二月二十六日 二・二六事件が起こった日

 昭和十一年(一九三六年)二月二十六日、日本陸軍の一部の青年将校が起こしたクーデター未遂事件。

 わずか四日間の決起抵抗で鎮圧されたが、この事件が巻き起こした余波は後々、日本が泥沼の太平洋戦争へと突入していくきっかけとなった——と言ってもあながち間違いではない。


 この頃の日本は、アメリカ発世界恐慌の煽りから立ち直ることが出来ず、どん底のデフレ経済に陥っていた。

 特に地方の農家にとっては出荷野菜の価格下落が止まらずに疲弊し切っていたし、クーデターを起こすきっかけとなった陸軍部隊(歩兵第一・第三連隊等)所属の兵士は地方出身者が多かった。

 そして、彼らの一部(特に将校クラス)はこう考えた。

「地方が貧しいのは、どう考えても政治(と癒着する財閥)が悪い」


 そういう連中を軒並みシバキ倒して政治の中枢から追い出して、天皇集権制の軍国づくりをしたらエエやないか——そうや、昭和維新するんや!

(尚、天皇集権制の政治体制は、明治時代に「あれ、天皇負担大きすぎね?」ってことでやり方をちょっと改めたよ)


 ここで重要なのは、後々のクーデターターゲットは政治家(および軍人)であり天皇陛下に楯突くつもりは微塵もなかった——という点である。

 そして、当時の陸軍内部では反目する二大軍閥が出来上がっていて、タカ派の皇道派閥とトンビ派の統制派閥に二極化していたことが、事態を余計に拗らせた原因だったりする。

 どちらも基本は皇軍——天皇に忠誠を誓うというスタンスは同じなのだが、皇道派はとにかく武力ファーストで結果を出そうとする傾向にあり、一方の統制派は国丸ごと総力戦体制整えるのが先やんという考え方だった。

 穏健ハト派というほど穏やかではないが、タカよりはマシという感じではあった。


 皇道派は事件の前年、統制派によって重鎮たちが要職を追われたり、クーデターの中心人物となる士官クラスが免職されたりと割とキッパリやり込められていて、その報復として統制派で人事権を行使した局長クラスを惨殺したりと、歯止めが効かない状態に陥っていた。


 そして、武力ファーストな脳筋行動を起こしてしまった青年将校たちは、自分達直属の兵士たちを引き連れて総勢千五百名にはなろうかという大所帯で、霞ヶ関、警視庁、新聞社等々を襲撃し、首相(実際犠牲になったのは秘書。誤認されたよ……)や大臣クラス合わせて四名、警備にあたっていた警察官五名を次々と暗殺シバキ倒して回り、侍従長や他の警察官、看護師などの民間人らに重傷を負わせた。

 二月二十六日未明のことである。

 政治の中枢を完全制圧したクーデター部隊は、陸軍省の大臣に国家改造を要求するのだが、その内容は統制派の追放と罷免された皇道派の政権復帰という派閥丸出しの趣意書だった。

 もっとも、将校たちもある意味、追い詰められた結果としてのクーデターだったわけで、陸軍大臣もその点は同情的であった。


 だが、結果として青年将校たちのやり方は昭和天皇を大激怒させた。

 この時点で彼らは「賊軍」となり、陸軍のみならず海軍までが勅令をもって鎮圧に乗り出す事態となった。

 とはいえ、同族同軍同士での殺し合いなどしている場合ではない。

 実情を知らされていなかった多くの兵士たちは次々と説得に応じて投降し、首謀者の一部は自決、それ以外は軒並み逮捕されて霞ヶ関の武装解除が行われた。


 この後の展開が闇だったりする。

 将校たちがここまで暴走してしまった背景に、言葉と態度を曖昧にした皇道派のお偉いさんたちが与えた誤解が根底にあったりする。

 青年たちは、あくまでも陛下の周辺で権威を傘にきて横暴の限りを尽くす(と考えていた)連中を一掃するつもりで蜂起し、それは陛下も容認されていると思い込んでの軍事行動だった。

 それが明るみになると自分達の失態も追及されかねないと思ったお偉い方は、ロクな裁判も弁護もさせずに首謀者たち二十名弱を早々に処刑して事態の収拾を図っている。

 しかし結局、皇道派は政治の中枢から離脱を余儀なくされ、皇軍統制派で固められた軍部の力は増幅していき(二大派閥の頃は何やかんやお互いに権力を削ぎあってた)、その結果、内閣とのパワーバランスが完全崩壊していくのである。

(軍部が強すぎて、軍部の意向で内閣が総辞職させられることが度々起こったよ)


 日本が敗戦の末、終戦を迎える九年前の出来事である。

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