十一月二十四日 ダーウィンさんが満を持して「種の起源」を出版したそうです

 チャールズ・R・ダーウィン——イギリスを代表する地質学者であり生物学者であり博物学者であり発生学者であり(学問の守備範囲が広すぎるので、以下略)。


「すべての生物は、共通の祖先を持ち長い年月をかけて進化し、多様化した」その過程を自然選択と説く、現代では生物進化学を語る上で、もはや常識となった基本的な考え方である。

 ダーウィンの進化論として有名な著書「種の起源」。

 この本が出版されたのは、安政六年(一八五九年)十一月二十四日——日本ではペリーが既に来航済という激動の幕末期にあたる。


 今では常識と考えられている「進化論」だが、キリスト教が絶対的支配力を持つ欧米では物議の対象となり、相当数のアンチの集中砲火を浴びることになった。

 というのも、キリスト教世界では「万物は神によって初めからそうあるようにデザインされたもの」であるという考え方(=創造論)が「常識」だったからだ。

 つまり、「ヒトが猿から進化したとか本気? 馬鹿なの?」というスタンスであるため、ヒトとサルが同種と言うのは人の尊厳と神を冒涜する所業であると本気で信じていた欧米だ。


 ダーウィンの提唱した説は、キリスト教の根幹を覆す異端的考え方であり、敬虔なキリスト教徒にとっては「叛逆的」とさえ思える悪魔の思考だったわけである。

 これが、産業革命を経て世界中の海を荒らし回っていた近代の話ということに、改めて驚く。科学と宗教が完全に闇鍋状態でごちゃ混ぜだったと言い換えられるだろう。


 もっとも、ダーウィンも根っからの欧米人(しかも相当な裕福層)だ。

 学生時代には牧師を目指してケンブリッジ大学でキリスト教神学を専攻していたほどだったので、欧米的キリスト教思考は十分に理解していた。

(ダーウィンの両親は息子を医者にしたかったようだが、本人は「あ、俺向いてねぇ」と早々に医者を諦めた)

 その上で、自分の提唱する説を補強するため時間をかけて徹底的に調べ尽くし、更には信頼のおける友人知人にネタを小出しにしながら反応を窺い、更に説得力のある仮説になるよう磨き上げるという工程をこれでもかと繰り返している。

 その間、ばっくりと十三年——確かに、この人医者には向いてないわ……と納得する。


 この期間に類似の仮説を立てる学者が現れる。

 それが同じイギリス人博物学者であり生物学者であり、地質学者であり人類学者であり(以下略)アルフレッド・R・ウォレスである。


「あ、ヤッベ。時間かけすぎたわ」

 とダーウィンが思ったかは定かではないが、この二人は共著という形で概略版種の起源を発表することになる。

 厳密には一致しない二人の仮説(ばっくりとした方向性は同じ)は、その後それぞれ細密化した書籍で進化論を発表するに至るのだが、何にせよ時代が時代だけに完全な変人扱いをされていた(本人たちは気にしていない)。


 時代をくだり現代、第二六四代ローマ教皇(故ヨハネ・パウロ二世)でさえ「既に仮説の域を超えており、カトリックの教えと矛盾しない」と科学的見地からの進化論を否定していない。

 もう少し補足すると、肉体的な変化の過程と精神的成熟は別物であるとしており、何なら「変化の過程もまた神の設計図(=創造)のうちに行われている」という解釈を付加して自分たちのアイデンティティと共存させるという着地点を見出している。

 一方で、若干過激とも思える熱狂的な「福音派エヴァンジェリカル」と呼ばれる人たち(アメリカでもおよそ1/4を占めるそれなりの支持層が存在している)などは、聖書の教えが絶対であり真であるという見解のもと未だに「進化論」否定派だったりする。

 この考え方はイスラム世界や他の宗教にも一部存在し、二十一世紀の現在でも教科書に「進化論」を載せない地域がある。宗教とは何ともデリケートだ。


 個別の信念はさて置いて、改めてダーウィンの偉大なところは、「自分の目で実際に見て、経験して、気付いたことを徹底的に調べ上げる」という一貫した姿勢でいたことだと思っている。

 たとえ、それが当時の「常識」とかけ離れていた事柄であったとしても非常にフラットなものの見方ができたこと、その柔軟性は大いに見習いたい。


 It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is most adaptable to change.

「もっとも強い種が生き残るのではない、もっとも優れたものが生き残るのでもない。もっとも変化に適応できたものが生き残るのである」


 The man who dares to waste one hour of time has not discovered the value of life.

「一時間を無駄にする者は未だ人生の価値に気付いていない」


 これらはダーウィンの代表的な名言とされているが、従来世界の常識を覆した根っからの学者気質の言葉が、刺さりすぎて痛い。

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