二月二十八日 エッセイ記念日

 エッセイの語源となった書物を執筆したルネサンス期フランスの哲学者であり思想家モラリストであるミシェル・ド・モンテーニュの誕生日に因んで制定された記念日。

 提唱したのは日本のエッセイスト団体KEG(木村治美エッセイストグループ)で、一般社団法人 日本記念日協会が認定したオフィシャル記念日だったが、平成二十九年(二〇一七年)に終了した現在では「元」記念日という扱いである。


 こんにち、エッセイストの元祖と言われているモンテーニュは天文元年(一五三二年)二月二十八日、フランス・ボルドー地方あたり(厳密には昔ペリゴールって呼ばれてた所)の貴族として生まれた。

 根っからの貴族というよりは、ひいおじいちゃんがめっちゃ稼いで成り上がった新興貴族という立ち位置で、元は裕福な商家であったと言われている。

 父親はボルドー市長を務めるような厳格な家庭で、ミシェルは六歳になるまでみっちり「ラテン語で」育った。

 当時としても相当稀な類の英才教育だ。

 父親とその友人(人文学者)の方針だったそうだが、盛り盛りの出来過ぎ君教育を受けた結果、ミシェルは順当に法学を学んで法官として就職していたりするし、本人の預かり知らないところで「次のボルドー市長に決まったで♪」と勝手に推挙されたりしている。


 これだけを記すと、まるで順風満帆なエリート人生を送っていそうなミシェルだが、当時のフランスは地獄のような宗教戦争を繰り広げている真っ最中だった。

 後世、ユグノー戦争と呼ばれるカトリック VS プロテスタントの抗争だが、第一次から第八次まで実に四十年ほど続いた「戦争」の実態は、基本的にカトリックによる新興勢力プロテスタントの大量虐殺である。

「ヴァシーの虐殺」や「サン・バルテルミの虐殺」などは、この頃の蛮行だ。


 この辺りの歴史は実際のところ、宗教の枠に留まらず、当時のヨーロッパ各国の情勢や政治がややこしく絡んでいるため、単純に宗教戦争と説くのは些か無理があるのだが、そこに言及すると収拾がつかなくなるので、この場では差し控えておく。


 何はともあれ、こういった惨状を目の当たりにしていたミシェルは、父親からボルドーの城を相続したタイミングで法官を辞任し、故郷に十年くらい引き篭もってしまった。

 この頃に、「随想録(エセー)」を執筆開始している。

 元亀三年(一五七二年)以降のこととされていて、日本では安土桃山時代初期あたり——織田信長が元気に信長包囲網を敷かれていた頃とだいたい重なる。


 試論エセイユという言葉どおり、従来の理論攻めみたいな哲学書とは異なり、自らの体験や感じたことを特に形式など気にせず書き連ね、古典を引用しながら「生きる意味、目的、探究」を思索したもの——という散文だ。


 そんなミシェル・ド・モンテーニュの掲げていた名言といえば「我、何をか知る(クセジュ)?」である。


「私は何を知っているというのか?(おそらく、何事についても確実に知っていることは何もない)」という反証として、これをスローガンにしていたという。


 ある意味、懐疑主義的でもあるのだが、(人間は真理を求めて探究する生き物だから)謙虚に自己を吟味し、独断や偏見に囚われてはならない——と考えていた。


 世の中で争いが絶えないのは「自己反省をせず、無知であることを知らず、謙虚でいられないから(=独断と偏見、相手への非寛容な心が争いのもとである)」と残しており、当時の状況を目の当たりにしたからこその境地だったのだろうと推察できる。

 現代社会でも十分に通用する考え方だ。

 常に己を省み、己を精査し、謙虚に己を吟味する——クセジュ(我、何をか知る)?


 もやもやを感じた時、目の前の出来事に行き詰まったと感じる時、フランス人になったつもりで(鼻から空気を抜かす感じで)脱力系もじゃもじゃ発音「クセジュ」を唱えてみると何だか楽しくなりそうだ。


 余談、ミシェルが「次のボルドー市長よろしくな!」と言われたのは、法官を辞任して引き篭っていた後の話で、ユグノー戦争を繰り広げるグッチャグチャの情勢下で、何とか双方の仲介を務めようと奮闘し、その傍で死ぬまで「エセー」の加筆修正を続けていたそうだ——その苦労、察するに余りある。

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