3話 きっと生き抜きたいのだから
右腕が銀光に貫かれていた。
血の雫がシュレイドの銀髪を濡らし、尚も溢れ続ける赤い命が無情にも左目の視界を奪う。
「うわああああああああああああああああ」
痛い、いや熱い。何故物理防御魔法を越えて貫かれたのかとかそういう思考に辿り着く前に右腕の熱さで絶叫する。
ジタバタと暴れるしかなくて、ジタバタ暴れると刺さったままの擬似ナイフが傷口を広げた。
「このまま殺す! 」
「ぎゃあああああああああああああ」
訳が分からない。ナイフで右腕刺されて痛いって一行にも満たない現実を理解出来ない程脳がイカれてもうヤバい。
死ぬ?死ぬのか俺。まぁそれでもいいっちゃいいんだが、せっかくアニメみたいに異世界転生したのに無双する前に死ぬとかあんまり過ぎるぜ……
あー、最強魔法で無双して女の子にモテたり冒険者仲間とかに認められたり……
そんな楽しい異世界生活したかったなぁ……
「どっせえええええい! 」
え? 何事?ってか腕痛っ!
「ぼさっとしてんじゃねーですわよ! 」
顔を上げるとドラオスは後ろに吹っ飛ばされていて、代わりに———
「え? さっきの臭え金髪?なんで?」
「ふっ、今助けなきゃ貴方が死んだ後、私も簡単にドラオスに殺されると思っただけですわ! 」
お前、もしかして……
「もしかして俺を助けてくれたのか!? 」
「はっきり言うんじゃねーですわよ! そんな事よりさっさと逃げますわよ!」
顔を赤くして俺の左手を取る金髪。
「お、お前えええ、いい奴……いや、ありがとう」
ボロボロの言葉で感謝する。
命の恩人はこの距離感でも若干臭いけど、沈みゆく日の光が当たってめちゃくちゃ偉大に見えた。
「いいから早くしろですわ! 」
「ああ! 」
異世界、夕暮れの街で女の子と逃走劇かぁ……
俺の異世界最初の日は、この時点で既に最悪で最高だった。
このボロいドレスを纏う金髪はセレーネと言うらしい。
元はめちゃくちゃ格が高い貴族だったそうだが、今は色々あって指名手配中なんだそうな。
「で、貴方は何者なんですの? 魔王の残骸とか言われてましたけど……」
あとその首についてる腕とか……と付け足される。
どう説明したものだろうか?
俺の読んでた異世界転生モノでも素直に説明して信じてもらう以外に良い説明は無かった気がする。
俺の転生理由、話してもいいんだが、魔王の手先ってコトにはなっちゃうだろうしどうしたものか……
「俺……はシュレイド。ドラオスはめちゃくちゃ拗らせた中二病で、俺は謎に絡まれて追われてたんだ」
誤魔化した。
我ながら適当にも程があると思ったが、セレーネは「外の世界は色々あるんですのね」と納得していた。
いくら元箱入り娘の貴族様とはいえそれはやばいと思った。
さて、実は考えがあるんだ。と切り出したのはシュレイドだった。
擬似ナイフで付けられた傷はまだ痛むけど、何とか思考が纏まってきたのだ。
「実は……を……すれば……」
「それでは……で……ですわ! 」
「じゃあ……を……だ! 」
二、三言話して作戦会議は終了。セレーネは意外と思い切りが良い様だ。
「———」
こいつとは上手くやってけそうな気がした。
夕暮れに染まる街の片隅で頭を抱えるこの男、ドラオス。
「どっせええええええい」とでかい石だかレンガだかを投げつけられ、千載一遇のチャンスを逃した彼は正直なところ焦っていた。
服を破いて簡単な包帯を作り、石が当たった頭に巻いて応急処置。
視界がはっきりしてきた……魔王の残骸と金髪女を追わなければ……
「先に金髪の女から倒そう。また邪魔されたらたまったもんじゃねぇ……」
頭を押さえながら立ち上がる。
辺りを見渡すと、血痕とハイヒールの足跡が残っていた。どちらも同じ方向に続いている。
「待ってろよ……必ずアンタの……」
少年は握りしめた擬似ナイフの輝きに覚悟の炎を再び燃え上がらせた。
一歩、また一歩と血痕を追う。
オレンジ色の街の中でも、赤い血の跡はその存在を強く主張している。
———そして血痕は大きな建物の中へと続いていた。
大きく分厚い扉を肩で押して中へ入る。
騒がしい、そして酒臭い? 辺りを見渡して理解する、ここは冒険者ギルドだ。
天井をぶち破ってしまった方ではないもう一つの冒険者ギルドだ。
ギルド内には10人弱の人が居る。おそらくその内の1人がヤツの筈だ……
「ドロボーがあっちの窓から逃げたぞーー! 」
「酔い潰れてない方は協力お願いします! あのドロボーを捕まえた方にはギルドから特別報酬を出します!」
冒険者や受付の声、なにやら物騒な話だ……
「ち、違う! 察しが悪いぞ俺!おそらくそのドロボーがヤツだろうが!」
金を盗んで馬車かなんかで遠くに逃げようって腹だろう。
だとしたらまずい、逃げた先で
「受付さん、ドロボーの身なりは? 」
「青いラインが入ったロングコートを着てました! 」
確定だ、今すぐ追おう。
ぶち破られた窓に飛び込む様にダイブ、ギルドから出たら勢そのまま走り出す。
周りを見ると、冒険者達が辺りを血眼になってヤツを探していた。
こっちの方で見つかったなら冒険者達が騒ぎを起こす筈だ、俺は反対側を探そう。
!?
赤いドレスが目に留まる。魔王の残骸と一緒にいた女だ。
あっちもこちらに気付いた様で、すぐさま逃げ出す。
「待て! 」
「待てと言われて待つバカはいませんわ! 」
クソっ、あの女割と早い!
街にハイヒールの高い足音が響く、それにシュタタタタと軽い身のこなしの足音がだんだんと近付き、そして2つの足音が止まった。
「どうやらここまでみたいですわね……」
「ヤツの居場所を吐くってんなら見逃してやるぞ」
ダメ元という体で言ってみる。
本来ならこの怪しい女も見過ごせないが、ヤツと離れているならこの際後回しでいい。
「あっちです! 」
即答だった。語尾も抜けてるし。
「え? 」
俺が困惑している内に、「ごきげんよう」とだけ言って女は街の茜色に消えた。
……まぁいい。あっちと言うならあっちだろう。
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