第8話



アクティは引き続きサラとケーキを食べていた。

そろそろ口が甘ったるくなってきたので少しでも酸味のあるフルーツを取りに行こうと席を立つ。その刹那、店内のドアが勢いよく開いた。


「動くな。全員手を挙げて後ろを向け!」


威勢のいい声と共に現れた数十人の黒尽くめの集団。ひとりひとりの手にはライフルが握られていた。

それを見て客が悲鳴をあげる。


見るからに強盗集団だがアクティは違和感を覚えた。

あまりにも人数が多過ぎる。そして、何故この場所のチョイスなのか。

通常なら安全と為に静観を決めるが……。


アクティは強盗の一人の手首を見て驚愕した。

白いリストバンド。

駅前でデモをしていた一人がしていたものと同じものだ。


そして、驚くことがもう一つ。それは強盗側ではなく店側の方だ。さっきまでケーキを運んでいたウエイトレスや厨房の奥でケーキを作っていたパティシエがライフルを構え発砲したのだ。


一発を皮切りに左右から銃声が鳴り響く。ガラスは割れ壁には弾痕が。こうなれば静観しているわけにはいかない。


「サラ!」


アクティはサラを抱え込みテーブルを盾にする。


「何⁉︎」


サラも急展開に錯乱してしまっている。

アクティはサラを落ち着かせる為に肩を掴み話しかける。


「大丈夫だよ。だからここから動かないで隠れていて。僕は他の客を安全な場所に──」

「駄目だよ! 死んじゃう!」


迂闊に動けば蜂の巣になるとサラがアクティの腕を強く掴んだ。その強さからいかに心配されているかが伝わってくる。


「だいぶおかしいところは多いけど、強盗は僕たちには興味はないはずだよ。上手くやれると思う」


そう言って強引に引き離し店の真ん中でしゃがみこむ客のもとへと向かった。

集団が厨房へと入り込んでいくのを見ると安全なのは端の方だ。

客を庇いながら厨房と逆方向へ向かう。

すると強盗の一人と鉢合わせになった。

こちらに向く銃口。


「くそっ、無差別か……!」


アクティは咄嗟に強盗に脚を掛け転倒させる。その拍子に引き金が引かれ発砲音が空を舞う。


弾丸は幸いにも天井を撃ち抜いた。


スピルは強盗からライフルを奪い、客を安全な場所に移す。

すぐにサラの場所に戻ろうとすると次第に激しくなる銃撃戦に足止めを食らった。目の前を弾丸が交互に行き来を繰り返す。どちらかが殺られるのを待っている時間はない。


止むを得ずアクティはライフルを手に取り相手の手元に発砲する、強盗、スタッフ問わず。今の目的はサラといち早くここから逃げることだ。その為にはどちらの弾丸も邪魔でしかない。


正確無比に捉えた弾道がそれぞれの戦力を削っていく。わずかにできた隙間を縫って元いたテーブルに着くと、そこからサラの姿が消えていることに気づいた。


「サラ⁉︎」


急いで周囲を見渡す。しかし、サラの姿はどこにも見えない。入口は集団で埋まっていて外に出たとは考えにくい。だとすると厨房だ。

アクティはライフル片手に厨房へと向かう。邪魔な人間は全て敵とみなし攻撃の手段を奪っていく。


器用に弾道の網を掻い潜り、やっとの思いで厨房の中に入る。しかし、そこには人ひとりいない。


そんなはずはない。ホールにいる従業員が全員ではないはずだ。


アクティは隣接する全ての部屋を開けて確認していく。しかし、誰も見つからない。


最後の一部屋のバックヤードを開けるとそこには店内を確認する為のモニターがあった。急いでモニターを操作して過去に遡る。

銃撃のあった時間。パティシエは突然の強盗に驚きはしたもののすぐにそれぞれが持ち場を離れ対応している。


避難訓練をやっていたとしてもここまですんなり動けるだろうか。ホールスタッフの手慣れたライフル捌きにしても、やはりここの店には怪しさを感じる。

そのまま時間を進めていくと、パティシエの数人はあろうことか大型冷蔵庫に入り込んでいたことが分かった。


「まさか抜け道が?」


アクティは今すぐにでも確認したい気持ちを抑え、時間を経過させていく。するとすぐにサラが現れた。どうやら怯えながら厨房に助けを求めようとしたらしい。


しかし、強盗も同時に入り込んでしまった為、パティシエに連れられ、これまた冷蔵庫に入り込んでしまったのだ。その後を追うように強盗も入り込んでいく。


「これはまずい」


どうするべきか頭をフル回転させる。キーボードを操作しているとモニターの一部にロックが掛かっているのを見つけた。急いで解除するとモニターが切り替わる。


長い廊下といくつか部屋の様子。

最も広い部屋の中にはパティシエと思われる人たちとスーツ姿の人たち。真ん中に陣取る中年の男は何やら腕を組み不機嫌そうにパティシエを叱咤している。声は聞こえないが怒っているのは間違いない。


目的とは関係ないのでチャンネルを切り替える。空の部屋を行き来しようやく別の部屋に閉じこもって身をかがめているサラの姿が確認できた。

廊下には強盗の集団が部屋の扉を開けようと必死にもがいている。どうやら厳重に施錠されているようだ。


しかし、何故かアクティは身震いした。そして、その理由をすぐに知る。

集団の写るカメラとは別のカメラから写る一人の男。部屋を虱潰しにに開けては出て行く。剣を片手に全身黒い服を着た男は明らかに異彩を放っていた。


「サラが危ない……!」


アクティは安全の為にモニターに細工をした後、飛び掛かるように冷蔵庫の中に入っていった。




***


およそ半分の数、部屋の内部を確認しているスピルはまだ一人も見つけられずにいた。セキュリティがしっかりしているのか扉を開けるのにも一手間掛かる。


苛立ちを募らせながら廊下を歩いていくと奥から鈍い銃声と足音が響いてきた。

ミドラルたちも侵入に成功したようだ。本来ならばデオトラに引導を渡すのは自分の役目だったがタイムリミットを考えれば見つけた方が殺ればよい。挟み討ちにもなる。


そういえば、あいつらはこの後どうするのだろうか。より王国に警戒されることになることは必然。風来坊の自分とは違い集団ともなれば動きは大幅に制限される。


「俺が心配することでもないか……」


そう。他人のことを心配している暇はない。ミロに会う為に動くことを決めた以上、軍自体とやり合う。いくらデザインコレクションと言っても核ミサイルを受け止められる訳ではないのだから。やり方を間違えれば志半ばで……なんてことは大いにあり得る。


そうスピルが思慮深く構想を描いているとある部屋の扉で足が止まった。

部屋の端で蹲る少女と目が合う。それはさっきまでスイーツバイキングを楽しんでいたサラだった。


薄暗い灯りに照らされたサラの頬には涙がつたっている。


「お前は何者だ」


場違いな少女にスピルが不審感を示した。単刀直入に素性を問う。


「い、いや! やめて!」


一方のサラは拒否反応。壁を背にしているにも関わらず後ろづ去りを止めようとしない。

質問に答えないと見るなり、スピルは剣を向ける。


「もう一度言う。お前は誰だ」

「……っは……っ」


当然と言えば当然か、彼女はただの一般市民。命の危機に瀕した時にまともに出る言葉など無い。

恐怖から来るパニック。自分の首を切るであろう剣先から目が離すことができない。


「ここにいるからには軍の関係者なんだろう。誰の娘だ。デオトラか?」


脆弱な人間であることが分かり剣を下ろす。隙を見せたところで無闇な反撃も高が知れている。今は状況の把握を先決したい。


「ち、違うっ! わ、私はたまたま店員さんに連れられて……」

「なら、デオトラはどこだ。ここに来るまでに大勢の大人に囲まれた男がいただろ」

「知らない! 強盗集団が店に入ってきて気が動転してたの。気づいたらここに入れられてた」


聞き覚えのある声。スピルはサラの顔をよく確認した。


「……お前、あのパン屋にいた娘か」

「え、あ、あの時の……」


サラもすぐに数時間前の記憶に結びつく。服装は違うが顔は覚えていたのですぐわかった。状況把握が追いつかず知っている人間が現れたというだけで動揺の一端が安堵に変わる。スピルの素性よりも自分の安全の保証を先走る。


「どうやら嘘ではなさそうだな」

「じゃあ──」

「だが、ここで見逃すわけにはいかない。俺の存在を知られた以上、この先不都

合が起こらないとも限らないからな」


期待を裏切られサラは腰を抜かす。


勝手に助かるものだと思っていたがよくよく考えたらサラはこの男と何の関係もなかった。顔見知りなだけで何も知らない。外見に裏付けされた好印象で勘違いしていたさっきの自分を今すぐ滅したいと思った。

僅かに見えた蜘蛛の糸が霞を掴むように消えていく。


刃がサラの顔を映す。その顔は酷く崩れてしまっていた。



***


サラとスピルのいる一室から更に奥にある部屋。そこにデオトラはいた。

セキュリティの頑丈なドアから聞こえてくる騒音。壁一枚挟んだ向こう側にはデオトラの命を狙うデザイナーズチャイルドの集団が攻撃を行っていたのだ。


「どういうことだ。ここに来れば安全だと言われたからついて来たというのに、これではただ追い込まれただけではないか!」


デオトラの叱責が周りの護衛に飛ぶ。

いくら頑丈な壁だと言ってもこの攻撃が続けばいずれは破られる。


「援軍はまだか! 第五基地の奴らは一体何をしている」

「距離を考えると暫く掛かるかと……」

「使えない奴らだ。護衛にもこんな無能ばかり集めておって」


軍の体たらくに怒りが収まらない。

簡単にスイーツバイキングが軍の隠し通路だということを見破られその内側への侵入も許した。店内で食い止めるはずが一般人の安全確保のため地下通路まで戦線を下げたこともデオトラとしては許せない。


「腑抜けた理由で私を愚弄しておるだろうが。第五基地には相応の制裁を下すからな!」


元はと言えば、デザイナーズチャイルドがいると分かっていればこの街を避けることだってできた。調査も緩慢で危機管理が全くできていない。


「だからあの時、私はデザイナーズチャイルドは全て殺処分でいいと言ったんだ。変に甘さを出すからこうなる」


それは王国に対しての不満だった。ろくな扱いを享受し力だけを貸してくれる人間などいない。無料より高いものなど無いと何故、学ばないのか。

これから敵国と戦うというのにこんなところで自国の残党に足止めを食らっている場合ではない。


「まあいい、お前らの処罰はこの後だ。隣国の前にこちらの問題を片付ける必要があるということだ」


次第に騒音が増していく壁を睨みつけながら命令を出す。


「緊急事態だ。これより地下に神経ガスを巻く」

「駄目です。避難勧告もなしにそんなことをしたら一般市民にも被害が──」

「一般市民よりも私の命だろう! ここで私に何かあって責任取れるのか貴様!」


殴りかからんとばかりに護衛の胸ぐらを掴み壁に押し当てる。

仮に上級貴族であるデオトラにもしものことがあったならば護衛を含め、この機密を共有している人間は間違いなく首が飛ことになる。それは、ここにいる全員が理解していた。


「ですから援軍が来るまでは──」

「それでは遅いわ」


そう言ってデオトラは護衛を制止を振り切り部屋の奥の隠しボタンを力強く押した。

それと同時に壁に一点の穴が空いた。

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