第8話 当主
公園を出て桜並木を歩く。
柔らかな日差しが桜並木の隙間から姫歌達を照らしている。
時折さわやかな風が、姫歌と白羽の髪を揺らす。
女の子でも羨むだろう、サラサラで艶のある髪に見とれてしまう。
『やっぱり…白羽君の髪、すっごくサラサラで綺麗…』
見とれながら少し歩くと、公園から出て次の角を曲がったところに、大きな門が見えた。
ガチャという音と共に、白羽が門のドアを開ける。
「白羽くんの家…大きい…」
「あぁ、これでも母方の祖母の家なんだ。両親はドイツにいるから、本来なら俺の家と言うのはそっちかも知れない」
白羽に促され中に入ると、白羽は内側から門のカギを閉めた。
門から見える玄関まで、小さなレンガの歩道が整備され、その両側に植木と花が咲き誇っている。
石造や、小さな噴水も設置してあり、お客様を楽しませる雰囲気のある洋風の庭だ。
大きな洋風のお屋敷、その横には少し離れて車庫がある。
3台収納できるそれぞれ独立してシャッターのある車庫には、上に倉庫もあるようだ。
玄関のドアが指紋認証され、ロックが解除される。
中に入ると立派な柱と2つに別れた階段、シックな色のそれでいて高級感ある柄の入った壁。
玄関も広く、入ってすぐ目に入るのは、なぜか家の中なのに公園にある屋根付きの休憩所のような場所。
それを囲むようにたくさんのドアがある。
そこには見覚えのある老執事が立っていた。
「おかえりなさいませ坊っちゃま。おや……その方は、……まさか!」
「あぁ、桜川さんだよ朴木」
「あぁ……姫歌さま…。大きくなられて」
そう言いながら朴木は姫歌の手を両手で握りしめた。
「朴木さん、お久しぶりです。突然お邪魔してすみません」
「いえいえ、よくぞ来てくださいました。あれから7年…元気にしておられましたか?」
「はい」
姫歌が朴木に微笑んだ。
「それは良かった。さぁ、ご当主様にご挨拶を。ご案内致します」
「俺は本を部屋に置いてくる、先に行ってて欲しい」
「うん、わかった」
朴木に連れられ、左奥の応接室へ通される。
木の縁がある赤色のソファが2つ、真ん中にガラスのローテーブルを挟んで向き合っている。
「今お飲み物をお持ちします。緑茶、紅茶とコーヒーどちらになさいますか?」
「あ、紅茶でお願いします。私コーヒーちょっと苦手で」
「かしこまりました。では、お座りになって楽にしてお待ちください」
「はい」
言われるがままソファに腰掛ける。
楽にと言われても、こんなに雰囲気のある御屋敷に来るのは初めてで、自然と緊張してしまう。
ふと、近くにあるガラスの扉ついた棚に、写真が飾ってあるのが見えた。
近づいて中を覗き込むと、白羽が子供の時の写真がずらりと飾ってある。
と…その中に、7年前自分と白羽の写真を見つけた。
白羽がドイツに帰ると伝える直前に記念に撮った写真。
自分の目で見るのは初めてだった。
「7年前のあなたと白羽よ。懐かしいでしょ」
びっくりして振り返る。
部屋に入ってきたのは白羽の祖母と思われる人物だった。
白いワンピースにピンクのストールを肩にかけ、首元にはエメラルドど思われる宝石のついたペンダントをつけた、白髪でショートの女性だ。
「はっ…初めまして!!桜川姫歌です!お邪魔しています!」
少し声が裏返りながら、姫歌は頭を下げながら挨拶をした。
「ふふ、そんなにかしこまらなくていいわよ。さ、顔をあげてよく見せてちょうだい」
ゆっくりと顔をあげ、白羽の祖母の顔を見る。
それと一緒に白羽の祖母は手を差し出し、握手を求めた。
「私はここの当主、白銀美津子よ。よろしくね姫歌さん」
「は、はい!」
求められた手に、両手で握手を返した。
少し冷たさもある、皺の入ったそれでいて柔らかい手。
美津子は姫歌の手を握りながら、少しの間目を閉じた。
「そう…、あなた…とても苦労してきたのね」
「えっ…」
「ふふ、そんなこといきなり言われたらびっくりするわよね。とりあえず座りましょうか」
お互いが向き合うように座る。
そこに朴木が温かい紅茶とお菓子を置いてくれた。
「ありがとうございます、朴木さん」
「はい、温かいうちにお召し上がりください」
姫歌は感謝を伝え紅茶を飲んだ。
「温かい…」
美味しそうに紅茶を飲む姫歌を美津子はニコニコとしながら眺めている。
「私ね、全部じゃないのだけれど、触った人の過去や気持ちを読み取る事ができるの。さっきの一瞬だけでは見れるものは限られていたけど、たくさんの苦しみと悲しみ、耐えて耐えて、それでも頑張ろうとしてるあなたが見えたわ。ごめんなさいね、見られたくないものもあったでしょうに…。私もこの能力が制御できればいいのだけど、できないのよ」
「そう…だったんですか」
「でもそれだけじゃないわ…、あなたの中にはずっと…あの子がいてくれた。泣いても苦しくても、ずっと…白羽と一緒に頑張ろうとしてたのね。その髪飾り、白羽があなたに渡した物なんでしょう?」
「…はい…」
目を潤ませながら、返事をする。
「あの子不器用だから、姫歌さんに変な事言わなかった?自分に触らないでほしいとか」
「…!はい…昨日、言われました」
「やっぱり…。はぁ…もうちょっと言い方があればいいのだろうけど、きっとあの子にとってその言葉が限界なのね」
「どういう…事ですか?」
美津子は目の前にあった紅茶を一口のみ、波打つ水面を見つめながら口を開いた。
「あの子は今、ほぼすべての女性に触れることができないの。それはあなただけじゃなく、私も同様にね」
「え…どうして」
「私にもわからないの。ただ、私の能力で何かできないのかと、触ってしまったことがあってね…、その時あの子は…非常に苦しそうに心臓を押さえてた。苦しんで…苦しんで、そして…吐血したわ…。お医者さんに診てもらったことがあるのだけど、体に異変は無いって言うの」
「そんな…、そんな事って…。それは…いつからなんですか…」
「そうね…確か…、姫歌さんと会った頃はまだ平気だったはずだから…ドイツに帰って1年くらい経ってからだったと思うわ」
「ドイツに…帰ってから…」
「原因について本人に聞くのだけど、話さないの。首を振るばっかりで…。いえ…もしかしたら、話せないのかもしれない」
『白羽くんに…一体何があったの…』
苦しそうになるという白羽の姿を思い浮かべただけで、姫歌の心は張り裂けそうになった。
「何か…私にできることが…あったらいいのに…」
「ありがとう姫歌さん、その気持ちがあれば十分だわ。たぶん今日あの子があなたをここに連れてきたのは、私にこのことを伝えてほしかったんじゃないかしら」
「…」
「あの子はああなってしまってから、ほとんどの人を避けるようになった。触れないのは女性だけのはずなのに、もしかしたら男性でもそれが起こるんじゃないかと怯えていた時期もあったわ。自分が他人に迷惑をかけないようにするのに、あの子なりに気を使っているのだと思う」
「白羽くんは…優しいですから…」
「ふふ…」
美津子が手を口にあてて微笑む。
「そうか…わかったわ。あの子昨日ね、珍しく鼻歌歌いながら帰ってきたのよ。ずーっと暗い顔しながら学校言ってたのに。部屋に入っていくあの子に、何かいい事でもあったの?って聞いたら、「まぁね」って嬉しそうに。姫歌さんに会った事だったのかしらねー」
「そ…そんなっ///」
————ガチャ
応接室のドアが開いた。
白羽が部屋に入ると顔を真っ赤にした姫歌と目が合う。
「~~~~~~~~~~~~~っ!?」
言葉にならない姫歌の声。
ぷしゅーと水蒸気でも上がるくらいの顔だ。
「はぁ…ばぁちゃん…何吹き込んだの…」
「ふふ…なぁーんにも?」
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