第7話 散歩
「ん……」
カーテンの隙間からの朝日で姫歌は自然と目を覚ました。
悪夢の後、知らずのうちに寝てしまっていたらしい。
時計を見ると7時半、起きるにはいい時間だ。
顔を荒い、歯を磨き、髪を整えて食堂でトーストセットを頼み食べる。
食堂に空と亮の姿はなかった。
まだ少し早い時間だが、出かける準備を早めにして、残った時間で散歩をすることにした。
紺色と白のフリルのついたワンピースに、薄めの白いカーディガンを羽織る。
今日は髪を下ろして、ベレー帽を被り、お出かけ用の紺色の靴と必需品が入るサッチェルバッグを持ってコーデ完了だ。
寮の管理人さんに出かける申請を済ませ外に出る。
運動部の練習の音や掛け声が、遠くから聞こえてきた。
爽やかな風が時折姫歌の髪を揺らす。
北門について時間を確認するとまだ8時半、十分に時間がある。
スマホで地図を確認するとすぐ近所に大きな公園がある事が判明。
とりあえず時間までそこで散歩をする事にした。
公園の外周に沿うように桜並木があり、近くで朝から楽しそうに花見をしている大人がたくさんいた。
どうやら花見のイベントもやっているようだ。
春らしいチューリップや菜の花が咲き、公園を彩っている。
しばらく歩くと中央に大きな噴水が見えてきた。
近くまで行くと綺麗な水が、3段に別れた大きさの違う大理石をサラサラと流れていく。
『気持ちいい日だなー』
周りに誰もいなさそうだなと思った姫歌は、少しずつ声を出して歌い出した。
小さな花達と 可愛い鳥達と
歌おう一緒に 青い空の下で
春には チューリップ
桜と菜の花 沢山の新緑
迎えてくれる 始まりの季節
夏には 向日葵
朝顔と百合 鴎とカワセミ
光り輝く 太陽の季節
沢山の花達と 綺麗な鳥たちと
踊ろう一緒に 青い空の下で
姫歌の歌声が届いたのか、周りにいただろう小鳥達が噴水に集まってきていた。
野良猫も座り、近くで姫歌の歌を聞いている。
種族なんて関係なく、集まった皆が大人しく座っているのだ。
「ありがとうみんな、最後まで聞いてくれて」
姫歌がその場にいた動物たちにお礼を言うと、それぞれが順番に空や茂みへと帰っていった。
「桜川の歌には不思議な力があるんだな」
と、背後からの声にビックリして振り返る。
ベンチに座って本を読んで居たのは、白いTシャツに黒いデニムジャケットを羽織り、真っ黒なズボンを履いた白羽だった。
「えぇっ!?白羽くん……!い、いつからそこに……」
「桜川が来る前からずっと」
「うそ…全然気づかなかった…。でもなんで……ここに」
「まぁ…死角だったんだろう。あぁ、俺ん家直ぐそこ。休日はよくここで本読んだりしてる」
白羽が親指であっちと方角を指さした。
「うぅ…恥ずかしい…」
「何が?」
「突然歌い始めて変なやつって思われたかなって……」
「いずれは戦場で、人前で歌うんだ。別にそれが早いか遅いかの違いだけ。まぁ、鳥とか動物が周りに集まって来るのは予想外だったけど」
「そ…そっか…、ビックリさせてごめんね」
「俺の隣にもさっきまで猫いたよ。今隣、空いてるし座れば?」
「えっ…?!あ…うん……」
白羽に促され、ドキドキしながら隣へ座る。
と、本をめくる右手の薬指に指輪がはめてあることに気づいた。
左手の薬指は結婚している、もしくは結婚する予定やそのつもりがあるカップルが付けるもの。
対して右側の薬指は、お付き合いをしているカップルがアピールの為につけている事が多々ある。
ペアリングに決まりがあるわけでは無いので人それぞれなのだが、姫歌にとってはそれが、相手がいるのではという思いを加速させた。
『そうだよね…やっぱりいるんだ。白羽くんカッコいいもん…。ファンクラブあるくらいだし…彼女さんいてもおかしくない…。私の名前も、もう…呼んでくれないし…。まぁ…こんな名前…白羽くんに呼ばれる以外は…大嫌いだから…いいんだけど』
不安げに、残念そうに俯く。
無意識に手が、右の前髪に縛ってあった白いリボンを触った。
白いとは言っても、長年の時を姫歌と過ごしているわけで、少し経年劣化で色が変色している。
ただそれでも、大切に、宝物として一緒に過ごしていたのは言うまでもなかった。
『うぅん…、ずっとずっと会いたかった人に、今こうやって隣に座っていられる事だって、私にとっては前進で、凄く幸せな事…。白羽くんにもし相手がいたとしても…私は……』
パタン、と本の閉じる音がする。
見ると白羽が本をバッグにしまい片付けている。
「持ってきた本、全部読み終えた。そういえば桜川は今日なんでここに」
「今日空と亮君と一緒に、買い物に行こうって話をしてて、これから商店街のほうに行く予定なの。でも少し時間が早かったから、その…散歩をしてて」
「ふむ…」
白羽は一呼吸置き、考えるそぶりを見せると
「…その買い物、俺も一緒に行っていいか」
「えっ!?…えぇっ!?」
「…いや、ダメならいいんだが」
「ううん!!全然、全然そんな事ないっ!!むしろ嬉…はっ…///」
嬉しいとはっきりと言えばよかったのに、姫歌は口を押さえて止めてしまった。
自分の感情が駄々洩れになるところだったと、顔を赤くしながら白羽に背を向ける。
「なら、今持ってる本を置きにいかないと重い。家に置いてくる」
「あ…うん。じゃあ私はここで…」
「は?なんで?」
「え?なんで?」
「せっかく近くに来たんだ、少しなんだし寄って行けばいい。あと、朴木も家にいる。久しぶりに元気な姿見せてやってほしい」
「…朴木さん…。あの…時の…」
7年前、白羽と一緒にいたお付きの執事。
その7年前の姿を姫歌は思い浮かべた。
少し細身だけれど、灰色の髪とちょび髭をはやした、優しそうなおじ様。
「うん…わかった」
そう返事をすると、歩き出す白羽の後ろに続いて姫歌も歩きだした。
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