30話 敗北


 楔を抜き、僕は地上へと戻った。


 王城のベランダから辺りを見渡そうとした所で、声を掛けられた。




 「王子! 」




 「父上! 」




 父上、偉大なる天空王国の国王だ。




 「父上! 私はやりました! これで天空王国は救われます! 」




 地下室で引き抜いた『絶対者の楔』を掲げて見せる。




 父上は国の行く末を憂いていた。


 ここで大きな成果を見せて安心させてやりたい。




 が、それを見た父上は、信じ難い表情をした。




 「な、何故その様な顔をするのですか……? 」




 これで国は救われると言うのに……




 「……何故お前がそれを持っている? 」




 「全く父上、質問を質問で返すなんて———」




 「いいから答えろッ! 」




 温厚な父上らしくない、程走る火炎を思わせる様な怒気を孕んだ声だった。




 萎縮した。




 「ぴ、ピスティが……」




 僕がそこまで言うと、父上はその視線を僕から別の方えと移した。




 「あの女狐め……これが狙いだったか! 」




 「ち、父上? これで王国は救われるんですよね……? 」




 「逆だ。風の絶対者との契約により、敵を滅した後この国は滅ぼされる。」




 父上の震えた声を聞き、僕は楔を取り落とした。




 王族は無力にも、絶対者に蹂躙される王都を見守るのみであった。










 処刑人に絶対者の首を切らせる作戦が失敗し、もう打つ手なしのシュレイド一行は、全力で逃走、王都の端まで来ていた。




 「よっし、こんなとんでもねー所からはおさらばだ! 」




 先頭のシュレイドが王都から出る———その時だった。




 バチィン!




 シュレイドは見えない壁に弾かれたかの様に、後ろへ吹っ飛んだ。




 「な、なんですの!? 」




 「何かに弾かれたみたいだ……」




 よくよく王都の出口を見てみると、うっすらとカーテンでもかかっているかのように視界が悪い。


 俺が弾かれた事と言い、視界が悪い事といい……




 まさかな……




 俺は浮かんだ疑問を払拭する様に、加工魔法で長さ2メートルぐらいのオリハルコンの棒を作り、それで視界の悪い所をつついた。




 バキバキガシャギバッキーーーン!




 「あのめちゃくちゃ硬いオリハルコンが木っ端微塵に! 」




 「これは……もう疑いようが無いですですね……」




 王都は風のバリアで閉ざされ、脱出不可能の処刑場と化した!




 「な、なぁ、銀行強盗で手に入れた金がまだまだ残ってたよな? 3000万ぐらいで見逃して貰えねーかな……」




 「絶対者は世界の理の外の存在、人間の金なんて彼等に使う機会ねーですよ。」




 「ですわね……」




 絶望再び。




 「と、とりあえず比較的にでも安全な場所を探すんですわ! 」








 それからシュレイド達は王都を駆け回った。


 瓦礫に瓦礫。


 高そうな服を汚して必死な人。


 瓦礫の下敷きの人にその場に蹲る人。


 なんだか分からない叫び声を上げていた人は目の前で潰れた。




 無力だった。


 魔王の力を継承したチート級の強さを持ってしても、どうにもならない無力。




 「気を落としてはいけませんわ。流石に絶対者は相手が悪い。」




 「勝ち目ねーですです。」




 シュレイドに並走して王都を駆ける二人が彼に励ましの言葉を送る———それが気休めにもならない事を全員が理解しながら。




 「こんな時でも俺の表情を見れるなんて、二人とも、優しい……いや、強いな。」




 「あ? こんな時に嫌味ですです? 」




 「あんま無駄口叩いてっとすり潰しますわよ? 」




 前言撤回。






 「たっ、助けてくれぇええええええ! 」




 目の前から小太りの貴族風の男が叫びながらやって来た。




 「かっ、金ならいくらでもやる! だから命、あっ、死にたくないいいいいいい! 」




 「退けジジイ! こっちだっていつ来るか分からねぇクソバカ攻撃から逃げてんだ、余裕ねぇからどっか行かねぇと今殺すぞ! 」




 俺は足に縋り付いた貴族を蹴飛ばした。


 すると貴族は鞄から取り出したお札を並べて———




 「金っ、金! これが有れば何でも出来た! 事業に成功して得た金を国に納めたら、クソ平民の俺でも貴族様になれた! 良い女だって手に入れられた! 分かるか若造、これはこの世で何よりも確かな力なんだ! それもこんなに沢山、命だって惜しく無い量の筈だ! 」




 売り言葉に買い言葉でシュレイドも言い返してしまう。




 今こんな何でもないヤツに構っている余裕は無い!




 「んならテメェでその金どうにか守れよ、それこそ命懸けで! それに金は物を買うモンだろ? それでテメェの命守れってんならその金の価値はお前以下じゃねーか! ハイ論破、どっか行ってくれ! 」




 「そうだ! 俺の価値はこの金より低い。当たり前だ! 今生き残れればまたこれ以上の金を"俺"が稼げる。死にたくない! まだ俺は得が出来る、稼げるッッッ! まだッ! まだぁああああああああ! 」




 極限状態の上にヒートアップした口論は理という車輪を失った馬車に等しい。


 ならば崩れるのは必然で———




 けれどそれは正しく崩れ去る事すら許されなかった。




 ばしゅん




 貴族の丁度真横の辺りに風が落ちて、貴族はぐちゃぐちゃになった。




 「うっ、ぐっ、走るぞぉおおお! 」




 とっくに遠くを走っている二人に追い付こうと必死に足を動かした。




 それでも振り切れないものがある。


 貴族の言葉、そしてレスバトルは最後にレスした方が勝ちとか言うネットのアレ。




 あの口論にシュレイドは負けた。あの名も知らぬ成金ジジイのセリフがあの口論の最後だから。








 「ちんたらしてんじゃねーですよ」




 二人に追い付いたシュレイドはリィリィに軽く叩かれた。




 「ああ、ごめん……」




 走ってどうこうなる訳じゃない。


 いくら走った所で絶対者の攻撃が直撃したら死ぬだけだ。


 それでも走った。




 「じょ、情報を得るってメリットは有りますもの、リスクが突っ立ってるのと変わらないなら、リターンが少なくても走った方がマシですわ! 」




 セレーネが笑って見せた。




 その笑顔が、シュレイドの目には力強く映って———




 負けられないな……

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