四月一日の告白

そうま

第1話 四月一日の告白

 杉本から、告白された。

 体育館の裏に呼び出されて、「好きです、僕と付き合ってください」と。何とも、ベタなシチュエーションである。

 もしかしたら。

 ――四月の始めから学校にいるなんておかしいだろ、嘘乙。

 と、思われるかもしれないので先に断っておくと、私が通う高校の運動部のほぼすべては、入学式を控えていようが槍が降っていようが、何のためらいもなく練習が行われるような脳筋学校なのだ。そして私はバスケ部の一員であり、杉本も陸上部のひとりである。だからこうして、春休みを返上し、ボール回しをするためにわざわざ登校しているのである。

 それにしても、エイプリルフールに愛を伝えられるなんて、まったく不名誉極まりないことだ。一体、彼がどのような賭けに負け、この罰ゲームを実行するはめになったのかは知らないが、朝っぱらからヘビーな四月馬鹿を喰らわされた私は、もやもやとした気分で今日一日を過ごすことになりそうだった。

 ――ただ。

 一つ、問題を挙げるとするなら。それは彼の、杉本の告白が――エイプリルフールの嘘にしては、あまりに真剣だったということだ。




「あ、尚美!」

 練習の休憩中、体育館の外に出て涼んでいると、近くを歩いていた小春に声をかけられた。テニスウェアを着た彼女はにやにや笑いながら、私の方に駆け寄ってきた。

「ねえ、聞いてよ。私、NASAのテストパイロットに合格したの!」

 ドリブル練習で疲弊していた私の脳は、センスのかけらもない彼女の嘘オブ嘘を、まったく受け付けなかった。小春の発した音声は処理されず、そのままどこかに通り過ぎていった。

「あのさ。嘘つくにしても、もっとましなやつを頼むよ」

 そう言うと、小春はむっとむくれた。

「何それ。じゃあ、そのましな嘘とやらを言ってみなさいよ」

 あ、めんどくさいことになってしまった。と、一瞬頭を抱えたが、

「えーと……あ、そうだ。私、さっき告白されたよ」

「え、マジ?」

「まじ。杉本に」

 小春はぽかんとした。リアクションを待っていると、彼女はぷっと吹き出し、ゲラゲラ笑いだした。

「何言ってんのよ、尚美!エイプリルフールだからって、ついて許される嘘とそうじゃないのがあるでしょ」

 あはははは!と小春は腹を抱えてひっくり返った。その後方に、学校の周りを走り終え、校内に戻ってきた陸上部の一団が歩いていた。その中に、杉本もいた。

 彼は前方でもんどりうっている小春に視線を引っぱられ、それからその奥にいた私に気づいた。顔を赤くした彼は、他の部員の影に隠れ、そのまま私たちの前を通り過ぎていった。

「あ、杉本じゃん。今日もイケメンだなー」

 発作がひと段落したようすの小春は、陸上部たちの話し声に気づいて振り返り、彼らの後ろ姿を見送った。彼女の言う通り、杉本はかっこいい。彼は、私には割に合わない。私の心中を見透かしているかのごとく、小春は笑いをこらえながら私を見ていた。

 なんだよ。告白されたの、嘘じゃないんだけど。




 午後の部の練習が始まったが、私はぼーっとしていた。集中できなかった。目の前を飛び交うボールが、デカいみかんに見えた。多分、杉本を目にしたせいで、朝の光景が蘇ってきたのだ。

 昨日の夜、彼から突然LINEが飛んできた。

「明日の朝九時、体育館の裏に来て。話したいことがある」

 私は「え、なんで?」と聞き返したが、「それは明日言うよ」としか返ってこなかった。いやいや、今時体育館裏って。告白か、カツアゲされるかの二択が思い浮かんだが、どちらも正解ではない気がした。

 次の日(つまり今日)。八時五十分に学校についた私は、部室に鞄を下ろして、言われた通り体育館裏へ向かった。時刻は八時五十三分。杉本は、もう来ていた。

 あらためて彼を間近で見たけど、やはり杉本はかっこよかった。

 短い黒髪はサラサラ。目はキリッと大きくて、全体的にシャープな顔立ち。背は私より頭一個分くらい高いから、大体百七十五センチから、それ以上かな。私を見下ろす彼の表情は、心なしか緊張して見えた。

「どうしたの」

 私はそっけなく聞いた。なんというか、今思うとあまりにそっけない態度だったかもしれない。いやでも、その時は告白されるだなんて思ってなかったし。まあ、それがエイプリルフールの午前中のことだとしてもさ。

「井上」

 と、彼は言った。井上とは、私のことだ。彼の声は、震えてた。気のせいだったかもしれないけど。まあいいか。そのあとは、もう話した通り。

「井上、ぼーっとするな!」

 これはバスケ部のコーチの怒鳴り声。鬼コーチって呼ばれてて校内でも有名だけど、私は怒られても、あんまり気にしてない。

 私、バスケ上手いんだよ。こう見えて。

 まあ、激を飛ばされた手前、一瞬だけ頑張ってる姿をアピールする。コートに入り、パスをもらい、高く跳ぶ。難なくスリーポイントシュートを沈めてみせた。こちらを見ていたコーチは満足げな顔に頷いて、別の生徒の指導に戻った。ふ、チョロいぜ。

 それはいい。問題は杉本だ。告白を受けた当初は、間違いなく完全に百パーセント冗談だと思っていたが、先ほどの彼の様子を見ても、どうもそうではないかもしれない。

 もしあれが嘘の告白なのだとしたら、杉本は将来アカデミー級の俳優になるだろう。それぐらい、熱のこもった表情と、声色だった。余裕みたいなものは、彼の素振りからは感じられなかった。

 一体いつからだ。どの時点から、彼は私のことを意識し始めたのだろう。去年一年間のうちで何か、杉本と関わるようなイベントとかあったっけ。

 クラスは一緒だけど、席が近くになったことはない。実習系の授業で、班が一緒になった記憶もない。体育祭は、あんまり真面目に参加しなかったせいで覚えてない。文化祭も、上に同じ。あと、何かあったっけ……。うーん、思い出せない。

「井上、ぼーっとするな!」

 また、怒られた。私は仕方なく、コートの中に戻った。大きなみかんを胸の前で受け取り、そいつを握って、跳び上がって、リングの中央に叩き込んだ。




「よかった、来てくれて」

「で、用って何」

「……井上」

「うん」

「井上のことが、好きだ」

「え」

「僕と、付き合ってください」

「……」

「ダメか?」

「うーんと、まあ、そうね。ダメ」

「……好きな人、いるのか」

「いない」

「……そうか」

「ていうか私、男に興味ないの」

「え」

「じゃ」

 そう言って彼女は去っていった。「男に興味ない」。「=恋愛に興味がない」という意味だろうか。

 いや、でも。もしかしたら、彼女は――尚美は、男を恋愛対象として見ていないのだろうか。じゃあ、彼女は……。

 杉本は、そこで考えるのをやめた。彼女の答えの真意はわからない。だって、今日は四月一日。エイプリルフールだ。

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四月一日の告白 そうま @soma21

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