第9話 待ち合わせ

「桜川、そろそろ時間」

「えっ!?」


応接室にあった時計を見ると、9時50分。

約束の時間まであと10分に迫っている。


「いけない、すぐ行かないと。すみません、これから友達と一緒に出掛ける用事があって、そろそろお暇します」

「あら、もっとお話ししたかったのに残念だわ」


急いで自分の周りの荷物を確認し、サッチェルバッグを持つ。

美津子が名残惜しそうに玄関まで見送りにきてくれた。


「いきなりお邪魔したのに、お茶までいただいて。ありがとうございました」

「いいのよ、ぜひまたいらっしゃいな。今度は私が腕によりをかけてごはんをご馳走するから」

「はい、ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」

「あら、あなたも一緒に出掛けるの?」

「あぁ、帰るのは夕方になりそうかな」

「わかったわ、気を付けていってくるのよ」


そう言いながら美津子が姫歌に近づき、耳元でこっそりとささやいた。


「あの子の事、よろしくお願いね。姫歌さんの事まんざらでもない顔してるから」

「ふえっ…!?」


再び姫歌の顔が真っ赤になる。


「ばぁちゃん…、桜川をからかうのやめなよ…」

「ふふっ…何もしてないわよー」


姫歌がいちいち反応するのが美津子にとっては面白いらしい。

くすくすと笑う祖母に呆れる白羽。

はぁー…とため息をつきながら、困っている姫歌と一緒に家を出た。


桜並木を歩きながら、空や亮と待ち合わせした場所へ向かう。

姫歌は北校門前で二人を待たせては悪いなと思いながらも、白羽と二人で歩く時間がもっと続いたらいいのにとも思う。

今日初めて朴木以外の白羽の家族に出会った。

美津子は少しおちゃめで、白羽の事をすごく大事にしているのだという愛を感じられた。

ご両親はどんな方なのだろうと気になる。


「白羽くんの…日本の家では、白羽くんと朴木さんと美津子さんの3人で住んでるの?」

「いや、もう一人兄がいる。ただ、仕事が忙しくて帰ってくるのは1か月に1・2回あるかないかだ。日本中飛び回ってるって聞いた」

「そうなんだ、忙しい方なんだね。どんなお仕事してるの?」

「父さんの仕事を日本で手伝ってる。なんでも日本の温泉が大好きで、世界中にお風呂を楽しめる場所を作るんだと。父さんが海外で、兄貴が日本でって感じ」

「なるほど…。ってことは旅館とか…ホテルとかって事?!」

「あぁ…、日本も各都道府県に1店舗は置くんだとか頑張っているらしい。富山にも旅館がある」

「うわぁ…すごい…。あのお屋敷なのにも納得…」


そうこう話しているうちに学園の北門が見え始めた。

その前には二人の人影、空と亮だ。


「空、亮くん」


姫歌が手を振りながら近寄る。


「姫歌!……と、あれ?!白羽先輩?!」

「先輩どうしたんですか?」


2人とも白羽がいることに驚いたようで、口々に尋ねる。


「桜川に買い物に行くって聞いたから、同行させて欲しいんだけど、いいか?」

「大丈夫ですけど、いいんですか?」

「なぜ?」


不思議そうに白羽が空に返す。


「私達は昨日入学したCクラスの人間です。先輩が気にかけて下さるのは嬉しいですが、申し訳ない気がして……。後はその……、先輩はSクラスの中でも1番上という立場の、凄い人なんです。だから、私達が一緒にいたら、他の方に何と言われるか……」

「ふむ……。まぁ……気持ちは分からんでもないが」


白羽はおもむろにショルダーバッグからスマホを取り出すと、誰かに電話をかけ始めた。


「……あぁ徹?お前暇?買い物付き合ってくんない?」


電話の向こうから、え〜面倒くさいなぁ…という声が聞こえる。


「俺だけじゃなくて、桜川と高澤さんと鴨頭草さんがいるんだけど」


その言葉に即座によし、すぐ行こうという声が帰ってくる。

3人は何故だ……と思いながらも、ショッピングは多い方が楽しいと、嬉しくもあった。

何より、Cクラスの自分たちに先輩達が、躊躇なく一緒にいてくれる事が1番嬉しかった。

白羽が今いる場所を学園の北門前だと伝えると、徹待ち合わせ場所は商店街の方が近いようで、待ちながら移動する事に。

学園のすぐ横にある、雨よけしかない乗り場から、商店街までは15分ほどあれば付く。

4人は移動して時刻表を眺めた。

時刻表を眺めて間もなく、路面電車がガタンゴトンと音を立てながらホームに停車する。

二両編成の小さな車両に、10人ほどのお客さんが乗車しているようだった。

路面電車に乗り込み、空いている席へ姫歌と空が座る。

富山中央商店街ガイド、という案内本を空が出し、3人で確認したり、何を食べようかと話しあう。

路面電車に揺られること約15分、待ち合わせ場所の商店街の乗り場に降りた。

電車から降りた4人は、乗り場から信号を渡ったところで手を振る徹を見つける。


「やー、昨日ぶりー。まさか一緒に買い物に行くことになるとは思ってなかったよ。で、どういう経緯なの?」

「もともとは私たち3人でショッピングをしようという事だったんですが、私が待ち合せの時間まで時間があったので、散歩してたんです。そしたら近くの公園で白羽くんに会って、そのまま一緒に行くことになりました」

「なるほど…ね」


姫歌から経緯を聞いて、何かを言いたそうな目で徹が白羽を見る。


「なんだよ…」

「いーや?別に~。…ま、せっかくだしみんなで楽しもう。とりあえず寮の門限ルールがあるはずだから、その時間には帰れるように余裕をもって行動。それは厳守ね。じゃないと減点くらうから」

「はい!」


3人が声を合わせて返事をする。

その声に徹がくすくすと笑い始めた。


「あはは、高澤君はともかく…、桜川さんと鴨頭草さんのちっちゃさよ…。かわいいなぁ。な?白羽」

「なぜ俺に振る」

「今ちっちゃいって言いましたね!!ちっちゃくないです!これから伸びるんです!!」


空が全力で反論する。

身長の事をわりと気にしているようだ。

亮の身長と姫歌と空の身長はさほど変わりがない。

5cm差があるかないかだ。

これから伸びると空は言っているが、もう一般的に言えば高校生の歳なので、あまり伸びることは期待できない。

姫歌はそこまで気にしていないのだが、ぷっくりと膨れている空を見て、徹がおーよしよしと言うように宥めている。


「もぉ!いこ姫歌!」

「わっ…」


姫歌の手を引っ張りぷっくり顔の空が商店街の中へ歩き出した。

それにつられるように、皆商店街の入り口へと進んでいく。

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