34話 異世界への入り口はドアにあらず



 風の絶対者との戦いから一夜明け、シュレイド一行は王都の隣街の下水道で体育座りの体制で蹲っていた。




 当然だろう。




 俺が風の絶対者にやらかした事を考えれば、共犯の二人の気分が良い筈がない。




 これからどうしようかな……




 チラリと二人を見る。


 リィリィは青い顔して震えてるし、セレーネはいつになく沈んだ表情をしていた。




 何か気の利いた事を言えたらいいのだが、あの作戦は俺が思い付いて俺が引き金を引いた事なので、そんな俺が何を言っても無駄に二人を苛立たせるだけだろう。








 「わ、ワタシっ、飲み物とか買ってくるです! 」




 徐に立ち上がるリィリィ。


 彼女は俺が何か言う前に、トタトタと走って行ってしまった。




 うぅ……セレーネと二人きりになってしまった……




 最近コイツに対して何かと酷いことばっかりしてしまっていて、率直に言って気まずい。




 当然謝りはした。


 誠意、罪悪感を乗せて、しっかり謝ったつもりだ。




 けれど、そんな事では彼女と俺との間の摩擦は無くならないのだ。


 謝って、納得して、それですぐに元の関係に戻れるなど、あり得る筈もないのだから……




 「俺も……何か適当に買ってくるぁ……」




 と、逃げる様に腰を上げようとした時だった。




 「……」




 無言で服の裾をセレーネに掴まれた。




 「……」




 俺は上がりかけの腰を無言で下ろした。




 「シュレイド、せっかく二人きりですので、話したい事がありますの。」




 どこか、少し強張った瞳で俺を射抜くセレーネ。


 俺はそれを真っ直ぐ見つめ返し、無言で首を縦に振った。








 一ヶ月程前。




 ここは天空王国王宮。


 セレーネにとっては貴族パーティーなどで度々訪れている場所だ。




 今日は王子の誕生日パーティーという事もあって、セレーネは午前の内から王宮へと赴いていた。




 「ふぁあ……眠いですわね……」




 前日緊張で多少夜更かししたせいか、頭がくらくらする。


 貴族たるものビシッとしてなきゃならないけれど、どうしてもフラついてしまう。




 王宮の廊下はこんなに長かっただろうか。




 寝ぼけていた私はその廊下の赤い絨毯を整えている従者に気が付かづ、その痩せた体に躓いて転んでしまった。




 「あっ! も、申し訳ありません! 」




 痩せた少女が咄嗟に私を支える。




 甲高い声が嫌にうるさく、寝ぼけた頭が更に痛くなった。




 「うっ、うるせぇですわ! 」




 セレーネは苛立ちに任せて少女の後頭部を叩いた。




 少女は叩かれた頭を押さえる事もせず、セレーネに頭を下げた。




 「申し訳ありません……」




 こうぺこぺこ謝られては流石のセレーネもばつが悪い。




 「けっ、」




 そう言い残してセレーネは歩き去った。








 次の日。




 セレーネは両親と共に屋敷のリビングで朝食のバナナを食べていた。


 昨日の少女との一件もとうに忘れて、いつも通りに。




 バァン!




 屋敷のドアが乱暴に開け放たれた。




 「だ、誰だ! ここが大貴族の屋敷と知っての狼藉か? 」




 父が席を立った。


 母も腰を少し上げて様子を伺っている。


 セレーネだけが呑気に2本目のバナナへと手を伸ばしていた。




 「貴族令嬢セレーネ・ゴージャス! 貴女には不敬罪の容疑が掛かっている! 」




 「へ? 」




 セレーネは咥えていたバナナを口から零した。








 私が昨日ぶっ叩いた少女は王子お気に入りの使用人であり、その事を咎められ不敬罪となったらしい。




 明日にはムショ行きの迎えが来るらしい。


 今晩はそんな私への最後の猶予だった。




 皮肉の様に豪華な自室のベットの上で、セレーネはこれからの事を考えようとしていた。 


 が、両親の啜り泣く声が部屋の外から聞こえて、どうも考えが纏まらなかった。




 貴族序列。


 この国の要人の偉さの順位の様なものだ。


 セレーネのゴージャス家はその序列に名を連ねる程の名家である。




 たとえ偉さNo1の王子に不敬罪を言い渡されても、それ程の名家の人間が何か言えば考え直して貰えそうなものではなかろうか?




 しかしそうはならない、この耳障りな泣き声が聞こえ続ける限りは。




 両親は王子に逆らう様な物言いをしてゴージャス家の位が下がるのを恐れているのだろうか?


 それとも単に考えが及ばないだけなのだろうか?




 セレーネには分からなかった。


 ただ一つ、両親が"そうはしなかった"という事以外は、何一つ分からなかった。




 そこまで考えた途端、セレーネは自室の窓に向けて走り出していた。




 バリィイイイイイイイイイイン!




 「くそったれえええええええええええええええええええええええですわ! 」




 窓を突き破って屋敷から飛び出す。


 悪役令嬢セレーネの誕生だった。








 誰もが夕食を食べ終わり、床につく時間。


 僅かな蝋燭が心細く白い道を照らす王都を走り抜け、彼女は隣町まで行き着いていた。




 れ、冷静に考えてとんでもない事をしでかしちゃいましたわね……




 走って、疲れて、逆に頭が冷静になった。


 途端に心細さに包まれる。




 い、今からでも帰ろうかしら……




 それは出来ないと心の底では理解していた。


 あの屋敷は沈みゆく船。


 今日あのベットで眠っていたら、セレーネに明日の朝日は無いのだから……




 セレーネは辺りを見回し、そして自分の体を弄った。




 持っているものは部屋から咄嗟に持ち出した鞄と、今朝零したっきり懐に挟まっていた食いかけのバナナだけだった。




 乱暴にバナナの皮を剥いてバナナを貪る。




 皮はそこらに捨てようと思ったが、それを良心が咎めた気がして、結局バナナの皮は鞄に詰め込んだ。

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