第34話 宿れ、言霊
金曜日、かなえは、あの店へと向かった。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは店内を見回したが、まだ小鯖の姿はなかった。
かなえは、あいているカウンター席に座った。
今日も、回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
いつもよりレーンに乗っている甘エビの数が多い気がする。
甘エビばかりが回転している。たぶん、気のせいではない。
しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
かなえは、ノートを開く。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。
『確かに僕にとって甘エビは、天エビであり、雨エビかもしれませんね。ラーメン屋『ことだま』は素敵な店です。また行かなくては。 鋤柄』
鋤柄さん!!
わたしも大河原さんとか関係なく、『ことだま』行きますよ!もちろん!!
鋤柄さんがそこへ行くのなら!!
『ことだま』のノートにもまた鋤柄さんは戻って来てくれますか?
鋤柄さんなら、きっとまた、ノートにも現れますよね?
嬉しさが込み上げる。
かなえは甘エビを頬張った。
甘エビがいつもよりも甘い気がする。
でもこれは、きっと気のせいなんだろう。
今日は、あの鯖男が来る前に帰ろう。
この美味しさのままに。
ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『“ことだま”にも“言霊”が、宿りますように。 中条かなえ』
かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。
ノートは、回転するレーンに乗り、かなえの前を通り過ぎ流れて行く。
あれ……、待てよ?
もし、鋤柄さんが本格的に『ことだま』にも通うようになったとしたら……
あのノートの鋤園さんって……
うわっ、ヤバイ!あれは、どうしたら!
ノートの中で、鋤園さんと鋤柄さんが出逢ってしまっては、まずくないか!?
もし鋤柄さんが、“中条かなえ”より“鋤園直子(仮)”のことがお気に入りになり、絡み始めたりなんかでもしたら……!!
ん?果たしてこれは、まずいのか?
っていうか、わたしが“鋤園直子(仮)”じゃん!!
別にどちらと絡んでくれても問題はないはずだ。
鋤園さんは、かなえさんのライバルではなく味方だ。
鋤園さんに逢いたいと鋤柄さんが思ったとしても、結果わたしが逢えるのだから。
むしろ、逢える可能性をわたしが広げたのではないか?
一石二鳥、三鳥四鳥だ!
わたしの想いが、この“文字”に宿って、“言霊”となって、鋤柄さんに届きますように。
× × ×
男の手が、動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
ノートを開くと、何かを挟み込んだ。
× × ×
小鯖がいつものように店にやって来た。
すでに、かなえの姿はそこになかった。
「あれっ?かなえさん、いないなぁ……」
小鯖はあいているカウンター席に座った。
回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
鯖を食べている時だった。
回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、小鯖のもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
ノートには何かチラシが挟まっており、それは少しはみ出していた。
小鯖はそれが気になり、動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
小鯖は、ノートを開く。
「鋤柄……。こいつが……」
小鯖は挟んであったチラシを抜き取り、見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます