二月十四日 聖バレンタインデー
リア充最大のイベント「バレンタイン」。
日本では主に女性をターゲットに「バレンタインにはチョコレートを贈ろうゼ☆」と言い始めたのはモロゾフ(神戸)で、メリーチョコレート(東京)が大々的にキャンペーンを打ったことで爆発的に業界の販促が進んだ昭和三十年代以降に盛り上がり、そのまま季節イベントとして定着した。
バレンタインチョコレートは製菓会社の陰謀にハマった食いしん坊な日本独特のローカル文化と言い換えて差し支えない。
(そして筆者はモロゾフと言えば「プリン」と「レアチーズケーキ」の二択両得である)
さて、そんなバレンタインには由来となった聖人と、それにまつわる伝説的殉教が語られる。
時代は三世紀頃の初期ローマ時代に遡る。
市民人気の高かった軍人皇帝マルクス・アウレリウス・クラウディウス・ゴティクス(以下、クラウディウス二世)の治世での出来事だ。
当時のローマ兵は軍律と士気の点から婚姻が認められていなかった。
故郷に愛妻(あるいは恋人)を残していては任務や戦闘に支障をきたす可能性があるから——というのが理由だったとされている。そしてそれはクラウディウス二世直々の勅令だったそうだ。
そこに、「神を信じるものは救われる」と言わんばかりに、密かに勅令を無視して兵士たちとその恋人たちの婚姻を取り持つキリスト教司祭が現れる。それがバレンティヌス司祭だった。
信じるものはすぐバレた。
恋人たちには感謝されたが、クラウディウス二世は激おこである。
(ある意味、政治犯として)捕まった司祭は(己の信念に殉じ)謝罪も反省もしなかったため、当時のローマ社会において重要な祭りであったルペルカリア祭の生贄として、祭りの前日に処刑されることになった。
それが、紀元二六九年二月十四日のことだったという。
(クラウディウス二世の在位期間は、二六八年〜二七〇年)
さて、実はこの逸話はキリスト教をローマ社会に布教させるためのプロパガンダとして広められたフィクションだとする説がある。
皇帝クラウディウス二世については、その生い立ちから在位の期間等の記録が残されているのだが、バレンティヌス司祭については実際のところ詳細が語られておらず、モデルとなった西方教会の殉教者をブレンドして創られた人物(聖人)ではないかと後世考えられている。
そして、布教の一環として古代ローマ社会で重要な意味合いを持っていたルペルカリア祭が、そのままバレンティヌスブレンド(仮)を偲びつつ恋人たちの守護聖人と崇めて祀るイベントへとシフトし、時代を下ってこんにちに至るというわけだ。
では、元ネタとなったルペルカリア祭とは、いったいどんな祭りだったのか。
この祭りで実際に崇めて祀られていたのは、絶対神ユピテルの妻ユノ女神(ご利益:結婚、家庭運、豊穣、子宝安産祈願等)である。
ギリシャ神話ではヘラに相当する女神だが、六月(June)の語源でもある欧米社会では密かに浸透しきった異教のカミサマ代表格だ。
そして古代ローマ社会では平時、男女は別々の生活をしていたという。全裸や性には奔放だが、男女の住み分けには厳しかったようだ。
それが一年に一度、無礼講になる祭り——それがルペルカリア祭である。
この日のために、女性陣は自身の名前を書いた札を集荷箱(桶)に入れ、祭り当日、男性陣がくじ引き形式で札を取る。
引き当たった男女は祭りの間、そこかしこでパーリーナイする(察してくれ)というシステムだったらしい。平たくいうと、完全に出会い系アプリと変わらない感覚で近未来に生きていた古代ローマ人である。
その祭りを開催するにあたり、神への生贄儀式があったという。豊穣や多産を象徴する子牛や山羊が捧げられるのがセオリーだったそうだ。重要な祭りの進行には、全裸の健全な男性が二名選ばれるという。
そして、この出会い系パーティーは古代から千年以上続く大人気イベントだった……(歴史の深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている)
「いや、アウト——! 全員アウト——!(デデーン)」
そう叫んだのが禁欲的な戒律を持つキリスト教だったというのが、やんわりとした実態のようだ。
実際、バレンティヌスの殉教がヨーロッパ社会に広く浸透したのは中世の頃(十四世紀から十六世紀あたりにかけて)のことらしい。
こうして、バレンティヌスブレンドに取って代わられたイベントは、至極穏やかなものへと変貌を遂げてルペルカリア祭は歴史の表から消えていった。
いつの時代も婚活には苦労しているようである……。
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