第6話
スピルが去った後のファミロではこんな会話が行われていた。
「いやー、さっきの人なかなかいい男だったね」
「サラちゃんはああいう人が好みかい?」
「うーん。顔はいいけど私とは合わなそうかな。話しかけても愛想がない感じだったし」
スピルが指名手配犯とは知る由もなく二人はバゲット周りを清掃する。
愉快な女子トークの最中アクティがやってきた。
「サラ。おじさんにも許しをもらってきたよ。天気崩れる前に行ってこようか」
「おっ、こっちもいい男だね〜」
「何それ。早く準備しなよ」
脈絡もない急な褒めについていけず半笑いでサラを急かす。
「はーい」
二人は仕事着から着替え終えるとおばさんに別れを告げて外に出た。
凍てつく冷気が一気に押し寄せる。
「いやー寒いねー。何年いてもここの寒さにはなれないや」
マフラーの上から白い息が漏れる。
「生まれてからここでしか暮らしてないでしょ」
カルナ生まれカルナ育ち、サラは生粋のカルナっ子だった。田舎と揶揄されることもあるがこの街を気に入っている。
「人間って平等にできてるんだよ。温暖地域で暮らしている人が寒いと思う気温で私たちも寒いと思う」
「へぇ。そういうもん?」
「そういうもん、そういうもん」
屈託のない笑顔のサラの隣で足並みを揃えるアクティはいつもより楽しそうに見えた。
「アクティはここの寒さに慣れた?」
「まあね。ここに来てからもう五年になるからね。最初に比べればなんてことないよ」
慣れたと言うよりは対策が取れるようになったと言うべきか。ロングコートから手袋、ブーツまで防寒グッズが手離せない。ポケットからカイロを出すとさりげなくサラの懐へと忍ばせる。
「お、流石完璧人間〜」
「からかうなよ」
お喋りなサラのお陰で時間が早く進む。代わり映えしない景色の道のりもあっという間に感じた。
「そういえばさっきすごいかっこいいお客さん来てたよ」
思い出したかのようにサラが言う。
「興奮して失礼なことしてないだろうね」
「してないよ! なんか寡黙そうな感じでサティランの様子聞きながら余ってるパン買って行った」
「そうか。それは悪いことしたね。もっといろんな種類のパンを用意できたらよかった」
それを聞いてサラが頷く。
「うん。やっぱり私はアクティの方が好きだな。あの人もかっこよかったけど優しい人が一番だ」
「あはは……。ありがとう」
だいぶ歳下とはいえ照れ臭い。こんな風に真正面から思ったことを言えるのもサラの性格を表している。
「どうせなら会って欲しかったな。歳も同じくらいだったし、仲良くなれたと思うんだよね。性格は似てないんだけど身体から溢れるオーラが似てたから」
「何だそれ。曖昧すぎるよ」
「友達になるのに明確な理由なんてないんだよ。ただイケメン同士が話し合っているところを私が見たい!」
そんなどうでもいい話をしていると駅が見えてきた。
そして、なにやらその前に十数人が集まって道を塞いでいる。抗議デモの集団だ。
数人が掲げる看板や横断幕に書かれている『KICK OUT Designer's Child』『Death in the Design Collection』の文字。
デザイナーズチャイルドを追い出せ。デザインコレクションに死を。
先頭に立つ男が声を上げる。
「遺伝子操作されている人間はもはや人間ではない。自らの欲望のままに動きやがて私たちの居場所さえも奪う。もう力に屈して怯えるのはやめよう。魔のXデーが来る前に混沌たる芽を摘もうではないか!」
男の雄叫びに後ろの人間たちも同調する。
彼らが訴えているのはどうやらデザイナーズチャイルドに関することらしい。
「抗議デモだ。すごい迫力だなー」
圧倒されるサラとは対照的にアクティは冷めた目を向けていた。
「遺伝子操作ってそんなに悪いことなのかな」
「え?」
唖然というように目を丸くしたサラ。
「遺伝子操作自体を禁止する考えはまだ分かる。でも、もう既に誕生してしまった生命に対してとやかく言うのは違うんじゃないのかな。話し合うこともできるはずだし共存していくこともできると僕は思う」
「ダメだよアクティ。デザイナーズチャイルドにまで優しくする必要ないから。奴らは私たちとは全く別の生き物。私たちより知能があって力がある。対等になんてなれないんだよ。あの人の言っている通り放っておいたら数年後には私たちが奴隷扱いになっちゃう」
生物のヒエラルキーは当然、力のあるものが頂点に立つ。デザイナーズチャイルドが人間と別に考えられるのならこれまでの構図が変わることになるだろう。
関心がないのを装い、アクティとサラが駅内に入ろうとすると一人の女性がこちらに寄ってきた。
「すみません。こちらで検査してからお入り下さい」
デモ集団の一員らしく、駅に出入りする一人一人を捕まえては血液検査を行なっていた。どうやらこれで遺伝子操作が施されているかを確かめるらしい。
仮にデザイナーズチャイルドを発見したとしてどうするつもりなのだろうか。
駅の端の小さい列に並ばされる。
サラは声を掛けてきた女性が検査装置を扱う列へ並び、アクティは白いリストバンドをした浅黒い肌の男の列へと並ぶ。
検査は簡易的なもので、痛みを感じないほどの細い針で注射し、検査装置に入れるだけだ。一分弱程で結果が出て正常ならば駅を通される。
前の人が次々と終えていきアクティの番。腕を差し出し血を吸われる。
なんでこんな事をしなければいけないのか。ここまでしなければ変化に気づかないにも関わらず、別の生き物だと吐き捨てることには違和感しかない。
アクティはリストバンドの男に冷淡な視線を送る。
「……正常です。ご協力ありがとうございました」
男はその目に多少動揺したがすぐに結果を出し駅へと通した。
サラは一足先に検査を終えていたらしく入り口でアクティを苦笑いで迎える。
「これはちょっと手間かも」
「そうだね」
二人はその後、列車に乗りサティランへ向かった。
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