それでも、せっかく都に来たのだからと三郎が様子を見に走る。

 直ぐに戻って来て笑顔で告げた。


「猿でございます。それも子猿!真に愛らしい芸をしておりまする。御覧になられますか? 」


 それを聞き、美濃金山での幼き日の記憶が甦った。

 まだ十歳にも満たぬ頃、美濃の金山に猿曳き(猿回し)が巡業で訪れたので、兄の長可が金山城に呼び寄せた。


 愛らしい猿の巧みな芸に、弟達と共に手を叩いて喜んだものだ。

 また見たいと幼な心に思ったが、結局それっきりで二度と猿曳きの巡業は無かった。


「猿曳きか!懐かしいのう。是非とも見たい」


 偶々訪れた都で猿曳きを見れる好機に恵まれ瞳を輝かせる。

 但し猿回しは当時高度な芸とされていたようで、辻芸の中でも別格であった為、目の肥えた都人にも大人気で人だかりが凄かった。


 まだ成長途上の彼が爪先立ち、首を伸ばしても中々見えない。


 そこで三郎が、大名家の子息で天下人信長の家臣である事を告げ、最前列の場所を確保した。


 身分と権威をちらつかせたお陰で間近で堪能する事が漸く出来た。


 宙返りをしたり、箱を何個も積み上げた上に片腕だけで逆立ちをしたり、猿曳きの合図に応じて人真似をすると、どっと大きな笑いが巻き起こる。


 指示にわざと従わないようさせているのだと分かっていても、子猿がぷいっとそっぽを向くのが何とも愛らしく面白い。


 最後は扇を手に持ち綱渡りをした猿が、猿曳きが投げる玉を綱の上で受け取ったり、逆立ちして足で掴んだ扇で跳ね返したりという高度な技が披露された。


 見事に受け取り、綱の上からくるっと宙返りをして地面に降り立つと大きな拍手が惜しみなく贈られる。


 猿曳きと共に子猿はお辞儀までして見せ、拍手と歓声は益々大きくなり、乱法師も手を叩いて称賛した。


 餌となる果実や菓子、銭が次々と投げ込まれ、猿は嬉しそうに食べ物を上手に掴んで早速口に運ぶ。


 大層感激し、少し多めの銭を三郎を通して猿曳きに渡すと、身形の良い武家の少年からの多額の報酬に、男は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


 年の頃は二十を少し越えた辺りか、もう少しいっているのか。


 人懐っこい笑顔に大きな瞳の小さな顔は年齢不詳だ。

 飼っている猿を思わせる剽げた童顔で、童達にも愛想良く応対する真に人好きのする男だった。


「最後に面白い見世物を見れて良うございました。都は物だけでなく、様々な人が集い飽きる事がございませんね」


「うむ、楽しかった。また来よう!そろそろ帰らねば日が暮れてしまう」


 主従は後ろ髪を引かれながらも楽しい都散策を切り上げる事にした。

 二条通りから東に向かい、都の碁盤の目から抜け出て粟田口に向かう。


 御所を囲む整備された都の郊外に一歩出ただけで趣は変わり、民家も疎らに人の数も少ないせいか、雅な風情を残しつつ少し長閑な空気が漂う。


 粟田口の手前で馬を預けてきた馬貸屋に向かう途中、道の脇に建つ小さな木の小屋から猿の鳴き声が聞こえてきた。


 ふと見ると先程の猿曳きの男の姿があった。

 どうやら、そこに建つ木の小屋が男の住まいであり、猿達と同居しているらしい。


 猿は数匹いて、先程の芸で民衆から投げ込まれた様々な食べ物を与えられ、旨そうに齧りついていた。


「そこにいる猿達は、そちが仕込んだのか? 」


 声を掛けると猿曳きの男が驚いた顔で振り向いた。


「あっ!おまさんは……さっきはこじゃんと銭下さってまっことありがとうございます」


 そう言って頭を下げると、食べ物を咥えながら男の背から肩に無邪気に飛び乗る猿もいた。


「真に懐いておるのじゃのう」


 感心したように言うと、男が照れたように頭を掻く。


「懐いちゅうゆうか、馬鹿にしてるだけかも知んねえです」


 あくまでも謙虚な態度を好もしく感じた。


「先程の芸は実に見事であった。そちを慕う心が猿にあるからであろう。人と猿とも心を通わせ、真の信頼関係を築けるのじゃな。然程報酬を弾んだ覚えは無いが、あくまでも芸への対価である。遠慮する必要は無い」


 真っ直ぐ過ぎる賛辞と純粋な瞳に男は益々頭を掻いて照れている。


 子猿は日頃からたっぷり愛情を注がれているせいか実に人懐っこく、乱法師の側にも恐れず近寄って来た。


「キキっキキーキキー」


 八条通りで芸を見せた子猿が訴え掛けるように鳴き、足元にまとわりつく。

 手を差し出すと器用に腕を伝い、素早く肩に飛び移った。


「あ!こら、藤吉郎!止めえ!! 」


 猿曳きが慌てて制止するも命令を聞かず、乱法師の肩の上から男に向かい益々大きく鳴いた。


「ふふ、構わぬ。そちの名は藤吉郎と申すのか。中々立派な名じゃのう。どこかで聞いたような気もするが」


 乱法師は寧ろ喜び、子猿の頭を撫でてやる。

 微笑みを浮かべ何度も撫でると大人しくなり、「キキ」と小さな声で再び何かを訴えるように彼を見て鳴いた。


「こら!藤吉郎!べこのかあ(馬鹿者め)! 」


 猿曳きは身分の高い侍の機嫌を損ねたらと案じたが、乱法師の優しげな態度に安堵し、嗜める声音も先程よりは穏やかだった。


「愛らしい猿じゃ。猿に懐かれるのは良い兆しぞ。古より神の使いと申すではないか。魔を退ける者として近江の日吉大社では大事に祀られておるしのう。それにしても馬貸し屋の近くに猿曳きの小屋とは!実に良く出来ておる。馬貸し屋もそちが近くに小屋を建てて喜んだのではないか? 」


 というのも、実は猿は馬を守護するという言い伝えが昔からあり、馬の病も治すと云われていた。

 正月には猿回しが厩を訪れたり、厩で猿を飼う、又は猿の骨を吊るす事で馬を脅かす災厄を祓うと信じられていたようだ。


「そういえば先程から思っていたのじゃが、そちは元々都の者ではないのか。言葉になまりがあるのう。生まれは何処なのじゃ? 」

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