第1話


 とある軍事基地の司令室にて男は頭を悩ませていた。


「何をやっているんだあいつは……」


 男の名はアルビン・サウスゲート。コペル王国軍少佐及び軍事司令官である。白髪混じりの黒髪に白衣を纏ったベテランは現在ここ第三軍事基地での指揮を執る。専属の部隊員を統率する立場にあるこの男は今日も厳かに指示を出していた。しかし、呼び出したはずの一人の隊員が一向にやってこない。

 サウスゲートは近くにいるオペレーターを問い質す。


「ヤツはまだやってこないのか?」

「一応エマージェンシーには反応したんですがそれっきり連絡が取れなくて……」


 サウスゲートは腕時計を確認するがエマージェンシーのコールで集合が掛けられてから既に20分は経過している。にも関わらず未だに目的の人物は来る気配すらない。

 上官の苛立ちにオペレーター全員の緊張が増幅した。

 今は何を隠そう戦闘中。

 目の前の大型モニターには偵察型ドローンで映し出された戦場の様子が映し出されていた。


「第一小隊と回線を繋げ」

「はい」


 司令室にいたもう一人の司令官マルコ・ホーミラがオペレーターに命令を出した。

 

彼は新米の司令官で軍事指揮を行うのは今回で三回目となるルーキーだ。年齢もサウスゲートより断然若いにも関わらず、少佐のすぐ下の階級である大尉まで登りつめた逸材だ。

 

いわゆるエリート前にして、教官役で召集されたサウスゲートは口を出すようなことは一切しない。あくまで主体はマルコの統率する部隊。危機的状況に陥った場合にのみ手助けできればいい。


 肩の力を抜きつつも最小限の状況把握には耳を傾ける。


「第一小隊、敵の位置を確認できるか?」


『はい。一時の方向にクローン人間と思われる武装集団。四時の方向にアーマーボットが十機確認できます』


 小隊長の声がインカムを通じて聞こえてくる。


 伝えられた情報はこちらからドローンで確認できる情報と同じ。敵は人間とロボットの二手に分けて基地を狙ってきているようだった。


「全隊と通信をつなげ」


「はい」


「第一小隊、第二小隊は一時方向3キロ先にある岩陰にて待機。第三小隊は四時方向の予備軍事棟にて待機。第四小隊、第五小隊は本部の周囲を警戒し守りを固めろ。全員が持ち場に着き次第、作戦を決行する」


 凛とした表情で指揮を執るマルコの姿には自信が感じられた。絶対に失敗はしない、誰一人死なせない、と目が言っている。

 

前回、前々回の軍事指揮で納めた成功実績が彼の背中を押しているのだろう。

各地に配置された隊員達が岩陰に潜伏したのがモニター越しに散見されるとマルコはサウスゲートに確認をとった。


「サウスゲート司令。そろそろ作戦を決行しますがよろしいでしょうか」


「ああ。指揮の全権は私にあるが今はお前に一任する。前回同様に功績も責任もお前が全て負うことになるぞ。常に先の戦況を予測して指揮するように」


「はっ!」


──とマルコが威勢良く返事をし、全隊に命令を出そうとしたところで、背後の入り口が開かれた。


 入ってきたのは一人の青年。


「遅いぞミロ。何分遅刻したと思っている」


「さーせん。でも、今日って見学でしょ? 別に俺、いてもいなくてもいいのかと思って」


 来て早々、そう弁明した青年の名はミロ・マイアス。

 二十歳という若さと端整な顔立ちとは裏腹に肝が座っていて、サウスゲートも扱いに手を焼く問題児だ。

 

ミロはぼさぼさの髪を手で梳かしながらオペレーター席後方のデスクチェアへとだらりと座った。そして、戦況を見ることなく大きくあくびをし伸びする。


「いいわけないだろ。場合によってはお前にも戦場に出てもらう。常に準備をしておけ」


強い口調で咎めるサウスゲートにミロは手で返事をする。まったく反省の色がない。


「構いませんよサウスゲート司令。Dr.ゼラのデザインコレクション、最高傑作だかなんだか知りませんが私には全く必要ないので」


 マルコは心配無用だと言わんばかりに力強く誇示し、サウスゲートを宥める。遠回しにミロを挑発したかのように見えたが当の本人はまるで緊張感がなく一切相手をする気がなかった。


「でふって」


 あくび混じりに言葉を吐くとマルコから刺々しい視線を受けた。


 「デザイナーズチャイルドもクローンも汚い奴ばかりだ。結局は私利私欲の為に無理矢理生み出した存在しない生命。人間になりきれない欠陥品だろう」


 デザイナーズチャイルドとは受精卵の段階での遺伝子操作によってあらゆる能力を引き上げられた人間のことである。


 その中でも更に欠点のない存在に作り上げられたミロ・マイアスは、デザイナーズチャイルドの生みの親であるDr.ゼラのデザインコレクションと称された最高傑作なのだ。

 

 また、Dr.ゼラとは今対峙しているスクラベール軍の頭首で現在は遺伝子操作から手を引きクローン人間を生み出し続けている。

元はコペル王国の研究者であったが訳あって約十年前からテロリストとして指名手配されているのだ。

 

 十年前、ゼラは追手から逃れる為にコペル王国の離れにある島へ逃亡した。それがスクラベール島でありスクラベール軍の名前の由来である。その島で誰にも見つかることなく隠居し、ある日忽然と島と共に姿を消したらしい。

 そして、次に現れた時には、今日のようにクローンやマシーンを数多く有した大きな軍を率いる国家元帥へと姿を変えていたのである。

 

ミロに向けられる王国軍の視線が冷たいものばかりなのはDr.ゼラが生みの親だという影響が大きい。


「クローンは遺伝子のコピーでデザイナーズチャイルドは遺伝子操作、似てるようで別物なんすけどね………。まあいいか。さぞかし自信があるようですし勉強させてもらいましょうか」


 どちらが正しい存在か、あるいはどちらも存在していい生命なのか一概には断言することはできない。しかし、人間としての強度という面で見ればクローンは体調が不安定で寿命が短いのに比べてデザイナーズチャイルドは病気になりにくいようにデザインされていて寿命も普通の人間と変わらない。上位互換と言ってもいいだろう。


 噂によるとDr.ゼラは亡命の前に、生み出してきたデザイナーズチャイルドは一人残らず王国に置いていっており、スクラベールにいる人間は全てがクローンであるらしい。

 

ミロもまた例外なく置いていかれた一人。最高傑作と言われた自分が生みの親と敵対する現状は十年前には考えられなかったことだった。


「では、作戦を開始しよう」


 サウスゲートの再令に室内が引き締まる。


「はっ! これより我が国に侵入してきた賊軍を撃つ。第一小隊、第二小隊、第三小隊行動開始!」


 マルコの号令とともにモニターの隊員達が動き出した。

 第一モニターではクローン軍人約三十人相手にその倍の人数の一、二小隊の隊員がライフルを構え一斉に射撃する。


 ただ、相手もデザイナーズチャイルドの遺伝子サンプルからコピーされたクローン。間一髪で弾を避け、散り散りになりながらも身を潜める。


「一人も仕留められてないっすね」


 モニターを観ながら馬鹿にしたようにミロが笑う。


「奇襲攻撃は仕留めるだけが目的じゃない。意表を突かれて相手は散開している。戦況はこちらが有利だ」


「奇襲攻撃なんてかっこいい言い方しないでくださいよ。ただの稚拙な不意打ちでしょ?」


「なんだと?」


 嘲笑するミロにマルコが苛立ちを見せた。背後を振り向き睨みつける。


「マルコ。今は交戦中だ。目の前のことに集中しろ」


「……すみません」


 上官相手にもおべんちゃらを使わずに本音を吐く手法はミロの等身大であって相手が誰だろうと変わらない。

 気にするだけ無駄だとサウスゲートは諭す。


「ミロも司令を挑発するような言動は慎め」


「アドバイスのつもりなんですけどね」


 軽返事にもサウスゲートはそれ以上詰めることはしない。彼は彼で問題児の扱い方には慣れている。


 気づけば付き合いも相当に長くなっていた。どんな誤謬をも肯定できる力を誇るミロに対し、最低限の命令に従わせられる関係性にはなれたことは疑いようもない努力の賜物だ。最初はどうなるものかと不安に苛まれたが現在に至るまでよく身体が無傷で済んでいるものだ、とサウスゲートは自分の軍人生を振り返り胸を撫で下ろす。


 しばらくしてモニターをだらしなく観ていたミロが口を開く。


「にしても相手はいつにも増して、本気じゃないみたいっすね。隠れる素ぶりもなく堂々と正面から突っ込んで来るなんて囮を疑うくらい正直すぎる。しかもわざわざ狙うのは本丸でなく第三軍事基地。ここが対スクラベール用の基地だということはあちらも分かっているでしょう」


「まあ実際、からかい半分だろうな。勝ちに来るにはあまりにも人員が少な過ぎる。こちらの戦力の把握をしようとしているのかあるいはアレの試運転の為か」


 サウスゲートは第二モニターに目を向ける。

 第二モニターでは第三小隊がアーマーボットと呼ばれる戦車級の武装ロボットと交戦していた。


「第三小隊、プロテクトシールド展開。いいか、一歩たりとも基地へ近づけさせるなよ。気を窺い攻撃を仕掛ける。それまで耐えるんだ」


 マルコが命令を出す。第三小隊の隊員たちは一斉にライフルに耐えうる頑丈なシールドを広げてアーマーボットを囲んだ。


 現場の緊張感が司令室にも伝わってくる。


「あのアーマーボット相手に一小隊だけって少な過ぎませんか?」

ミロがサウスゲートに尋ねる。すると食い気味にマルコが入ってきた。


「多過ぎてもかえって動きが悪くなる。私の考えるベストな人員配置をしたつもりだ。それにうちの第三小隊は優秀だ。前回の交戦で二人でアーマーボット一機を倒せることが計算できている。何の問題もない」


「……そうすか」


 ミロはマルコの言葉ではなくサウスゲートの表情を見てそう呟いた。

 第三小隊は陣形を広げアーマーボットを囲い込んで実弾ライフル、レールガンを駆使した攻撃を行う。アーマーボットも十機がそれぞれで不規則な動きを行うことで攻撃を回避し、迎撃する。見ている分には互角。一進一退の攻防である。


 見ていことに飽きたのかミロがまた雑談を始めた。


「最近のDr.ゼラは人体研究だけじゃなくてマシン製造にまで手を出し始めてますね。一体何処に向かっているんだか」


「何でもアンドロイドを作り始めたという噂もある。より命の概念が無い人間兵器を作りたいんだろうがこちらとしてはいい迷惑だな」


「また大層なことで。でもそれ、人形である必要ありますか? 最強の兵器を作るなら人間の形じゃ無い方が効率的な気がする。あれみたいに」


 ミロが第二モニターを顎で指す。モニターには第三小隊を翻弄するアーマーボット。人間の命令を忠実にこなすロボットの最たる例だ。


「優秀な人間を作ることをヤツは最も追求しているんだ、当然だろう。クローンやデザイナーズチャイルドを超えるには生物という枠組みから外れる必要があったということらしい」


「元も子もないっすね。血も通ってない無機質の塊を人間と呼ぶのは流石に俺でも抵抗あるわ」


 デザイナーズチャイルドとして作られた側のミロから見てもアンドロイド製作は受け入れられるものではなく、上手くいくものではないと考えられた。


 実際、Dr.ゼラに作られたクローンはコペル王国では命の扱いを受けず見つけられ次第惨殺。デザイナーズチャイルドは殺されないまでも奴隷のように扱われ結局はミロのように戦場の駒にされている。お世辞にも珍重されているとは言えない現実だ。


 ましてや、Dr.ゼラの一件があって以降、王国では都合のいい話の裏にはとてつもないデメリットが存在するという俗説が強まっている。簡単には受け入れられないだろう。


「新人類か。すっかり我々は古い人間だな」


「古いのが悪いわけじゃないでしょう。最も悪いのは廃れた人間になることです」


「違いない」


 あまりにもミロは緊張感が無く、サウスゲートと雑談していることにマルコは心底嫌気がさした。黙っていられず割って入る。


「私にはクローンもデザイナーズチャイルドもアンドロイドも何ら変わらないがな。どれも自然の摂理に反した人工物だ。いずれ、将来的に大きな問題が起こることになる。今すぐ全員始末するべきだ。いつまでもDr.ゼラを野放しにしているこの状況を良しとしている軍の方針は理解に苦しむ」


「ホーミラ大尉は俺のことが相当お嫌いなんですねぇ」


「そうだな、はっきり言って大嫌いだ。デザイナーズチャイルドが普通の人間よりも優れているとは思わないし、俺がお前よりも劣っているとは思わない。いつか必ず遺伝子操作のしていない人間が完璧であることを証明してお前らの居場所をこの国から無くしてやる。その為に俺はデザイナーズチャイルドに頼らない最強の部隊を作り上げたんだ」


 鋭い眼光で発せられた言葉。そこには嘘偽りなく向上心の高さが感じられた。人類の進化に不備などない。遺伝子操作とは補う必要のない部品を身につけた余剰な施しだと。


 しかし、マルコの熱のこもった意思表明もミロは鼻で笑い一蹴する。


「立派な心掛けですが今は俺のことなんかよりも目の前の戦いに目を向けた方がいいかもしれませんよ? 特に第二モニター。いつのまにか劣勢です」


 マルコは目を丸くした。先程まで予定通りに攻撃を行っていた第三小隊はアーマーボットにダメージを与えるどころか逆に被弾し、じりじりと後退している。


「どういうことだ……」


「アレ、通常のアーマーボットとは違いますよ。モニター越しで分かりづらいかもしれませんがいつもより大きくて装甲も厚いです。サウスゲート司令も言ってたじゃないですか試運転だって。つまりアレは新作。経験通りにいかないことに第三小隊も戸惑っていることでしょうね」


 勿論、サウスゲートは気づいていた。作戦が始まる前にマルコに教えることもできたが経験として失敗させることにした。この程度のことにも気づかないようではいずれこれと同じかそれ以上のミスを犯す。マルコには悪いがここで自分の無力さを思い知ることが後々の成長に繋がると判断したのだ。


 それに今日は幸いなことにミロがいる。犠牲も少なく済み、これ以上の機会はまたとない。


 第三小隊の隊員が一斉にライフルを振るうがアーマーボットの装甲に軽くに弾かれる。更にアーマーボットの腕から小型ミサイルが飛び隊員は吹き飛ばされる。劣勢と判断するには十分過ぎる惨状だ。撤退するのが賢明な選択。しかし、第三小隊は諦めるどころか敵との距離を詰めていく。


「まったく、司令も司令なら隊員も隊員だな。通用してない実弾を頑なに撃ったところで無意味だって。訓練学校は一体何を教えてるだかー」


 大きく不満を口にするミロに部屋中の空気が凍りついた。

 室内のオペレーターは殆どが訓練学校上がりである。以降、小さいミスも許されないと全員の背筋が伸びた。


「で、では第四小隊、第五小隊を応援に向かわせる」


 マルコが予想外の事態に動揺しながら提案した。だが当然そんな付け焼き刃な作戦が通るはずもない。


「そんなの時間稼ぎにしかならないでしょ。第三小隊が最も優秀な時点でこの戦いは終わってる。同じかそれ以下の有象無象が増えたところで好転するような戦況じゃねえんだよ。レールガンやグレネードで応戦したところで今更全部は仕留めきれない。諦めてお前のせいで死んでいく部下の姿でも眺めてろよ」


「……そんなことはない! 三隊でアーマーボットを抑えている間に一、二小隊も合流させればまだ間に合う」


「その一、二小隊もだいぶ手一杯に見えますがね。むしろアーマーボットを捨てて応援するのはこちらなのでは? ねえ、サウスゲート司令?」


「……そうだな。全力でクローンを片付けてからアーマーボットに向かえばまだ間に合う可能性はあるかもな。まあ、それでも基地は多少被弾するだろうが」


「じゃ、じゃあそうします。第四小隊、第五小隊──」


 マルコが苦し紛れの命令を出そうとしたところでサウスゲートに肩を掴まれた。


「残念ながらここまでだマルコ。これ以上焦っても後手を踏み続けるだけだ」


「あっけないっすねぇ。もう終わりですか」


 サウスゲートは外していたインカムを装着し統率を取る。


「これより全小隊を私の指揮下とする。──ミロ、準備しろ」


「えー、こいつの尻拭いなんて嫌ですよ。他にやれる奴いるでしょ」


「駄目だ。他の隊はこの作戦の命令を受けていない。お前はこうなった時の保険で呼ばれているんだ。ちゃんと仕事しろ」


 サウスゲートに諭されたミロは不満げながらも何も言い返せない。


「へーへー、わかりましたよ。その代わり──」

ミロがのそりと立ち上がりマルコの目の前に立つ。


「お前はもう軍を辞めろ。これ以上続けても無駄に死んでいく人間が増えるだけだ。自分に酔って適当な司令しやがって。お前みたいなヤツが仕切れる現場じゃねえんだよ。エリート坊ちゃんは王都で大人しく隠居生活でも送ってな。クローンやデザイナーズチャイルドが嫌いなら一般国民として平和な生活を送るのも悪くないだろ」


 嫌がらせとも取れる言葉にももうマルコは反論できない。ただ歯を食いしばり足元を見つめるだけだった。


「ミロ、早く行け」


「はいはい。おいオペレーター、サウスゲート第一小隊に出撃準備。あと、今出てる第三小隊を下げさせろ」


「え、いやでも……」


 オペレーターは困惑する。このまま隊を下げてしまえばアーマーボットはガラ空きとなり本部との距離を詰められることを懸念しているのだろう。ミロはそれを察して忠告する。


「いいから早くしろ。アーマーボットがこっちに着くまでに俺らなら食い止められる。軍人なら敵機のスピードと射程距離くらい計算しておけ」


「は、はい……」


「司令、クローンの方は任せますがこっちは自由にやらせてもらいますよ」


「構わない。ただ、あの機体は一定の損傷で自爆機能が作動する。そこは気をつけるように」


「あい」


ミロは端的に返事をして外に出た。



***


 ミロが外に出た時には既にサウスゲート第一小隊は準備を済ませ敬礼で隊長を迎えていた。

 ミロが副隊長のニーナに声を掛ける。


「随分と準備がいいな」


「こうなることはある程度予想していたので」


 ニーナ・ヴィラはミロより更に若い十八歳の女隊員だ。戦況を読む力に長けており隊員からも絶大な信頼を置かれていた。


「敵はアーマーボット十機だ。俺がまず足を止めるからお前らはニーナの指示に従え。いいな」


「はっ!」


 時間が無い為作戦は大雑把。しかし、一番効率的な作戦を伝える。ミロの実力を最大限に使うのがどんなに綿密に計画した作戦よりも楽なのだ。

 隊員たちもそれを理解している。威勢良く返事をしてミロの後を走り出した。



***


 ミロが出て行った司令室では部隊を立て直すために一通り指示を終えたサウスゲートとマルコの姿があった。

 頭を抱えたまま項垂れるマルコにサウスゲートが声を掛ける。


「マルコ、顔を上げろ。あいつはあんなことを言ったが私はお前が軍を去る必要は無いと思っている。お前は優秀でこれからも努力ができる人間だ。ここまで上り詰めただけのことはある。この件で一度司令部へ戻って降格ということにはなるが経験を積めばまたここに戻れる。望むなら俺の下でオペレーターをやってくれてもいい」


 現存のオペレーターたちの背筋が伸びる。この軍の中で異動を望んでいるものはいない。


「俺は、どうすればよかったんですか……」


「そうだな。まず、アーマーボットの新機に気づけなかった件についてだがあれは経験によって防げるものだ。ルーキーのお前には仕方ない。だがその後、お前は現場の意見を聞くべきだった。第三小隊にも経験通りにいかない違和感は少なからずあったはずだ。それを自ら伝えられなかった第三小隊にも問題があるが奴らも今まで上手くやってこれたという驕りがあったのだろう。お前同様何らかの制裁は受けることになる」


 サウスゲートは庇うことなくただ客観的に見た事実を伝える。命を預かるものとして一切のミスも許されない。非情とは言わずとも同情するような真似は絶対にしないのだ。

 

 マルコも言い訳は一切しない。自分のせいで失った命もあるのだから。


「情けないことに心当たりがありますね。明らかに僕たちには驕りがあった。僕は彼らを信用していたが何も確認を怠ったのはそれが理由じゃない。前回の戦いに送られた賛辞に対しての自信、デザインコレクションを前にしての見栄があったんです」


「慢心、過信がときには力になるときがあるが司令官に求められるのは冷静さだ。常に情報を集め、適切な判断をしていく必要がある」


「そうですよね……。身に染みて感じました」


 すっかり反省の色に染まってしまったマルコ。去り際のミロの言葉が深く刺さっていることだろう。


「わかったのなら顔を上げろ。超えるんだろ? デザインコレクションを。その為には超えるべき相手をよく見ておくんだ」


 ゆっくりと顔を上げ第二モニターに注目する。そして、驚愕した。


 デザインコレクションの最高傑作。実際に戦っている姿を目にしたことはなかったがここまでとは。

 自分たちが攻めあぐねた相手に対して圧倒し、たった一人で戦況を逆転させてしまっている。

 

俊敏な動きで敵の目を撹乱し攻撃を全て避け切りると確実かつ完璧なナイフ捌きでアーマーボットの急所に致命傷を与える。そのナイフの刃は電気を纏い、あまりの速さに残像を残す。その姿はまさにイカズチだった。


 スタンガンの要領で数百万ボルトの電圧から様々な用途に対応する為の電流に設定できる短剣、スタンナイフは一つ間違えば自分が致命傷を負う。

 そんな代物を何の躊躇もなく巧みに扱えるのはミロだけなのだ。


「これがデザインコレクションの最高傑作……」


 思わずそう呟いてしまう程にミロの軍事センスは普通の人間を遙かに凌駕していた。

 気がつけばアーマーボットの全機が半壊。時間で言えば数十分で決着がつく結果となっていた。



***


 新作のアーマーボット十機を目の前にしてもニーナは冷静だった。何故なら隊長のミロがスタンナイフ一本で敵全機を半壊させたからだ。

 残りの第一小隊に求められた仕事は後始末のみ。簡単な仕事だ。

 

 ミロがニーナを信用しているようにニーナもまたミロに絶大な敬意を持っている。彼になら心置きなく命を預けられるし、彼の力になれることがとても嬉しい。これは他の誰にも味わえなかった感覚だった。

 

だからこそ、今の位置からは動くわけにはいかない。常に最良の仕事をして最高の結果を残す。第一小隊の副隊長である限りニーナは戦うことに全力を尽くす。

 

 ニーナは残った第一小隊に命令する。


「半壊したアーマーボットの全機能を止める。ただし、近距離では自爆に巻き込まれる可能性がある。レールガンとランチャーで遠距離から狙え」

「はっ!」


 隊員がそれぞれに武器を構え一斉に発射する。動かない的に余剰な爆撃が降り注ぐ。

 凄まじい爆音と爆煙が戦場を包む中、荒野に起きた爆風がニーナの軍服を靡かせた。


「任務完了」


 次に爆煙から視界が解放される頃にはアーマーボットの残骸は跡形もなく炭と成り果てていることだろう。

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