第6話 悪夢
部屋に入った姫歌は、届いていた荷物を確認する。
着替えの服、日用品、小物を出しながら今日あった事を思い返していた。
【なるべく俺の身体に触れないようにしてほしい。理由は…言えない。昔の俺と今の俺は違う。だから、同じに考えるな…】
『どうして……あんな事私に言ったんだろう……。理由があってだと思うけど……』
入部の時に白羽に言われた言葉が、頭の中でリピートされる。
【俺と話す時は…、昔みたいにタメ口でいてほしい】
その言葉を思い出した瞬間、姫歌の顔が赤くなった。
半強制的とはいえ、今の学園でSランクという立場上、姫歌より格上の存在であるわけで、そんな白羽が自分に親しい口調でいいと言ったのだ。
もちろん、皆の視線や態度が気になるところだが、自分の事を覚えていてくれた事、久しぶりと言ってくれた時、同じ部活に運良くなれたこと。
姫歌にとっては夢じゃないかと思える時間。
『大人になった白羽くん…とっても…綺麗で…カッコよかったな…。髪とか…サラサラだったし…。…好きなタイプ…、どんな子なんだろう…』
白羽の事を考えてぼーっとする姫歌、片付けが進まない。
『でも…昔の俺じゃないって言ってたってことは…もしかしたらもう…相手いたりするのかな…。う…、~~~~~~~んんん~~~っ!!!』
激しく首を横に振る。
考えていると止まらなくなる。
なんとか片づけを進めようと頑張る。
心が苦しい。
考えるのをやめようとするがうまくできない。
それが恋だ。
『だめだぁ…。一人でいるとどうしても考えちゃう…。早く空達のところに行こう…』
なんとか服だけはクローゼットにしまい込んで、部屋着に着替え、小さなため息をつきながら、姫歌は部屋を後にした。
先程上がってきた階段の前に行くと、空が立っている。
「ふふ、その顔はいろいろお悩みのご様子だね」
「うぅ…いろいろ考えちゃって、うまく片付けられなかった…」
しょぼくれた顔になりながら、階段を降り総合施設に向かった。
ラウンジに行くと、亮がソファに座り待っているのが見える。
声をかけ、隣に座ると明日の話題に。
「10時くらいに学園の北門で待ち合わせなのは確定として、ショッピングモールに行くか、商店街に行くか、富山駅の方に行くか……」
「いずれは全部行きたいね」
「そういえば、明日から2日間商店街でイベントやるらしいですよ。今日学園に向かう途中で見かけたので、内容は確か…アウトドアフェスティバル…だったと思います」
迷っている2人に、亮が耳寄りな情報を渡した。
「そっか、もうすぐゴールデンウィークだし、いい季節だからアウトドアを宣伝するにはいいのかも。もしかしたら、少し屋台とか期待しちゃう!どう?姫歌!」
「うん、いいんじゃないかな。いつかは皆でバーベキューとかキャンプもしたいね!」
向かう場所は決定した。
その後3人で食堂にて食事をし、他愛のない話をした後、明日に備えるため早めに休む事にした。
寮の部屋は各階4つのフロアに別れており、そこに10人の生徒が暮らしている。
トイレと風呂は共用で、10時までにお風呂を済ませなくてはならない。
一般家庭よりかなり広いお風呂には、最大で3人座れる洗い場があり、のびのびとした空間で足を伸ばし入る事が出来る。
そんなお風呂でゆったりと過ごした姫歌は、まだ寝なれないふかふかのベッドで横になる。
疲れもあってか直ぐに眠りに落ちた。
——————————————————
「うわぁーん…えぇーん…」
誰かが泣いている。
薄暗い部屋の中で、蹲りながら大粒の涙を流している。
『あれは…、小さい頃の…わた…し。…これは…何?…夢…?』
小学校に入るかどうかというくらいの姿の姫歌が自分の目の前で泣いている。
これは…嫌な記憶だ…。
子どもの頃、姫歌にとって毎日のように訪れた悪夢の日々。
この後起こることは…。
「お母さんと約束したよね?いう事聞けない子は、お仕置きが必要だものね」
そう言いながら不吉な笑みを浮かべ、靴ベラを持ちながら姫歌の前に立っているのは姫歌の母親、桜川 伊織。
と、次の瞬間、伊織は手に持っている靴ベラを大きく振り下ろした。
バチン!バチン!と痛々しい音が幾度となく繰り返される。
「あ゛ぁっ…うっ…、いだ…い…やめ゛…てっ…」
苦しそうな幼い姫歌が必死に耐えている。
それを見ていた姫歌は恐ろしい顔をして耳を塞ぎ、蹲った。
『やめて…、やめてよ…思い…出したく…ない!!』
夢の中でいろいろな嫌な思い出が姫歌の周りに現れては消えていく。
子どもの頃から姫歌は虐待を受けていた。
新興宗教に入っていた父と母により、ありとあらゆる物を両親が管理した。
本、テレビ、生活時間、友達、音楽、全て。
罪を犯した者はお仕置きをしてもよいという宗教の教えに体罰も含まれ、姫歌は幾度となく殴られた。
それは母だけでなく父も同様で、体罰が同時に行われることもしばしばあった。
他者と姫歌を比較し、何もできない人だという感情を植え付け、両親の言うことが正しいのだと思わせる。
比較だけではない。
常に両親の口から出てくるのは、他者を蔑み、自分たちは偉いのだという言葉ばかり。
頭がおかしくなりそうだった。
そんな姫歌が学校に行っても、体にある痣や暗い顔をしている姫歌に近づいてくるクラスメイトなどいない。
いや、いたことはあった。
ただその度に両親が姫歌から遠ざけていたのだ。
そして学校でも変なやつだと思われ、いじめの対象になった。
自分の筆箱やリコーダー、縄跳び、上履き、いろいろなものがなくなった。
陰口、ひそひそ話、笑い声、すべての音に対して敏感になっていく。
学校でものけ者にされ、家でも自分の居場所などなかった。
唯一、夕方の母が夕飯を作っている時間だけは、近くの公園に遊びに行くことを許可され、一人で遊んでいた。
そこで出会ったのが白羽だ。
姫歌にとってその出会いが、どれだけ大事なものだったか。
『僕も頑張る…だから、姫歌も負けないで。遠く離れても、僕は…姫歌の味方だよ』
白羽に出会ってから、ずっと白羽と一緒の学校に行くため、ずっと頑張ってきた。
幾度どなく殴られても、誰もわかってくれなくても、たとえ一人だったとしても。
『白羽くん…会いたい…会いたいよ…』
白羽にもらった白いリボンを握りしめながら、幼い姫歌が泣いている。
そこへ小さな白羽がやってきて幼い姫歌の頭を撫でた。
『大丈夫だよ姫歌…僕はずっと…姫歌のそばにいるよ』
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「……はっ…」
飛び起きた姫歌の頬に、涙がこぼれた。
寝ながら無意識に手に握りしめていたのは、白羽からもらったリボンだった。
『大丈夫だよ姫歌…僕はずっと…姫歌のそばにいるよ』
その言葉が姫歌の頭の中に聞こえる。
「そう…だよね…、ずっと一緒にいてくれたんだよね」
そう言いながら、姫歌はもっていたリボンを胸に抱きしめた。
昼間、白羽が自分は過去の自分ではないと言った本意はわからないが、それでも白羽が自分の心をずっと支えてくれたことは確かだ。
だから伝えたい。
いつかちゃんと直接あなたに。
「ありがとう」
と。
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