十二月五日 フライト19事件が起こった日

 太平洋では戦争が終わり、かたや大西洋では新たな冷戦の幕開けとなった昭和二十年(一九四五年)十二月五日、十四時十分。

 アメリカ海軍所属の訓練生十三名と中尉クラスの教官一名が搭乗する訓練飛行中のアベンジャー雷撃機(第二次世界大戦で活躍したアメリカの主力爆撃機)五機とも行方をくらます事件が起こる。


 俗に「フライト19事件」と呼ばれる失踪事件は、フロリダ半島の先端とプエルトリコ、そしてバミューダ諸島を結んだ三角形の海域——いわゆる「バミューダトライアングル」で発生した。

 この表現は昭和四十九年(一九七四年)に発表されたアメリカの言語学者であり超常現象研究家でもある作家、チャールズ・ベルリッツの著書(史実を元にしたエンタメフィクション)によって世界的に広まったとされている。


 過去百年に遡り、およそ二千隻を超える船と二百機を超える飛行機がこの界隈で消息を絶っていることからオカルト的に「魔の海域」と記されている。


 それまでの事故について多くは民間の船や飛行機だったというが、さすがにアメリカ軍機が行方不明になったことで、「バミューダトライアングル」の怪異が世界的に(真面目に)注目されるようになった。

 いずれにしても、この海域での消息不明事件の中でトップクラスに有名であると言って差し支えない。


「方角が分からない、方向が掴めない。海が変だ」等々の記録は創作的フィクションであったことが明らかになっているが、当時のマイアミ管制官が傍受したとされる軍機の通信音声データの中では「コンパスに何らかのトラブルが発生していたらしい」やり取りがなされているそうだ。


 エンタメ、オカルト的な宇宙人誘拐説やブラックホール出現説は一旦置いておいて、幾分科学的な見解では、この海域(海底の地形による)特有の気象急変説や、海底から湧き上がるメタンハイドレートによる海中爆発によって船舶と海水の浮力バランスが失われたことによる沈没説、海底でマグマが冷えて固まり大量の玄武岩が生成されていることによる磁場異常説など、いくつか真面目な原因考察がなされている。


 その中で、平成二十八年(二〇一六年)に、コロラド州立大学の衛星気象学研究チームによって発表された仮説が近年、有力視されるようになったそうだ。


 衛星観測から導き出された通称「空気爆弾」と呼ばれる発達した積雲や積乱雲から爆発的威力で吹き下ろす下降気流ダウンバースト——その中でも水平方向に四キロメートルを超える範囲で広がる風が災害規模とされる下降気流(マイクロバースト)が原因であるとする説である。

 これは陸地でも起こる現象で、実際、一九七〇年代から九〇年代に起こったアメリカ国内の航空機事故について、下降気流が原因であったと結論づけられているものが四例ほど存在している。


 実に時速約二七〇キロメートル、秒速七五メートルというとんでもない速度で空から陸ないし海に向かって殴り降ろす爆風だ。

 因みに、これは家屋が倒壊する最強クラスの台風(だいたい秒速五四メートル)を遥かに圧倒する威力である。

 この現象が起こった後の上空では、まるで弾丸が飛び出した跡のように雲の中に六角形をした大小様々の穴が空いているのが衛星写真で目視できるという。


「空気爆弾」と表現するのも納得で、直撃を食らったら理論上、機体も船舶も一瞬で木っ端微塵になって大量の海水柱ごと海底に押し込まれることになる——という突発的に発生して短時間で収束する自然現象である。

 非常にレーダーに反応しづらく、観測器でも捉えにくいため、あたかも船や機体が一瞬で消えたように錯覚するらしい。


 衛星観測と気象予報が精度を高めた近年、この海域での遭難事件は帆船の航海が活発だった十九世紀頃からフライト19に代表される二十世紀を境に、二十一世紀に入ってからは、ほぼ報告されていないという。

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