九月二十四日 世界ゴリラの日

 ダイアン・フォッシー国際ゴリラ財団によって、平成二十九年(二〇一七年)に制定された記念日。

 世界的に絶滅の危機にあるゴリラ(および大型霊長類)とその生息地の保護を呼びかける運動を展開している団体だ。


 ダイアン・フォッシーといえば、世界三大霊長類学者として名前のあがるアメリカ人動物学者(霊長類・動物行動学に精通)である。

 特にマウンテンゴリラを専門に研究、保護活動を続けてきたが、昭和六十年(一九八五年)に活動拠点としていたルワンダで殺害されている。

 犯人は捕まっておらず、そういう意味では現在も未解決事件であるが、フォッシーは動物学者である傍ら、少々過激なゴリラおよび環境保護活動家でもあった。


 野生のゴリラはそもそも人間の持つ病原に対して免疫を持っておらず、観光や密猟目的で近づく人間が媒介する伝染病に罹患し命を落とすケースがあると報告し、フォッシーは政府やその手の業界団体をたびたび非難していたそうだ。

 また、自分たちが研究、保護のために観察していたゴリラの群れが密猟者に襲われる事件などもあったという。

 殺された個体(フォッシーは「ディジット」と名前を付けていた)などは、手を切り取って持ち去られ「灰皿」として売られていたというから酷い話だ。


 この事件をきっかけに、フォッシーはアンチ密猟団体として「ディジット基金」を立ち上げ、集まった義捐金ぎえんきんは密猟抗議活動資金に充てられた。

 この「ディジット基金」が、こんにちの「ダイアン・フォッシー国際ゴリラ財団」の前身である。


 以後、フォッシーは動物学者としての研究よりも、アンチ密猟、アンチ観光団体活動家として行動することが多くなり、抗議も一層過激になっていったという。

 フォッシーが命を落とした背景には、おそらくゴリラで生計を立てている団体(密猟者を含む)が絡んでいると考えられるが、真相は今もって明かされていない。

 当時のルワンダとその周辺国は内戦に次ぐ内戦で情勢が安定しておらず、さらに追い討ちをかけたのが、平成六年(一九九四年)の「ルワンダ虐殺」だった。


 フォッシーの死後、名前を改めたディジット基金は、国際ゴリラ財団として学生たちが引き続き、現地でゴリラの観察と環境保護に努めてきた。

 しかし、一九九四年の混乱期に研究拠点は略奪され、環境もろとも破壊され尽くしたそうだ。

 残っているのは、フォッシー殺害現場となった小屋だけだという。


 余談だが、この財団を支援する団体の一つが京都市左京区にある「京都市動物園」である。

 公式サイトによると毎年、九月二十四日の「世界ゴリラの日」にゴリラの生態や保全活動などを紹介するイベントを催しているそうだ。

 コロナ禍の現在、動物園は緊急事態宣言を受けて秋分の日から臨時休園しているが、「世界ゴリラの日」イベントについては、インスタグラムで講演会の様子を配信予定だという。

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