一月二十一日 米ノーチラス号が進水した日

 ノーチラス号——元はフランスのSF作家ジュール・G・ヴェルヌの子供向け小説に登場する架空の潜水艦の名前だが、戦後、米主導のもと同じ名前を持つ世界初の原子力潜水艦が進水したのは、昭和二十九年(一九五四年)一月二十一日のことである。


 潜水艦そのものは、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけても実戦配備されていたが、当時の動力はディーゼルエンジンとバッテリーで構成されており、独特のオイル臭の中、温度管理の行き届かない狭い艦内の環境はなかなかに過酷だったようだ。

 加えて、バッテリーの充電に酸素を必要とするため一定時間毎に海面へ浮上しないといけない。

 当然、推進速度にも限界があるし、海上に出ている間は偵察機からも容易に探知されてしまうという撃沈リスクが付き纏う。

 こういったタイプの潜水艦を通常動力型と呼ぶのだが、それに対して考案されたのが原子力を動力とする潜水艦だった。


 最初の構想はドイツが持っていたようだが、実用化に漕ぎ着けたのはアメリカだったという感じだ。

 平たくいうと潜水艦内に小さな原子力発電所を作って、その電気を動力に艦内の様々な設備(エアコンも完備)の運用を賄う。

 発電に酸素もオイルも必要としないため、艦内の空気を汚すこともなく、発電のために浮上する必要もないし海中を長時間全力で推進することができる。

「核燃料の処理」を抜きにして考えた場合、非常に潜水艦向きの原動力だと言えた。

(実際、原爆よりも先に基礎研究は進められていて開発プロジェクトは始まっていたのだが、海軍と陸軍の折り合いなんやかんやで潜水艦は後回しにされた)


 その基礎研究段階を取りまとめていたのが、ロス・ガンやフィリップ・エーベルソンといった物理学者たちだとされている。

 彼らの研究がのちのマンハッタン計画(平たく掻い摘むと国選原爆開発チーム)に流用されている。


 戦後、後回しにされていた潜水艦への原子力導入をガンガン押し進めたのがハイマン・G・リッコヴァー海軍大将である。

 帝政ロシア時代のポーランドに生まれてアメリカへと渡ったユダヤ人で、相当な秀才だったようだが、同時になかなかクセが強い御仁(=海軍の問題児)でもあったようだ。言い方を変えればワンマンなカリスマ性があるとも表現できる。


 後世、原子力潜水艦といえばこの人という図式が成り立つくらい方々に働きかけて影響力を及ぼしていて、「(アメリカの)原子力海軍の父」なんて呼ばれていたりする。


 さて、このノーチラス号、全長九七・五メートル、幅八・五メートル、最大排水量三五二〇トン。

 機関部分に加圧水型原子炉を搭載し、蒸気タービン二基、ディーゼル四基、スクリュー二軸で稼働する仕様だ。

 乗員一〇七名を収容し、最大速力二三・三ノット(およそ時速四三キロメートル)で推進する。


 世界初の原子力航行を成功させ、世界初の北極点潜航通過も達成している艦艇である。昭和五十五年(一九八〇年)退役後は記念艦として米本国で展示保管されているとのことだ。


 因みに現状、世界で原子力潜水艦を保有しているのは、アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアとインドの六カ国だけだという。これを多いと考えるか少ないと考えるかは微妙なところだ。

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