第7話
ロイヤルホテルが見える位置に置かれた車の中にはフランスパンをかじりながら外を眺めるスピルの姿があった。
ペットボトルの水を乾燥した口に含む。
「言われた通り来たものの……どうしたものか……」
ホテルの入口には警備員姿の男が二人周囲を警戒しているのが見える。
佇まいと警戒心から察するにおそらくデオトラの部下だろう。高級ホテルを装ってはいるが後ろ向きは軍保有の施設だ。人員は十分に回せる。
しかし、だからと言ってそれがデオトラ自身がこの場にいる証拠にはならない。
警備二人という少なさが何を示しているのか。
護衛の人間が、デオトラがこの場にいることを隠せる最小人数で監視させている、またはここにはいないため囮の捨て駒として置かれている兵なのか。
「まあ、どの道侵入することには変わりないんだがな」
自己完結し車から降りてエントランスへ向かう。すると、警備の男と目があった。
「……」
男たちは黙ったままスピルを止めようとしない。そのまますんなりと目の前を通り過ぎてしまった。
だが、背後からは警戒しているのが伝わってくる。前を向いているが視線は明らかに背負った剣の箱を捉えたはずだ。
場合によっては強行突破を図ったところだったが何もしてこないのならスピルとしても好都合であった。
そのまま突き進み、カウンターの受付嬢とコンタクトを取る。
「デオトラ・オルタの護衛だ。上官命令で迎えに来た。彼は何階にいる」
「大変申し訳ございません。当ホテルをご利用なられているお客様の個人情報を開示することは原則禁止となっております。例え軍の方であっても当人から直接面会の申し出がないと受け入れられません」
表情を変えずに淡々とマニュアル通りの返答をする受付嬢。軍人にも動じることはない。
「わかった。なら確認を取ってくれ。名前はバーレック・ソッコ。IDはこれを伝えてくれ」
軍隊証が写った写真を携帯ごと差し出す。軍隊証にはスピルの顔とバーレック・ソッコの名前、隊員IDが表記されている。
バーレック・ソッコとは昨晩ミドラルたちが襲った人間の名前だ。向こうも食いつかずにはいられないだろう。
軍隊証を写真で送ってもらったことが功を奏した。顔写真はスピルのものに加工した即席のハリボテ軍隊証ではあるが連絡を取る手段が電話であるならば問題はない。
さて、この挑発にどこまで乗ってくれるか。
「お客様から許可がおりました。お部屋は三十階のVIPルームです」
受付嬢が言う。
どこまで信じてもらえたかは定かではないが一歩ずつ進めているのは確かだ。
「ご苦労」
エントランスから離れエレベーターに乗り込む。外で口を動かす警備の姿が見えたがすぐにドアが閉まり視界を遮った。
「無駄足でないことを願いたいものだな」
スピルは着ていたロングコートを脱ぎ捨てる。下から現れたのは黒い戦闘スーツ。そして、銀色に輝く剣が右手に主張する。
エレベーターは一定のリズムで一階ずつ上がっていく。まるでタイムリミットのカウントように。
目的地の三十階。到着を告げる音が鳴る。
スピルはドアが開いく寸前に天井に張り付いた。広がっていく隙間から撃ち出される無数の弾丸。耳をつんざく破裂音。
エレベーターの前には五人の軍人が待ち受けていたのだ。ひとりひとりがライフルを乱射しエレベーター内に弾痕を残していく。
軍人らは中に人がいないことに気づくと銃撃を中断した。脱ぎ捨てられたコートと円柱状の箱を確認して考える。敵はどこに行ったのかと。
その刹那の隙を見逃さずスピルは天井から降りてくると軍人が反応するよりも早く全員の首を剣ではねた。
上がった血しぶきが廊下の赤いカーペットを更に深い紅へと塗り替えていく。
スピルは血のついた刃を遠心力で飛ばし考える。
これはハズレと見るべきか。外にいたスーツの男と連携して俺を誘い出したと推測できるが……ならば何の為だ?
部屋に入る。
予想通り、一人もいない。だが、机の上にはノートパソコンと誰かの飲みかけのティーカップが一つ。
「……なるほどな」
どうやら当たりを引いていたらしい。
急いでミドラルと連絡を取る。
「俺だ。向かって欲しい場所がある──」
大まかに説明を終えるとノートパソコンに視線を落とした。
すぐに後を追ってもいいが……。
何となく面白い情報が掴めないかと操作してみる。厳重なセキュリティでロックが掛かっていたがスピルにとって解除することなど造作もない。
一先ず軍事データを漁ってみる。
部隊の配属、隊員名簿、本部から各基地への連絡事項等々……。
虱潰しに確認していくと一つ興味深い記事を見つけた。
「これは……」
『ミロ・マイアスの経過報告
この度、第三軍事基地に配属されたミロ・マイアスを中尉階級に任命することが決定した。
身体面、精神面共に異常はなく、その優れた能力を活かし日々の軍事活動にも精力的にこなしていることが理由だ。
隊員への配慮、上官への態度等に改善の余地はあるものの、サウスゲート部隊の犠牲人数が軍最小であることは彼の尽力が大きい。
Dr.ゼラの率いるスクラベール軍との戦闘に関しても躊躇う様子は未だに見せない為、現状通りの活躍を期待する。
だが、我が軍に忠誠を誓っているとは言い難い。今後も慎重に観察を続けていく必要があるだろう。』
スピルは自然と笑みを浮かべていた。
今まで自分の突き進んでいた暗闇に一筋の光明が見えた。
Dr.ゼラの居場所。
自分たちを保護しようとした王国の人間からは処刑されたと聞かされていたがやはり嘘だった。内に抱いていた不信感は正しかった。
ゼラと再び会うことができるのなら王国を敵に回すことにも力が湧く。
その為には、まずミロだ。研究所の解体前日に姿を消したかと思えばこんなところに。彼には誰も知らない十年間ついて、聞くが山程ある。この報告書通り、ミロが先生に牙を剥いているのなら無論、壁となって立ち塞がることもやむを得ない。
スピルはノートパソコンをそっと閉じ部屋を出る。
「俺が王国を終わらせてやる」
***
スイーツバイキングに来たサラは興奮のあまり両手の皿いっぱいにケーキやフルーツを乗せて自分の席に戻ってきた。
「いやー、やっぱり高級スイーツバイキングだけあって選びきれないねー」
食べる前から満足気なサラ。
「こんなに食べて大丈夫? 晩ご飯入らないでしょ」
「大丈夫大丈夫。こういうおやつは別腹だから〜」
明らかに別腹というにも限度のある量。仮に食べ切れたとしてもカロリー的には相当なものだろう。
「お腹壊さないようにね」
そう微笑みながらアクティはミルクティーの入ったカップを口に運ぶ。優雅なひとときも絵になる。
「アクティってここに来る前は何をしていたの?」
ケーキを口に頬張りながら好奇心旺盛にサラが尋ねた。
「んー、普通に働いてたよ。色んな場所を転々とはしてたけど。工場で働いたり、デスクワークしたり、一つ前は料理人をしてたなぁ。実はこんなに長く続いたのはファミロが初めてなんだ」
「へぇ。何でそんなに仕事変えちゃうの? 飽きっぽいの?」
「うーん……そうなのかなぁ。ある時にふと思うんだよね。こんなことしてていいのかなって……」
赤裸々というよりは悠然と事実を話す。
仕事の向き不向きとかではない。よく若者が使う『自分には合っていない』という魔法の言葉で逃げているのとも少し違う。求められ、自分も満たされている中で襲って来る感情がある。
嫌がる様子のないアクティを見てサラは深掘りしていく。アクティがいつかいなくなってしまうという不安を持ってしまったのだ。
「今も思ったりするの?」
「今はそこまではないかな。おじさんもおばさんも優しいし、サラも話し相手になってくれるしね」
それを聞いてサラは胸を撫で下ろす。
「よかったー。もし、ファミロ辞める時は先に私に相談してよね。全力で止めるから」
「ははは、力強いなぁ」
本当は現実逃避が上手く続いているに過ぎない。時間が来れば否が応でも知ることになる。自分の正体に。
「でも、なんか納得できた気がするな。アクティって何でもできる完璧人間だと思ってたけど沢山のことを経験してるからなんだよね。最初は完璧過ぎて疑ったけどさ、これが本当の才能なんだと思う。駅での検査でもデザイナーズチャイルドじゃないことは分かってるしね」
話半分にケーキを口に運んでいくサラ。
「僕がもし、デザイナーズチャイルドだったら今みたいに仲良くはなれなかったかな?」
「無理だよ。別の生き物だもん。生まれながらにして恵まれた人間は下の人間を見下すだろうし、私だってそういう人には嫉妬しちゃう。感情がある以上、人は平等であるべきなんだよ」
サラは断言した。人の愚かさを認めた上で大多数の意見を覆すのが難しいという現実を突き付けた。
『デザインヒューマンプラン』が中止された一番の理由でもある。
「平等か……でも、どんな人間にだって得意不得意はあるだろう?」
「要はそれを証明できちゃう理由があることが問題なんだよね。見た目が変わらなくても受け入れることができないっていうのはそういうこと。遺伝子操作みたいなズルした人間に純粋な人間を超えて欲しくないって。誰もが思ってる」
デザイナーズチャイルド側からしたら矛盾でしかない。高性能で生み出すだけ生み出しといて自分たちを超えるなと言われる。叛逆のひとつも起こしたくなるはずだ。
だが、そんな事情も世界は汲み取ってはくれない。
サラの言う通り、もし仮にデザイナーズチャイルドが優遇されていたとして、今大半を占める純粋な人間を虐げないとも限らない。効率を求めた結果であるデザイナーズチャイルドは当然人間の上に立つ。命令し、統率する中で見下しの感情は少なからず生まれる。
科学技術の発展した時代に生まれたというだけで過去の人間を否定するのは横暴にすぎない。もしもの話に確証などないが同じ人間と主張するのなら今と逆になることは大いにありえる。人なんて状況が変われば考え方も変わるのだから。
「アクティは何でデザイナーズチャイルドを庇うの?」
心底不思議そうに尋ねるサラ。平和を望んでいるのはアクティらしいが平和を強要してくるのはアクティらしくない気がした。
「庇っているつもりはないけれど自分がもしその立場だったらと考えたらね……なんか遣る瀬無い気がして」
「あんまり考えない方がいいよ。あんなのはDr.ゼラの創作物で人工的な改変は進化とは言わないって国王も言ってるじゃん。仮に今以上に高い立場を与えて取り返しのない未来になったら困るでしょ?」
「……まあね」
現実的な忠告にぐうの音も出ず賛同するしかない。
臭い物に蓋をすることによって守られている物があることを一体何人が認識しているだろうか。
アクティはサラの持ってきたケーキを一口食べミルクティーで流し込んだ。
***
スピルは部屋を出てエレベーターを呼んだ。中に入るといの一番に階数のボタンの前に立った。そして、ボタンを押さずに考える。
おそらくエレベーター前にはあの警備の二人が待ち伏せしているはず。となると……。
剣を抜き、緊急時操作パネルにプラグを繋ぎ剣に入っていたICチップでタッチする。
簡易的なハッキングだ。デオトラが使ったであろう特殊な逃走用経路を探る。
すると警報が鳴りほとんどのボタンの灯りが消えた。残ったボタンは2、7、11、13。
緊急時にも使用できる番号は怪しいものだ。
「24通りか」
全通り試し切れない数ではない。
スピルは試しに2→13→7→11の順番でボタンを押す。
するとガタンッとエレベーターが揺れ急降下を始めた。
「当たったか」
つまりこの番号はエレベーターの隠しコマンドだ。
デオトラは間違いなくあの部屋にいた。エントランスからの電話で危機を悟りスピルとすれ違う形でホテルの外ではなく地下へと向かったはずだ。
地下は避難所になっているのか地上へと繋がっているのかは定かではないが、このスムーズな運びや受付嬢の落ち着きぶりから察するにこのホテルは軍所有のホテルらしい。
スピルはエレベーターから地下に出ると長い廊下が眼前に伸びた。最奥が確認できないほどに長い。先のない道のり。まるでデザイナーズチャイルドの未来のようだ。
また、それまでにいくつもの部屋があることも確認できる。一つ一つ調べていくにも時間が掛かりそうだ。
ここで、ミドラルから連絡が入る。
『俺だ。君の言う通り地下からの電波を受信している場所を探したところ該当する建物を見つけた。今から内部に突入するが問題ないか?』
「ああ。だが時間はないぞ。増援が来る前に方をつける」
『了解』
やはり別に非常口があったか。
スピルは出口はミドラルたちが塞いでくれると信じ部屋を虱潰しに調べていくことにした。
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