三月三十一日 エッフェル塔が完成した日

 世界でおそらく最も有名な電波塔の一つ。

 今でこそ、フランス花の都パリを代表する建造物であり、パリ・セーヌ川河岸地域を構成する世界遺産の一角としてノートルダム大聖堂、ルーブル美術館、シャイヨー宮殿なんかと肩を並べる歴史的建造物として扱われている、フランスになくてはならない観光資源である。


 平成二十九年(二〇一七年)には累計来場者が三億人を突破したというが、現在も世界一観光客を集める「有料」建造物として世界記録を保持し続けているそうだ。

 もっとも、百年以上前からカネをとっていた観覧施設なのだから、この記録もある意味納得ではある(身も蓋もない言い方)


 エッフェル塔がお目見えしたきっかけは、当時のフランスが第四回万国博覧会(パリ万博)の会場に決まったことにある。


 産業革命を経て、世界的に鉄資源が時代の最先端を象徴するようになり、同時に高層建築が注目されるようになった頃だ。

 開催地に決定したフランスでは早速、高層建築物を目玉とする方向で調整されることになり、コンペが開催された。錬鉄の鉄塔(エッフェル塔)はコンペ参加作品の一つだった。


 実際のところ、決定権を持つお偉方の本命は石造の構造建築物で、同じく当時の最先端技術であった電球とアーク灯を組み合わせた元祖「太陽の塔」だったらしい。

 しかし、後世知るとおりエッフェル塔が採用された。

 それはなぜか。

 一番重要だったのは工期の問題だった。


 第四回万博開催地が決定したのは明治十七年(一八八四年)、コンペが開催されたのが二年後の明治十九年(一八八六年)、第四回パリ万博が開催されるのは明治二十二年(一八八九年)。

 ここに間に合わせようと思ったら、石造建造物では到底工期が足りなかったというのが最大の理由だったそうだ。


 こうして採用された錬鉄の鉄塔は、ギュスターヴ・エッフェル設計事務所(現代風表現)に任されることになった。

 この人の得意分野がいわゆる鉄橋だったので、安心と信頼の技術と実績が買われた形である。

 因みに、エッフェルはアメリカの自由の女神の骨格も設計している大西洋鉄骨シスターズ(仮)の産みの親だったりする。


 というわけで、万博開催に向けて目玉となる建築物はサクサク建設を進められ、二年二ヶ月で高さ三一二メートル(当時の世界最高)の鉄塔は完成した。

 人力作業(ただし少数超精鋭部隊)でありながら、これまでの建造物建築の常識を覆した異例の速さでの完成となった。

 それが、明治二十二年(一八八九年)三月三十一日のことである。


 しかしこれが、まあパリっ子の間で大炎上事案となった。

 要するに「エレガントなパリに似合わねぇわ!」ということだ。


 確かに、石造建造物と石畳で構成されていた当時の風景に、唐突に現れた地上三〇〇メートル超えの鉄塊は見慣れなければ違和感しかない。

 特に芸術関係者からのバッシングは酷かったらしい。


「エッフェル塔を見たくなければ、エッフェル塔に行け(エッフェル塔一階のレストランはエエぞ)」


 という「反対の反対に反対」みたいな面白アンチ行動が、流行語大賞を取るような事態となった。

 そこを宥めすかして「カネになりますがな」と、万博開催したところ開催期間中だけで二百万人が詰めかけ大盛況となった。

 短期バイト(約二十年)でがっぽり稼いで取り壊される予定だったエッフェル塔だったのだが、時代が塔を存続させた。


 程なく勃発した第一次世界大戦において、エッフェル塔は重要な軍事利用の拠点となった。

 電波塔としての原点は戦争利用だったわけである。

 当初は無線電波の送受信を担っていたが、その次には敵軍への妨害電波を発信する用途に活用された。

 もしも第一次世界大戦が起こらない平和な世界線だったら、エッフェル塔は大観覧車グランド・ルー・ド・パリと同じくサクサク解体撤去されてしまったことだろう。

 皮肉なものだが、戦争がエッフェル塔を後世に残したといえるのだ。


 余談だが、エッフェル塔も町に馴染む努力をしているようである。

 当初はトリコロールに染められたりしていたそうだが(派手すぎるやろ、それこそ景観損なうわ笑)、現在のブラウンアッシュ系の色味に徐々に落ち着いていったという。

 この色味も色調の異なるブラウン、ブロンズ系を掛け合わせて調合しているらしい。


 そして、エッフェル塔の昼間写真はどんだけ撮影しようが問題ないが、ライトアップ(夜間撮影)は著作権に引っかかるので勝手に撮影、掲載してはいけない決まりになっている。

 どうしても撮影したい人は、パリ市の申請許可が必要とのことだ。

 元々は設計者エッフェルが著作権を取得していたのだが、それが切れたのち、パリ市がその権利を買い取ったという。

 そして本来「電波塔」であるエッフェル塔のライトアップについては「意匠的な要素が付加されている作品」であるため、勝手に撮影できないという理屈らしい。

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