六月四日 いつの世も犠牲になるのは幼い子供

 六月四日は「侵略による罪のない幼児犠牲者の国際デー」であるそうだ。国連総会決議のもと制定された正式な国際デーの一つである。


 遡ること昭和五十七年(一九八二年)六月四日。この日から三日間の日程でフランス、ヴェルサイユ宮殿にて第八回サミットが開催された。俗にいう、六・六ヴェルサイユ宣言である。(悪名高いヴェルサイユ条約とはまた別案件である、念の為)


 このサミット自体が何か問題があったというわけではない。つつがなく六月六日、無事に日程を終えている。

 いや、厳密には無事ではない。サミット主要国であるイギリスは、目下、アルゼンチンと三ヶ月に及ぶ戦争中であった。

 もっともそれは、海の向こうの場外乱闘のようなものだが、もっと問題なのはサミットを終えた六月六日、その日にイスラエルがレバノン侵攻を開始していることではなかろうか。


 イスラエル・パレスチナ・レバノン、この辺りは中東の火薬庫、ヨーロッパの火種等々常に情勢不安に煽られている地域一帯だ。断続的に戦闘を繰り返してきた土地だが、この衝突が第五次中東戦争と位置付けられている。


 先立ちレバノンでは、PLO(パレスチナ解放機構)が駐英大使へのテロを展開し、イスラエルが報復目的で越境し、連日どんどんパチパチ派手に暴れ回る中、レバノンに押し寄せるパレスチナ難民の保護を名目に欧米が多国籍軍を投入するという、これ以上ない混沌とした状況に陥っていた。

 そんな中、いつでも真っ先に犠牲になるのは自分の力で自分の身を守ることもできない幼い子供たちである。一説によるとこの時の死傷者は五万人を超え、六十万人もの人が家を無くしたという。


 その被害状況の大きさに、国連も声を挙げざるを得なかったということだろうか。同年八月に緊急国際会議の場が持たれ、「侵略による罪のない幼児犠牲者の国際デー」が決議された。


 二〇二一年現在、つい先月も、このコロナ禍の中でイスラエルがパレスチナへ侵攻したが、わずか十一日の空爆で、イスラエルが被った過去二十年間の死者数を超える死傷者がパレスチナ・ガザ地区に出たというから心の痛む話だ。

 本当に、いつまでこんなことが続くのだろうか。

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