十月六日 世界最古のオペラが上演された日

 慶長五年(一六〇〇年)、現在のイタリア共和国フィレンツェ(当時はトスカーナ大公国)十月六日。ルネサンス様式の広大なピッティ宮殿(トスカーナ大公宮)にて、世界最古と言われるオペラが初演を迎えた。


 興業ではなく、フランス王アンリ四世とトスカーナ大公の娘マリア・デ・メディチ(仏読マリー・ド・メディシス)の婚礼の余興として上演された。


 音楽の世界でいえば、時代はルネサンス音楽からバロック音楽へと移行を始めた頃だ。(日本では安土桃山から江戸時代へ移行しようとしてた時期)

「ルネッサーンス、もう結構ええざーんす!」とアンチコメントしていた文化人の皆さんが新しい音楽サークルを結成して、ど偉い人たちのめでたい宴に新しい音楽を披露した——という経緯がある。


 もう少し掘り下げると、ルネサンス期の音楽はポリフォニー(複数の独立声部で構成される合唱)が主流で、要は協和音の美しさが命だったのだが、アンチの皆さんは「もっと感情表現とか会話の延長みたいな歌やりたいやん」という主張だった。

 そんな新しい音楽サークルのモットーは「古代ギリシャに回帰かえろうや」というわけで、題材にしたのもギリシャ神話だ。


 ちなみに、この音楽サークルはフィレンツェ屈指の音楽家、詩人、人文学者、知識人なんかがメンバーに加わっていて、初めてオペラを作曲したヤコボ・ペーリやジュリオ・カッチーニ、ガリレオ・ガリレイの父ちゃん(ヴィンチェンツォ・ガリレイ)なんかも在籍していた。


 そんなこんなで出来上がったのが、歌劇「エウリディーチェ」だ。


 会話から滑らかに歌へ繋げたり、不協和音をぶつけ合ってから協和音で解消することで生々しい感情表現を試みたり、吟遊詩人のような語り手の独特の節回しが特徴的な舞台のモチーフは、ギリシャ神話の有名な悲恋「オルフェウスの竪琴」である。


 え、まじで? と思うのも無理はない。


 最愛の妻エウリディケを蛇毒で失った竪琴奏者オルフェウスが冥界まで妻を取り返しに行ったものの、「地上に出るまで振り返ってはいけない」という約束を破って、結局エウリディケは永久に冥界に囚われてしまい、それを嘆き悲しんだオルフェウスもまた死んでしまう……という悲劇なのだ。


 国境を跨いだド偉い人たちのめでたい席で上演する題材として、それは如何なものか……と思ってしまうが、この舞台では冥界の王様プルトーネがエエ人なので、オルフェオとエウリディーチェは無事に地上へ帰りつき、「地上っていいな、音楽っていいな♪」という良い感じで幕が降りる。

 ウォルトの夢の国シリーズの原点がここにある(偏見)


 さて、夏の夜空の大三角——その一角を占める琴座は、十月現在、そろそろ西の地平線近くに降りてきている。一等星ベガを眺められるシーズンもそろそろ終わりを告げようとしている。

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