかく、山羊の睫毛、初めて触れまする。大人の玩具と申されましたが、どのようにして用いるのでございましょうか? 」
「それを──」
無邪気な問いに彼を見詰める視線は一瞬強まり、顎をしゃくって箱の隅に入っている錦の袋を開けるように命じた。
美しい紅色の錦の袋を開ける時、少し胸が高鳴った。
紐を解き、中に手を入れると固く長い物に触れ、それを握り取り出す。
だが目にした途端、「あっっ!! 」と驚き取り落としてしまった。
何しろ『それ』は非常に生々しく精巧に作られていた。
彼の動揺に比して、信長は無言の儘、冷静に『それ』を拾うと、乱法師の手から山羊の睫毛が付いた輪っかを取り上げ、『それ』に嵌めて見せた。
一瞬顔を上げて見たが、また俯いて目を逸らしてしまう。
『それ』は男根を見事に象っていて、どのような素材によるものか手触りや固さ、色に至るまで、近くでまじまじと見ても本物と見紛う出来映えであった。
当に権力者に献上するに相応しい精巧な一品だったのだ。
恥ずかしさで震える彼を置き去りにして、信長は使い方の説明を勝手に始めた。
「こうして一物に嵌めて女を抱くと、女の隠所を刺激して心地良いらしいな。男はどうか分からぬが──」
囲うように腕の中に抱き込まれている乱法師が、びくっと震える様子が殊更生々しく伝わってくる。
腕の中に留めて卑猥な話しをしながら、もう少し初心な反応を楽しみたくなってしまった。
乱法師は相槌を打つのが精一杯で、主の腕の中から逃れたくて堪らない。
「と、このように使う訳じゃが、試しに持って見よ! 」
右手に山羊の睫毛の輪っかが付いた儘の張り形を持たされた。
何よりも戸惑うのは、堂々と爽やかに一見悪気無く命じられた事だ。
近頃信長に対して親しみを覚えてきたところだったのに、からかわれているような弄ばれているような、何が面白いのか分からず心が冷え冷えとしてくる。
乱法師は上辺を取り繕うのが得意な方ではない。
思っている事が素直に表情に出た。
「ふっくっ──良し!使い方は分かったようじゃから、こちらに寄越せ!そなたが問うから教えてやったまでじゃ」
少し
「おお、そうじゃ、曲直瀬道三の書物を見たいと申しておったな」
機嫌を損ねたのは承知していたから、すかさず『断袖論』を書見台の上に乗せて項を開いた。
忽ち乱法師の怒りは逸れ、好奇心には勝てず目が吸い寄せられる。
読み進めていくうち、かなり刺激的な内容に身体が汗ばんできた。
暫く二人とも無言だった。
彼の肩を抱き寄せた儘、信長が項をめくる。
若い身体は火照り耳朶に血が集まり、背後から注がれる視線の強さに動悸が早まり口の中が渇いてきた。
医聖と称される曲直瀬道三が著しただけの事はあり、男色の交合方を詳細に記した素晴らしい性の指南書であった。
「あっ! 」
淫靡な雰囲気に押し潰されそうになるのを、心を張り詰め身を固くして守っていたところ、項をめくる信長の手が小指に僅かに触れただけで思わず声を上げてしまう。
慌てて手をどけようとしたら、上からぎゅっと強く握られ頭が真っ白になった。
背後から両腕でしっかりと抱き締められ
「上様、柴田修理介(勝家)殿から書状を携えた使者が参っておりまする」
その時、襖の外から救いの声が届いた。
信長は惜しむように、ゆっくりと両腕を解いた。
「すぐに参る故、待たせておけ! 」
大声で襖の外の小姓に命じた。
乱法師はあからさまに脱力すると、同時に小姓としての務めを思い出し、箱の中に品々を片付け棚に戻そうと腰を浮かせた。
途端に解かれた腕が再び彼を捕らえ、上に覆い被さる。
鷹が獲物に襲いかかる時の素早さで唇を奪われ、成すが儘に身を委ねてしまう。
身も心も封じられ、信長が満足するまで愛撫が続けられた。
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