第2話


 翌日、作戦決行のため第一小隊、第二小隊は軍母艦の監視ができる位置の高台に潜んでいた。


「どう? 何か見える?」


 高台の上にて双眼鏡を覗くミロにレベッカが尋ねる。


「クローンと思われる軍人と昨日のアーマーボットは見えるな。やっぱり余力は残していたらしい。……あとは武装ドローンか」


「司令はあのドローンの発進が突撃開始の合図って言っていたけど案外早く飛び立ちそうね」


 甲板に出されたプロペラ付きの機体。装甲も厚く、ライフルやミサイルが積まれているのがこの距離でも分かる。


「早いがいいに越したことはねえよ。ずっとこうして隠れているだけなら隊員もダレるだけだし、そろそろ監視もこちらに気づきそうだ」


 甲板では数名のクローンがあちこちに目を配らせ逐次状況報告を行っていた。

 レベッカは高台からひとりひとりを確認して思ったことを口にする。


「クローンって言うけど皆が皆同じ顔ってわけではないのね」


「今まで生み出してきたデザイナーズチャイルドの人数分、遺伝子サンプルがあるからな。百種類以上あんだろ」


「確かに全員同じ顔だと色々大変そうだわね。……てことはあなたのクローンもいるの?」


「さあ? 別にいても驚かねぇけど」


 基本的にデザインコレクションのようにあらゆる能力が高水準に位置する遺伝子のコピーは難しいとされている。見た目はオリジナルそっくりに作れたとしても他の能力は劣等である可能性は極めて高い。


「こんな顔の奴が近い範囲に二人以上いると考えるとどうも気持ち悪いわね」


「どういう意味だ」


 舌打ちをするミロ。

 互いに表情を確認せず会話が続く。


「相手も相手だし、身に覚えのない罪に囚われることだってあるかもしれないわよ?」


 目撃証言は一番の証拠になる。コピーがいることに周知があっても疑惑は掛けられるだろう。


「そうならない為に、お前らがいるんだろ。もしもの時はアリバイ作り頼むな」


「要求するならそれ相応の態度を取ることね」


 レベッカは嫌みたらしく即答する。

 そんなことをする為にここに来たのではない。むしろ、ミロに疑惑を一番抱いてしまうのは自分なのかもしれないのだから。


 二人の間を不穏な空気が漂う。


「ねぇ、うちの部隊っていつもこんな感じなの?」


 少しでも間を埋めようとレベッカが雑談する。

 

なんだかいけ好かない相手だが仲間であるからにはそれなりに関係は築いておきたい。まずは相手を理解するところから始めよう。


「あ?」


対して素っ気ない返事。いかにも嫌々そうな、こちらの意図を全く組んでくれない態度に呆れてしまう。


「いつどこに現れるか分からない敵に随時反応して現場に向かうって、司令も言っていたけれど中々後手を踏んでいるわよね」


「仕方ないだろ、スクラベール島が見つからないんだから。俺らは王国の代わりにDr.ゼラのじゃれあいに付き合ってるだけだ。それが嫌なら他の基地に移って他国に戦争でも仕掛けるんだな」


「別に嫌なんて言ってない。むしろ、こんな大変な部隊に選ばれたことが光栄なくらいよ」


「変わってんな。きもいわ」


 ミロは得体の知れないものを見るような目でレベッカを見る。


「でも、いつの間にかクローンが王国に入ってきているってことは存外、Dr.ゼラも王国にいるのかもしれないわね。何とか総力挙げて見つけ出せないものかな」


「大陸ひとつ見つけ出すこともできないのに特定の一人なんて見つけられるかよ」


「まあ、そうよね……。でも、何の為に戦ってるんだろうって思わない?」


「国を守る為だろ。前にいた部隊では違かったのか?」

意外な答えにレベッカ少し驚いた顔をした。


「へぇ、あなたも国を守るって考えがあるのね。てっきり恨みしか持ってないと思ってた」


 デザイナーズチャイルドは強引に軍人にされている。それは全軍人共通の認識だった。


「勘違いも甚だしいな。俺ほど愛国心の強い軍人も珍しいくらいだぞ。毎朝、王都の方角に向かって崇拝の儀を行うことを忘れないくらいには信仰が強い」


 戯けた口調になるミロ。

 虚言である。


「嘘くさ。どんな宗教よ」


「結局、根拠なんて突き詰めたら自分の為って答えに行き着くんだよ。死にたくないから戦う、欲望を遂行する為に殺す、誰かを守りたいっていうのも個人の感情だ。理由なんて俺からしたら大した問題じゃない」


「私からしたら問題だわ。あなたの欲はDr.ゼラと戦いたくはないってことなのかもしれないじゃない?」


 ミロがDr.ゼラのスパイであるかを疑う旨の問い。これまでの行動からみてもその線は薄いと見られるがどうしても捨て切れない。ミロが生みの親と敵対する理由が一向に見当たらないのだ。

 

意を決して踏み込む。


「お前、ずけずけ聞きすぎなんだよ。距離の詰め方間違えてんぞ」


 レベッカの厚顔無恥にミロの眉間に皺がよる。それでもレベッカは御構い無しだ。


「いいじゃない。私だって初対面で散々不愉快な思いしたのよ。我慢しなさいよ」


「俺が今ここにいる。それが答えだろ」


「本当に?」


 納得がいかないレベッカ。今の浅い関係ではミロの言葉を嘘か真か見極めるのは険しい。しかし、かといって距離を詰めるのも相当に困難だと分かった。


「しつけえな。疑うなら最初から聞くな」


「うーん。どうしたらあなたの本音が聞き出せるのかしら」


「股でも開いて吐き出させるか?」


 飄々と最低な発言を繰り出すミロ。不快にさせて距離を取らせる意図が感じられる。

 対してレベッカはゴミを見るように見下していた。


「下品極まりないわね。気分が悪くなる」


「お喋りなのはお前の下の口だったりしてなー」


 あからさまな嫌がらせ。セクハラで訴えられたら十中八九負けるだろう。


「猥談に付き合うつもりはないわ。悪いけどもう話しかけないで」


「お前から話しかけたんだろ」


 近づけば穢される。ミロに対しては疑い続けるくらいが丁度いいのかもしれない。

 会話は途切れレベッカは任務に集中する。ちょうど、サウスゲートから第三小隊の作戦について連絡が入っていた。


 直接は関係ないものの耳を傾ける。

 

どうやらネスタは入念に準備をしているらしい。サウスゲート部隊での最初の戦闘だ。信頼を得るために目に見える結果が欲しい。

 

レベッカも負けじと奮い立つ。


「ねぇ、どうやって乗り込むの?」


「話しかけるんだ」


 同じくサウスゲートとネスタの通話を聴いていたミロが浅はかと嘲笑う。


「仕方ないでしょ。これは任務よ。どうするの!」


「強行突破しかないだろうな。ここからやりあってもいいが確実に仕留めたいだろ?」


「なら、あそこのコンテナを後ろに陣取りましょ。二小隊分の戦力なら分割させてシールド役と攻撃側に──」


「勝手にしろよ。お前らがどう動こうが関係ない」


 まるで話を聞こうとしないミロにレベッカは流石に痺れを切らす。


「いやいや、第一小隊の動き方によってこっちのやり方も変わってくるのよ。合わせるべきなのかとか別々に指揮した方がいいのかとか」


 経験が浅い分、明確に決めておくのが定石だ。小隊は違っても同じ軍に所属している。


「知らねぇ。全部ニーナに任せてるからそっちで相談してくれ」


「は? あんた副隊長に指揮任せてんの?」


「俺よりもニーナの方が向いてんだよ。適材適所。長けている能力に的した役割を与えるのは普通のことだ」


 第一小隊では何も問題はないと言い張る。しかし、レベッカにはただの言い逃れ、怠慢にしか映らない。


「もろ置物隊長じゃない。そんなんでよく隊員も我慢してやってられるわね」


「黙れアバズレ」


「あ?」


 ミロは辟易して息を吐く。


 距離的にクローンから気づかれることはないがあまりにも鬱陶しい。何故、同階級から説教されなければならないのか。


「じゃあ、私はニーナと話してくるからあんたはそのまま見張って動きがあったら知らせなさい。いいわね」


「ああ」


 なんだか一日で上に立たれたような気がする。これだから気が強い女は嫌いだ。

 そんなことを思いながらミロは監視を続けた。




 レベッカは高台から降りて下で待機している隊員のもとへ向かう。ニーナは先頭で座り込み武器の手入れをしていた。


「ニーナ、ちょっといいかしら」


「何ですか?」


 ライフルの手入れに没頭し、顔を上げずに返事をするニーナ。上司にも物怖じしていない、どころか素っ気ない。彼女にも異端さを感じざるを得ない。


「ミロからあなたが隊の指揮を行っていると聞いたのだけど」


「ええ、そうですが」


 ここでニーナは顔を上げ一本調子で答える。不遜な態度に苛立ったのか隣にいたカイルがニーナを睨みつけたので軽く手で合図を送り気にしないように促す。


 カイルは下積みを重ねてきた人間だ、礼儀には厳しい。


「あなたはそれでいいわけ? 本来、隊長が指揮を執るものなのよ。隊の指揮を執るということは当然責任も伴う。隊長でないあなたが背負うにはリスクが高いと思うの」


「お構いなく。私は納得してますから。隊員たちもミロ隊長の考えに異論はありません」


「でもねぇ……」


 もし自分がニーナの立場ならば隊長から指揮権限を受け取らないし、もし指揮に自信があるとするれば進級の希望を出して隊長になっているだろう。そこら辺のニーナの真意も気になった。


 頭の中で色々と考えた上でレベッカは放っておくことを決める。


「まあいいや。他の隊に口を挟むのも良くないし今は交戦中、話は後でゆっくりしましょう」


「はあ……。他に何か?」


 ポーカーフェイスだが口調から面倒なのは伝わってくる。彼女はミロほど嫌味がない分どう接したらいいかわからない。


「ええ、今から行う作戦の指揮について第一小隊の方針を聞かせて欲しいの」


「そうですね……第二小隊に先行してもらってもよろしいでしょうか? 私たちは後方支援をしていきます」


「別に構わないけど、私の小隊と一緒に来るってことでいいのね?」


「はい。あと、ひとつお願いしてもよろしいですか?」


「何かしら?」


「軍母艦に侵入するにあたって敵の数と戦力を把握でき次第、私に連絡してください」


 レベッカはどの道カイルにも連絡するつもりだった。ミロに聞けばいいのにといいつつもせっかく頼ってくれた思いを無下にはしない。


「わかった。私はすぐに軍母艦の深部に突入するから何かあったらカイルに伝えて」


「ありがとうございます」


 ニーナはレベッカに敬礼をして隊の待機列に歩いて行った。


 感情豊かとは言えないが同レベルでの会話はできる。リーダーを務めるだけの優秀さは備えているようだ。




 ──程なくして武装ドローンが動き始めた。ライフルを積んだおよそ三十機の飛行物体が軍母艦から順番に飛び立っていく。


 そして、ラスト一機が飛び立ったタイミングでレベッカが隣に声を掛けた。


「行ったわね。私たちも突入するわよ──」


 しかし、隣には誰もいない。さっきまで一緒にいたはずのミロがドローンが全て飛び立つ前に一人で突入してしまっていたのだ。


「はあ?」


レベッカは急いで高台を降りてニーナを探す。


「ニーナ、ミロはどこよ!」


「隊長ならさっき一人で軍母艦に向かいました」


 血相を変えたレベッカとは対照的に抑揚なく事実を告げるニーナ。あまりに落ち着き過ぎていて困惑する。


「司令には?」


「伝えていません」


「っ…ほんとに自由なやつね! ニーナは司令に連絡して。第二小隊突入するわよ!」


 レベッカの率いる第二小隊が崖の上から滑空型のパラシュートで軍母艦に飛び降りて行き第一小隊もそれに続く。

 

ミロが先に突入した為、レベッカ達が軍母艦に降りた時にはすでに警報が鳴り甲板には武装したクローンとアーマーボットが厳戒態勢で待ち受けていた。


「ちっ! 準備が早い」


 まるで来ることが予想されていたかのような人員配置。後方で跪き麻痺するクローンを見るとどうやらミロはここは無視して奥へと向かったようだった。

 

レベッカはアーマーボットから繰り出されるマシンガンを華麗に躱し、間を埋めるように立っているクローンを蹴りつけて奥へと進む。


「カイル、ここは頼んだ」


「了解」


 両手に構えた二丁のハンドガンで牽制しつつ入口と思われるドアを開いた。




 ミロを追うように艦内に入り込むと音が一気に静かになった。


「中には人員を割いてないのか……」


 足下のクローン死体を見てレベッカが呟く。集団で掛かればもう少し時間は稼げたように思えるがこの通路に転がるクローンは見える限りでは五人。鮮血が染めた廊下に足跡を付けつつ周りに警戒しながら進むがそれ以降も転々と屍が現れるだけだった。


 手が掛からないがいいに越したことはないが何か別の思惑を感じるのも確かだ。


 とりあえず中にはミロもいるのでこれ以上の人員は不要と考えレベッカはニーナと通信を繋ぐ。


「ニーナ。こちらストルフィ。船内への戦力は不要と考えるわ。甲板の上の敵が相手の総戦力と考えてくれていい。集中して撃退にあたって」


『了解。隊長もいるので問題ないでしょうがおそらく最奥に敵の将官がいると思われますのでお気をつけて。司令とオリンソン副隊長にはこちらから報告しておきます』


 ニーナとの通信が切れる。

 このまま簡単に終えられればいいがどうなることやら。


 レベッカは最奥へと走り出した。



***


 ニーナはレベッカからの連絡を受け取った後、第一小隊に命令を出した。


「一個分隊、私についてこい。残りの隊員は引き続き残党の処理。オリンソン副隊長の指示に従え」


 軍母艦から引き返そうとするニーナ。それをカイルが呼び止める。


「おい、何処へ行く」


「この戦況下で我々は不要と考えます。船内もミロ隊長とストルフィ隊長で事足りるようなのでここから離脱し第三小隊の援護に向かいます」


「お前の一存で勝手な行動を取るな。この隊にも決して余裕はない。司令の指示を仰げ」


 アーマーボットの腕をグレネードランチャーで吹き飛ばしながらカイルは言う。


 第三小隊もまだ苦境と分かったわけではない。にも関わらずこちらの戦力が減るのは許し難かった。

 

しかし、ニーナはその忠告を聞かずに一個分隊を連れて飛び立ってしまう。


「おい、待て──」


 ニーナを引き止めるにも相手の攻撃を受け止めるのに精一杯で身動きが取れない。

 飛行する為にジェットエンジン搭載のフライボードを用意しているとは。どこまで予見していたのか。


「クソ!」


 カイルは第一小隊と第二小隊を一人に押し付けられた事に苛立ちを覚えながらストレスをランチャーに乗せてアーマーボットを吹き飛ばした。



***



 艦内のクローンを次々と倒していく内にミロの中で違和感が大きくなっていた。


「……まるで誘い出されているかのようだな」


 明らかに艦内に将官がいるにも関わらずこの警備の薄さ。それに加えてミロ後を付いてこれたのは一人だけ。外は相当頑丈に固められているのだろう。


 そしてすぐに最奥の部屋の前に辿り着く。

 扉を蹴破り中に入ると無機質な空間にたった一人の男が立っていた。


「お前がボスか」


 ミロは率直に問い質す。


「やあ、待っていたよミロ・マイアス」


 男は不敵な笑みを浮かべ一人でやってきたミロを歓迎した。奇妙な反応に戸惑う。


「一体、目的は何だ。こんな適当な罠で誘き出すような真似しやがって」


「私はただの連絡係さ。どうしても貴様に会いたいと言う人間がいてな」


 男に敵意はなく武器を構えようともしない。それに拍子抜けしたミロもスタンナイフの電源を落とし腰にしまった。


「どこの誰だか知らねぇが軍母艦一隻遣わせて呼び出しなんて御大層な身分だな。虫唾が走るわ」


「Dr.ゼラでもか?」


 試すように男は言う。


「その名前を出せば俺を揺さぶれると思ってんのか?」


 確かに生みの親ではあるが今は敵同士。その辺の割り切りはとっくにできている。


「さてな」


「要領を得ないな。情報を勿体ぶっても先には進まない。都合が悪くなるのはお前の方だろ。相手は誰だ、早く言え」


「私も実際に会ったことはないが貴様と同じデザインコレクションだと聞かされている」


 その単語にミロはピクリと反応する。同胞だ。


「……へぇ。会ったことない奴の為に駒にされてるってわけか。お前も可哀想だな」


「可哀想か……恵まれた貴様から見たらそうなのかもしれないな。だが、私は生まれた時から自分の運命しか知らない。これが幸でも不幸でも私のやるべきことは同じだ。近い未来、私のような者たちが安心して暮らせる為ならここで死ぬのも本望さ」


 デザイナーズチャイルド、クローンが虐げられる世界。スクラベールで戦うほとんどの人間がこの世界を変える為に戦っている。

 しかし、そう簡単にうまくいく話でもない。


「お前を遣ったデザインコレクションなら現状を変えてくれるとでも?」


「分からない。だが、Dr.ゼラは言った『無駄な命などはない。犠牲なくして自由は得られない』と」


「憐れだな。そんな絵空事に躍らされたところで何も変わりはしないのに」


「未来のことなど誰にも分からないだろう。無論、デザインコレクションにも想定外の事態は起こりうる」


 スクラベールが動いているということは当然Dr.ゼラの命令だ。だが、何の為にデザインコレクションと再会させようとしているのかミロには理解できなかった。


 そこに至るまでの過程も再会後のビジョンも全く見えてこない。

 仮にこの男の理想とやらを叶えようとしているのなら限りなく不可能に近い。狭くて細い道筋だ。

 

ミロはその道筋を信じる男に問う。


「何がお前をそこまでさせる? お前の理想とする世界にお前はいないんだぞ?」


「バトンは必ず誰かが繋げなければいけない。たとえ人柱でも傀儡でも私は自分の与えられた使命を果たす」


「すごいなお前……」


 呆れたように言うがこれは本心だ。


『死んでも構わない』

 軍人の鑑のような発言に感嘆する。コペル王国軍にこう思っている人間が一体どれだけいるだろうか。


「どの道、私には戦うことしかできはしないさ。それともお前はここで私に殺されてくれるのか? お前がここで死ねば私の未来も少しは変わるだろう」


「殺せるだけの技量があるなら殺されてやるよ。丁度自分の命の使い道に悩んでいたところだ」


 ミロは自分の首を指し挑発をするが敵は安易に乗ってこない。


「面白い……だが、その前に連絡だ」


 懐から紙を一枚取り出す。伝達方法は古典的なようだ。


「『久しぶりだな。あれ以来、てめぇのゴミみてぇな顔なんか見る必要ないと思っていたがそうも言ってられなくなった。同窓会をしようじゃないか。もちろん参加は強制だ。てめぇも知りたいことが山程あるんじゃねーか? 始まりの場所で待っている。逃げんじゃねーぞ。逃げたら殺す。逃げなくても殺す。』とのことだ。差出人は……教えた方がいいか?」


「いいや、その知性のかけらもない文章で大体わかる」


 相手がデザインコレクションと言うのなら生まれてから研究所で一緒に過ごしてきた旧知であることには違いない。当然、こんな野蛮な口調で接してくる相手には心当たりがある。

 

 だが、Dr.ゼラが今も自分以外のデザインコレクションとコネクションがあったことは寝耳に水だった。亡命前に生み出されたデザイナーズチャイルドは一つの例外もなくコペル王国に置いていかれたと聞いている。Dr.ゼラをこちらから見つけることはあり得ない。となると、ゼラ側から何らかの接触があったと考えるべきだ。

 

ミロにとってはその相手に最高傑作である自分が選ばれていないことが不服で仕方がない。

 

何か事情があることを願いたいが……。何がともあれ本人に会って聞き出すしか方法はないだろう。


「……リエラ・アルベールだろ」


 ミロは十年ぶりにその名を口にした。



***



 第三小隊は中継地点の岩陰にて向かって来る武装ドローン射程に捉えていた。

隊長であるネスタを筆頭に火の打ち所のない配置での射撃。司令から与えられた情報が正しければ、または予期せぬイレギュラーが起こらなければ問題なく全機撃ち落とすことができるだろう磐石の体制だ。

 しかし、その期待はあっさり裏切られる。


「何だあれ!」


 ネスタの隣に構えていたハルマが驚いた。急いでネスタもスコープで確認する。


「あれは……ニーナか!?」


 ニーナと何人かの隊員が空中でドローンと交戦したままこちらに向かって来ている。銃声、着弾音が耳に届く頃には砂塵で視界が悪くなっていることに気づいた。こちらの待ち伏せる作戦が険しくなっていく。

 

ドローンは右往左往。ニーナたちの攻撃を回避する為に予定とは違う動きを始め不規則に移動する。


「ハルマ、予定変更だ。今からドローンの真下に移動して一定の区画に追い込む。第一小隊が仕留め切れるように援護しろ」


「は、はい!」


 臨機応変な対応が迫られる中、ネスタは一人落ち着き命令を出した。

命令が伝わった第三小隊は一斉に動き出す。見事に統率された隊員たちはひとりひとりが決められた役割をきちんとこなす。


「……全く、これでは作戦が総崩れじゃないか。ミロ君は一体何を考えているんだ」


 ネスタがミロへの通信を試みるが一向に繋がらない。無視されているようだ。

ニーナもジェットエンジンを搭載したフライボード用意しているなんて都合が良過ぎる。最初からこうするつもりだったと言っているようなもんじゃないか。


「手のかかる人達だよ本当に」


 ライフルを武装ドローンの進行方向に向けて撃つ。それを躱す為にドローンはそれぞれが方向転換し散らばっていった。

 しかし、その方向にも別の隊員が待ち構えライフルで牽制し、ドローンは行き場を失う。そこを最後にニーナが撃ち落とした。


「ニーナ! こちらが追い込むからそのまま全機撃ち落としてくれ」


 ニーナは分かっていると言わんばかりに加速し次々とドローンを撃ち落としていく。


 ネスタは間髪入れず隊員に指示を出す。


「ハルマ、そっちのドローンも牽制してこちらに追い込め。味方に当てるなよ」


 第三小隊の命令を忠実に実行し完璧な包囲網が出来上がる。

 ニーナを中心とする一個小隊はそれに乗じ卒なくドローンを全機撃ち落とすと作戦は見事成功した。

 しかし、結果的に第三小隊が第一小隊のお膳立てをする結果となったのも事実。


ネスタは足下に落ちてきたドローンの残骸を一瞥した後、強く踏み潰した。



***



 艦内に潜り込んだレベッカは最奥の部屋の入口にて身を潜めていた。

部屋の中にはミロと一人の男。男はおそらくこの軍母艦を率いる敵の将官のクローン人間だろう。

 

戦場には似合わない真剣な話し合いの最中らしい。戦闘が始まっていれば加勢するつもりだったのだが……。

 

デザインコレクション、Dr.ゼラ、リエラ・アルベール。思わず聞き耳を立ててしまう単語が次々と出てくる為、部屋に入ることを躊躇ってしまう。


 そして、この戦闘の理由を知る。

 

たかが一人のデザインコレクションを呼び出す為にここまでの人員とマシンを持って来るとは。スクラベールはどこまでふざけた軍隊なのか。王国が総力を上げて対応しないのも頷ける。


 部屋から聞こえるミロと男の声に耳を傾ける。


「目的は果たした。私の役目はこれで終わりだ」


「なら、黙って死ねよ。お前らの相手はうんざりなんだ」


 ゆっくりとスタンナイフを取り出したミロと同時に敵の軍人はハンドガンを懐から素早く取り出し発砲した。

 

しまった……!

 

レベッカは急いで部屋の中に入り両手にそれぞれ握ったハンドガンで敵を牽制する。


「大丈夫ミロ!」


 レベッカの放った弾は敵をかすめ後退させる。

 命を刈り取りに行った攻撃だったのだが素晴らしい反射速度だ。司令の忠告通り今まで戦った相手とは一線を画す。クローンのポテンシャルの高さは異常だ。


「お前って二丁拳銃で戦うんだな。珍しい」


 そんな呑気のなことを言いながら弾を避けた際に傾げた首のままレベッカを見るミロ。

 不意打ちで、しかも近距離の銃撃を躱すとはこっちは敵以上に人間離れしている。流石、音にも聞くデザインコレクションと言ったところか。


 レベッカはミロがいればこの戦闘は容易だと判断した。


「援護するわ」


 共闘の意思をミロに伝える。


「いらない。邪魔だから帰れ」


「っ……」


 隊長クラスのレベッカであってもミロの戦闘には不要な存在であった。彼は今までひとりで戦ってきた。チームワークという概念はない。

 だが、一方のレベッカも隊長としてのプライドがある。ここで戦闘を一人に押し付けてのうのうと帰れるほど恥知らずじゃない。

 苛立ちを抑えて別の角度から説得を試みる。


「あなたともあろう人が味方一人増えただけで不利になってしまうのかしら。デザインコレクションなんて大したことないのね」


 そのあからさまな挑発にミロは舌打ちした。

 挑発を受けて立つつもりもないがこの手の女は理不尽に強い。口で黙らせるのは難しいだろうとすぐさま判断する。


「私がいるくらいで負けるならあなたが離脱したら」

レベッカはさらに煽り一歩前に出てミロに並ぶ。


「勝手にしろ。その代わり、俺に刺し殺されても文句言うなよ」


「上等よ」


 ミロは勢いよく敵との距離を詰める。敵は懐から隠し刀を取り出しスタンナイフを受け止めると再び距離を取った。

 それを見てレベッカがハンドガンを乱発する。

 

敵はこれもギリギリのところで避けデスクを盾にして隠れた。

 

その間にミロが距離を詰めスタンナイフでデスクごと敵を吹き飛ばし、敵の腹に蹴りを入れる。


「……ん?」


 ミロは蹴りを入れた時の感覚に違和感を覚えた。

 普通の人間に比べて硬い……というか、どんなに鍛えている人間でもこんな硬度にはならないであろう感触。

 敵はミロには体術で勝てないのを悟ったのか隙をついてレベッカの方に接近する。


「せめて一人だけでもっ」


 レベッカの銃撃を回り込みながら躱し、短刀一本で殺しにかかる。

 だが、レベッカも体術には自信があった。二丁拳銃を持ちながら敵の攻撃を受け流し、転倒させ刀を蹴り飛ばす。馬乗りになると冷静に息の根を止めるべく敵の眉間に銃口を突き付けた。

するとミロから声が掛かる。


「おい! そいつ人間じゃねぇぞ」


 レベッカがそれを聞いてからでは既に遅く、敵は不敵な笑みを浮かべると右腕の第一関節が外れ、ナイフが顔を出した。

レベッカの首にナイフが振りかざされる。


「……うっ」


 レベッカは一瞬の出来事に反射して間一髪後退りするが首にかすり傷を負う。

 傷を庇いながら何とか体勢は保ち続ける。反撃で相手の頭目掛けて弾を二発発砲し脳を撃ち抜いた。


「これは……」


 レベッカは目の前の光景に驚愕した。

 脳を撃ち抜かれたはず人間が何事もなかったように立ち尽くしていたのだ。

 一滴の血も流さず額に浅く傷をつくったのみ。

 めり込み勢いを失った弾丸が床へと落ちる。


「お前、アンドロイドだったのか」


近寄ってきたミロが嘆き混じりに口を開いた。サウスゲートから噂程度に聞いていたことですぐに事実に辿り着く。


「そうだ。私もDr.ゼラに造られた最新型の一機。人間の皮を被った金属の塊だ」


 自虐的に正体を明かす男。


「噂は本当だったんだな。まったく……あの人は……」


 人生を賭けた人体の研究から今は戦争で勝つための武器の製作にシフトチェンジしたということか。

 ミロは少し不気味な顔を見せる。

 その隣でレベッカは軽蔑の眼差しを向けていた。


「クローンよりも使い捨ての駒って言葉がお似合いね。そりゃあ、こんなおつかい感覚で軍を出してくるわけだわ」


「あの人はそんなことは思っていない。常に命を平等に見ている。ここに来たのは私の意志だ」


「生みの親に相当陶酔しているようね。都合よく使われて死ぬとも知らずに、よくそんな呑気なこと言えるものだわ。それとも、おめでたくプログラミングされている結果かしら」


 得体の知らない敵につい口調が乱暴になる。動揺を悟られるわけにはいかない。


「ここで死のうが私の命が無駄にならなければそれでいい。近い未来、私のような存在が認められる世界になるための踏み台になら喜んでなるさ。今日が理想の未来への一歩目だ」


「……馬鹿馬鹿しい」


 吐き捨てるレベッカに比べてミロは黙ってアンドロイドの言葉を受け止めていた。


 理想の未来への一歩目。確証のない理想に向けて命を惜しまない姿勢が真新しく感じ、自分と比較してしまっていたのだ。

 アンドロイドは左の腕を外し投げ捨てると今度はサイコガンが姿を現わす。レベッカに先に撃たれないようにする為の牽制だ。


 そして、アンドロイドは口を開く。


「ここで一矢報いたい所だが残念ながらこの劣勢をひっくり返すことは不可能だろう。間も無く私は死ぬ。だから最後に良いことを教えてやる。見ての通りアンドロイドということはわかってもらえただろう。私が機械だということは当然、この軍母艦ともリンクしている。私の首が飛べば自爆のカウントダウンが動き出す。上の奴らを先に逃がした方がいいかもしれないぞ」


「何──」


 その瞬間、レベッカの目の前を眩い雷光が通り過ぎた。走るイカズチは残像だけを残し目にも止まらぬ速さでアンドロイドの首を刈り取ろうとする。

 アンドロイドは間一髪で攻撃を避ける為に後退する。その際にサイコガンから六発、小型爆弾が空中に撃ち出された。


「ミロ! 何してるの!」


「レベッカ、上だ!」


 空中に広がった爆弾はレベッカへ向けて落下していた。咄嗟にレベッカは両手のハンドガンで標的を二分し狙いを定める。


「何よ、もう!」


 左右それぞれが発する弾丸。その弾道は正確に手榴弾の中心を貫き、次々と爆発させた。その手際の良さはお見事と言わざるを得ない。

 手榴弾は壁や天井に小さな穴を開けると共に黒煙を撒き散らかし視界を奪った。

 小型爆弾自体は手榴弾程の規模だったがそれでもまともに数発喰らえば片脚吹っ飛ぶくらいの惨たらしい状態にはなっていただろう。

 一室に充満した煙。微かに見える二人の男のシルエットは激しく動いていた。白い稲光のおかげでどちらが優位か知ることはできる。

 レベッカは参戦することなく状況を見守った。


 やがて、煙も薄くなりミロの姿もはっきり分かるようになる。その時にはアンドロイドは既に床に転がりバラバラになっていた。どうやら早急に決着をつけたようだ。


「ちょっと! 勝手に動かないでよ。せめて何か言ってくれないと私も驚くのだけど」


「何かって何だよ」


「アンドロイドなんてどう対処したらいいか分からないわよ。何の躊躇もなく処理してよかったの?」


「お前、気づかなかったのか? サイコガンを出す為に捨てた左腕。こちらに気づかれないように遠隔で動かされていた。軍母艦の自爆スイッチを押そうとしていたんだ」


 言われた通り左腕を探すと明らかに自力で動いた後が見られた。


「え⁉︎ あれはハッタリだったってこと?」


 レベッカにはアンドロイドの口振りから嘘だとは思えなかった。負けを見越した戦いを視野に入れていただろうし、いかに自爆に巻き込むかを考えるのも致し方ない気がする。


「いや、おそらく本当だろう。その証拠にそこのモニター、カウントダウンが表示されている」


 タイムリミットは300秒から減り続ける。爆発は免れそうにない。


「なにこれ! 結局、状況は一緒じゃない!」


「こいつに逃げられるよりはマシだろ」


 足下に転がったアンドロイドの頭。顔のメッキが剥がれ落ちて鉛色が現れている。

 髪を掴み目を合わせるがアンドロイドの目は光を失い何の反応も見せない。持ち帰ったところで得られるものは少なそうだ。


「覚えておくといい。スクラベールの軍機ってのは大抵、大将が死ぬと自動で爆破するようになってんだ。こいつはその前に爆破をさせ、こちらが動揺している間に逃げるつもりだったんだろう。覚悟はあると言いながらも最後は生きたいという欲が出てしまったわけだ」


 ミロは自分で言いながらも不自然な感覚持っていた。

 生きたいことが欲。


 まるで鎖に繋がれた奴隷扱い。これでは結局のところアンドロイドもデザイナーズチャイルドやクローンと変わらないではないか。


「それを早く言って欲しかった! なら早く上の小隊に脱出命令をしないと。あんたも第一小隊下げなさいよ」


「お前がやっとけ。どうせ一緒にいるんだろ。俺は先に帰るから」


「はあ?」


 ゆっくり部屋を出て行くミロにレベッカ背後から不満をぶつける。

 部下を一切仲間と思っていないこともそうだが自分勝手に動き調和を乱す姿勢でここまで来れたことが不思議でしょうがなかった。


「……実力はあるんでしょうけど」


 だが、一番引っかかることはデザインコレクションという部分だ。Dr.ゼラは生みの親であってアンドロイドとの会話では同胞が会いたがっているとのことだった。まだ信用しきるには怪しい部分が多過ぎる。

 レベッカは逸る気持ちを抑えて急いでカイルと連絡を取った。




***



 レベッカを含めた一、二小隊が脱出を成功させ、全隊員の安否を確認している頃。一足早く軍母艦から帰還したミロを最初に迎えたのはニーナだった。


「ご無事でなによりです」


「死ねれば良かったんだが怪我の一つすらできやしないな」


 敬意を表しつつ淡々と労うニーナにミロは皮肉で回答する。


「そっちは無事か?」


 一応の隊長仕事として第一小隊の安否を確かめる。


「ええ。こちらは第三小隊を含め怪我人はいません。第二小隊と合流させた小隊は軽傷が数人と聞いています」


「カイルの野郎がしくじったってことか?」


「いえ、相手がクローンとアーマーボットだったことを考えればよくやった方でしょう。それに私が面識の浅い第一小隊を押し付けてしまったのも少なからず影響していると思いますし」


 ニーナは私がいたら怪我人一人出さなかったと自信を見せつつもカイルのことを庇った。わざとではあるがカイルに難題を出したことに対する罪悪感はあったようだ。


「プロなら常に最良の結果を出して欲しいものだな。俺の下では絶対に使いたくない」


「私はこの場所を動くつもりはありませんよ?」


 まるで代わりの副隊長を探しているようなミロの口振りにニーナは初めて怪訝な表情を見せた。


 どんなに高い地位を用意されたところでこの場所からは一度も腰を上げることはないという意志の強さを感じる。


「当たり前だ。俺が今まで何回お前の異動や進級依頼を蹴ってきたと思ってんだよ。お前は一生、死ぬまでここだ」


「ありがたいお言葉です」


 ミロの奴隷扱いのような言葉にニーナは感謝を示す。側から見れば部下を一切評価しない嫌な上司だがそこには紛れも無い確固たる信頼関係が存在していた。



 ミロとニーナが待機室に入るとネスタが二人を待ち受けていた。


「お疲れ様です」


 ニーナが敬礼をして目の前を通り過ぎようとするがネスタは難しい顔をしたまま挨拶を返さず、ミロを詰めた。


「あれはどういうつもりなんだ」


「あ? 何のことか見当もつかねぇな。なんかあったか?」


 知らばっくれるミロ。ニーナの独断とはいえ大方状況は把握済みだ。


「知らないはずがないだろ。君たち第一小隊が戻って来るなんて指令は出ていなかった。にも関わらず、勝手にドローンと交戦しこちらを混乱させた。僕たちにも作戦があったんだぞ。援護のつもりなら先に僕か司令に連絡をするのが筋じゃないのかい?」


 深刻に問題提起を行うネスタにミロは呆れた顔を向ける。


「はあ、そんなクレームを俺にされてもなあ」


「何を言っているんだ。君が隊長だろう。君の指示で小隊が動いたんだろう──」


 ネスタの眉間に皺が寄ったタイミングを見計らって当事者であるニーナが横から入る。


「その話なら私が聞きます。小隊への指示は全て私が出しています。オメント隊長の指摘は私に当たるかと」


「何だと。君が隊長の役割をしているというのか?」


「何をもって隊長の役割と言えるのかは分かりませんが一個分隊を率いて第三小隊の持ち場に入ったのは私の独断です」


 意外な回答に虚を突かれたネスタはミロを見る。


「君はそれでいいのか?」


「誰にだって向き不向きがある。適切な場所に優れた人選を行うのが隊長の仕事だろう? それに、うちはうちでやってるんだ。他の小隊に口出すような真似こそ隊長の役割ではないと思うぞ?」


 ましてや第一小隊はネスタが来る前から存在している。今までうまく回ってきた歯車を新入りがとやかく言う筋合いはない。

 ネスタはレベッカ同様に第一小隊の人事に疑問を抱きつつも本題を追求する。


「……その通りだ。確かに今この話は関係ない。なら聞こうニーナ、何故君は勝手な行動を取った。そして何故、誰にも許可を取ろうとしなかった」


 真相に迫るその問いを待っていたと言わんばかりにニーナは考えていた回答を述べる。


「答えは簡単です。ただ単にあなたを試したかったからです。私は正直、第二小隊と第三小隊の戦力の把握ができていませんでした。これからのことも含めてどの程度の実力を持っているのか、どこまで臨機応変に対応していけるのかを知る必要があったので小隊を二つに分けてオリンソン副隊長とオメント隊長を困らせる方法をとりました」


「何故今なんだ。今日はぶっつけ本番だったがこれから訓練やミーティングで仲間を知る機会は十分にある。分かっているのか? 僕たちは喧嘩じゃない、戦争しているんだ。君の勝手な欲のせいで不要な犠牲が出たかもしれないんだぞ」


「実戦だから分かることもあります。今日は全てを知る上で最適な機会でした。相手の戦力、隊の配置、隊長の有無。全ての状況を頭に入れてシュミレーションした結果、行動する判断をしました。もし、犠牲が出ていたのなら私は間違いなく自分ではなくあなたやオリンソン副隊長を責めていたと思います。この程度の状況の変化で犠牲を出す指揮官など癌でしかありません。あらゆる策を講じてでも隊から追い出すべきでしょう」


「よかったなネスタ。あんたは無事にニーナの査定をクリアしたようだ」


 ミロは嘲てネスタを煽る。


「ふざけるな。現に第二小隊では怪我人が出ているらしいじゃないか。第一小隊の一部も含まれたあの状況ではカイルも難しかったはずだ。それに関して何も思わないのか」


 ネスタは冷静に考えた上で言葉を発しているつもりだが語気は段々と強くなっていく。


「それこそ私は必要な犠牲だと思っています。怪我も軽傷だと聞いていますし体が動くのならまた次もあります」


「結果論じゃないか。相手の攻撃を受けたということは当たりどころが悪かったり予期できないアクシデントが起こったら死んでいたかもしれないんだぞ!」


「それはもう私たちの管轄ではありませんね。単に隊員の質が低い事が問題でしょう。弱い人間は死ぬ。戦争なら常識です」


「……本気で言っているのか?」


「はい」


 本気で二人を睨むネスタの目には並々ならぬ敵意が混じっていた。

それを悟ってかミロが口を開く。


「あんたもそんな顔できるんだな。顔合わせの時が嘘みたいだ」


 他意しかないミロの言葉にネスタは表情を歪めた。それは暗にこちらの顔が本当の顔だということを意味する。

 

ミロは顔合わせの段階でそれを察していた。そして、ニーナもまたネスタの内情を知るためにミロをアシストしたのだ。


「……自分が特別だと思わないことだ。君たち二人のような人間が他にもいたらどうなっていたか。規律を守る人間がいるからこそ自由に振舞える人間がいるんだ」


「もし、第一小隊から謀反を起こし勝手な行動を取るものがいたのなら私はそれも含めて自在に操ってみせます。無論、別の隊の人間であっても同様です。実力があるからこそ上に立っているのだということを加味して考えるべきだと私は思います」


「……屁理屈だ」


 何を言っても無駄だとネスタは悟った。デザインコレクションであるミロばかり警戒していたがニーナもまた冷酷でどうしようもない軍人だ。もしこれが数年前だったのなら間違いなく手が出ていただろう。落ち着けとネスタは自分に言い聞かせる。


「……今日はこの辺でやめておこう。これ以上の言い合いは不毛でしかない気がしてきた。だけど次同じ事があったら僕は必ず君たちに抵抗することになる。僕の気持ちも理解してくれることを願うよ」


 そう言い残しばつが悪そうにネスタは部屋から出く。去り際、一瞬だけミロに向けられた目には明らかな殺意があった。ニーナに向けられたものとは熱量が違う。


「ミロ隊長。あの人に何かしましたか?」

 

 不審な空気を悟ったニーナはミロに尋ねる。


「心当たりはねぇけどなぁ。なんでそう思った?」


「いえ、私があからさまに神経を逆撫でする発言をしていたにも関わらずオメント隊長の敵意はミロ隊長から揺るがなかったものですから」


「なるほどな……」


 ミロはある程度予想がついていた。これまでの人生で他人から殺意を向けられることなんて数え切れないほどある。そしてそのほとんどが同じ理由だった。


嫉妬、嫌悪、畏怖どれを取ってもミロがデザインコレクションだという結論に収束する。

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