第21話 白紙
金曜日、かなえは、やはりあの店へと向かっていた。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
かなえは、あいているカウンター席に座った。
回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
かなえは流れてきた寿司を手に取り、食べ始めた。
しばらくすると、回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。
やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。
そこには、『書いたらお戻しください』とあった。
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
ノートを開くと、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”は書かれていなかった。
「鋤柄さん!!!」
かなえは凍り付いた。
書いてない……!!!
いつも来た時、必ず返事が書かれている。
なのに、なのに今日は返事がない。
嘘でしょ……
鋤柄さん、そんなの嘘でしょ!!
ノートから、鋤柄さんが消えた……
消えてしまった……
わたしが、消してしまった……
“わたしはいつも、鋤柄さんに聞いてばかりです。鋤柄さんは、何かわたしに聞きたいことはありませんか?”
その答えは、“白紙”だった……
あれからこのお店に来れてなくて、このノートをまだ見てないだけかもしれない!
そう思いたい気持ちもあった。
けど、鋤柄さんはそんな人じゃない。
そうやって、消えてしまう人だ。
『ことだま』の時もそうだった。
“鋤柄さんは、いつこのお店に来ていますか?”
そう尋ねてから、鋤柄さんは消えてしまったんだ。
そして交換日記は、わたしの日記になってしまったんだ。
やってしまった。
調子に乗り過ぎた。
わたしは、同じミスをしでかした。
突然、店の戸が開く音がした。
まさか、鋤柄さん!?
かなえは慌てて戸の方を振り返った。
しかし、現れたのは小鯖だった。
小鯖は、かなえを見つけると当たり前のように隣に座った。
「そんな、あからさまにがっかりした顔しないでくださいよ」
「……」
「少しは僕のこと、待っててくれたんじゃないんですか?」
「……」
やっと小鯖は異変に気がついた。
「かなえさん?何かあったんですか?食欲ないんですか?今日はまだ3皿しか食べてないじゃないですか!しかも、わ……わさびなすばかり!?」
「知ってました?青や紫は、食欲がなくなる色らしいですよ。ダイエットに最適ですよね……」
かなえは、わさびなすの皿を手に取った。
鋤柄さんは、わたしに興味なんてなかった。
わたしの交換日記に仕方なく付き合ってくれている人だった……。
苦しい……
かなえは、何も書かずに、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。
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