第8話
意味が分からないと困惑の意を示すレンに、小さくキアラは舌打ちをしてユリイナの方を横目で見る。
未だユリイナは考え込むように顎に手を当てている。
その様子は非常に静かで、真剣さが滲み出ていた。
しかし、キアラは苦虫を嚙み潰したように顔を歪める。
もう一刻の猶予もない。
また同じ終わりを辿るわけにはいかない。
今度こそ、今度こそ。焦りにも似た感情のままにキアラはレンに説明をする。
「いいか?あいつは…あの天使の皮を被った悪魔は非常に危険だ。誰よりも全員の幸せを願っている。誰よりも生き物という生き物を守ろうとする。他人の苦痛にはそれ以上の苦痛を味わい、誰かの痛みには心身問わず身を引き裂かれたかのように痛みを負う」
「それはなんとなく…」
この短い時間でレンだってそれは感じていた。
獣人だからと差別せず、人間からの無理な依頼にまるで自分の事のように憤ってくれたから。
そこまで考えた所でふと引っかかる点があることに気付く。
「…あれ、それだと…報復を考えるのはおかしくないか?」
自分に無理難題を押し付けた存在がいると知った瞬間のユリイナの表情の変化は言葉に出来ないほどおぞましかった。
ただそれは自分の為に怒ってくれていると素直に嬉しかった。
だけれど、それは全員の幸せを願っているという事実から外れる。いや、矛盾が生じている。
キアラもこのことは知らないが、報復という言葉を聞き深く頷いた。
それは今日の出来事以外にも似たような事象があったことを示していた。
「ああそうだ。あいつは全員の幸せを願うあまり、心労になりそうな存在は消しにかかる。相手が苦痛を感じる間もなく、本当に存在自体を消すようにすぱりと」
嫌な汗がレンの背中を伝っていった。
完全な世界平和などは無理だと随分前に一人の学者が主張していたのを思い出す。
何故なら人はそれぞれが意見を主張し必ずと言っていいほどぶつかり合い争いに発展する。
その規模は戦争のような大規模で会ったり、個人間の小さなものであったり大小は様々。
だけれどそれすらはユリイナは許さないとキアラは知っている。
もしもこのことに気付けないようであるのなら伝えようと思いながら次の言葉を待つ。
レンは一旦自分の抱いていた像をかなぐり捨て、キアラの言う像からユリイナが目指す世界平和について考察をする。
どうやって、どのようにするのか。
数秒後一つの結論が浮かんできてゆっくりと口から零れ落ちていく。
「…害となる存在全てを消して争いを起こさない人だけを残し、言い争うことすらもない完全な世界平和を目指そうとしている」
それでは生き物の厳選だ、とレンは心の中で呟いた。
残酷だけれどある意味では正しい選択は、先ほどキアラの言った言葉が当てはまる。
――天使の皮を被った悪魔
それこそがユリイナという人を表すのに最も正しい言葉なのだ。
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