第20話 透明を探す茶色なわたし
火曜日がやって来た。
怪人の討論番組も気になる。かなえの足はあの店に向いていた。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座った。
テレビでは、『真剣怪人しゃべくり場』が始まった。
× × ×
エモーション「この番組は人間の生態を調べる実験を繰り返した怪人が、現代を生きる人間と対談し、疑問を解消していく番組だ。司会はわたし、怪人エモーションだ!そして、怪人代表はアルマ。人間代表はシオンでお届けする」
アルマ「シオンは人間代表といっても、改造人間じゃない!!」
シオン「思考は人間だ!誰のせいで改造人間になったと思っている!!」
アルマ「あら、それはあなたが勝手に改造したんじゃない。気持ち悪い!!」
シオン「先週と全く同じやり取りになってるぞ!これでは再放送だ!!」
エモーション「さぁ、それでは今週の議題といこう。今週は色のイメージについて考える。どうやら人間というのは色にイメージをもつらしい。君達は何色が好きだ?」
シオン「やはり、青ですかね?空の色ですし、爽やかなイメージがあります」
アルマ「人間の血の色という観点では、やはり赤ではないでしょうか?興味深い色といえば、茶色です」
シオン「茶色?」
アルマ「人間があまり好ましくないと思っているようなので」
シオン「まぁ、確かに嫌いな色として名があがることもあるし、人気な色ではないか……」
アルマ「そのくせ、家具や床、服、髪の色に至るまで、人間は日常的に大量の茶色を摂取しているのです」
エモーション「“茶色”は、“茶”ではないのか。赤、青、に対して、茶色は呼ぶ時“色”がつけられがちではないか。何故、飲む“茶”と同じ呼び方にしたのだ。紛らわしいぞ!ちなみにわたしは、透明が好きだ!」
シオン「透明!?それは色なのか?」
エモーション「透明は色ではないだと!?そもそも、この世界には人間の目に見えない色が存在しているのだ。全て見えている気になっている人間よ、愚かにも程があるぞ!!この世界には、姿が見えないからこその魅力だってあるのだ」
シオン「なんで俺が怒られるんだ!」
エモーション「人間代表だからだ!ちなみに美味しいと呼ばれる食べ物はたいてい茶色だ。醤油ラーメンも、まさに茶色だ!!」
アルマ「茶色はもっと尊敬されるべきね。ちなみに食欲がなくなる色は青や紫だそうよ」
エモーション「ダイエットしたい人間は、紫の食事をすることを心がけよう。素晴らしいダイエットになりそうだな。期待しているぞ!」
× × ×
怪人の言う通り、この世界には人間の目に見えないものが沢山存在している。
それは色だけじゃない。ノートの中の“文字だけの君”も。
かなえは、テレビの横にあるノートとボールペンに手を伸ばした。
ノートを開くと、そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『誰かを心から愛せたら幸せなのだろうか?結婚することが幸せなのだろうか?』
「これって、わたしが前、ノートに書いた言葉……」
まるで、それは過去のわたしだった。
一年前、ここに置かれていた古くぼろいノート。
嘗てわたしは、“文字だけの君”である“鋤柄直樹(仮)”に同じことを尋ねた。
懐かしくもあり、自分自身でもあり、不思議だった。
鋤柄さんは、もうこの店には来ないのだろうか……。
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『無理して結婚する必要はあるのでしょうか?一緒にいて落ち着くのが茶色だと分かっていたとしても、きっとそれでも、透明を求めてしまうのだろう。』
かなえはノートを閉じると、美味しい茶色の醤油ラーメンをすすった。
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