Ⅲ 剣術

「それでは皆さん!休み時間が勿体無いのでこのまま2刻目、剣術試験に移ります。」 


先生の声が訓練場に響き渡ったと同時にケルシュの顔が引き締まる。が、口元から笑みがまだ消えていない。


「試験の内容ですが、対人試合で行いたいと思います。相手は入校試験の結果を鑑みて剣術の授業を担当するミネルウァ先生が組んだ人間同士で行ってもらいます。」


「みんな!朝からご苦労様!!じゃあ早速始めるとしよう!」


生徒間にざわざわと動揺が走った。


「剣を振る姿を見られるだけだと思ってたぁ」 


「んな訳ねぇだろ馬鹿」


「入校試験の結果って事は実力が近いもの同士って事だよな」


みんなミネルウァ先生よりも試験内容が気がかりらしい。

ケルシュもひぇっと小声を漏らした。ただでさえ剣術は苦手なのだろう。対人試合となれば腰が引けるのは当たり前だ。


「組分けはこちらです」


魔道具によって訓練場の壁に組分け表が映し出された。


全員が食い入る様に自分の名前を探す。


対戦相手は……やはりディオだった。

ちらりとディオの方を見るとあちらも私を見ていた様で目があってしまった。


……うぇっ、気まずい。

目を逸らすタイミングを逃してしまった私だったが、ディオはそんな私の心情を察する事なく、他の人の前を通って近づいてきた。


うぇっ!なんで来るんだよ!こっちに!


「イディアさんですよね。試験、宜しく頼みますね。お手柔らかに。」


ディオはにこやかに話しかけてきた。

目はにこやかでは無い。側から見たら、対戦相手にも礼を尽くす紳士にでも見えるのだろうか。女子の一部も此方を見ている。

お手柔らかに、など思ってもいないらしい。本気で勝ちにくるみたいだった。


「こちらこそ宜しく頼みます。」


と、それに応じる様に私もにこやかに返したが、社交辞令に過ぎない。私もまた彼と同様だった。


「それでは組分け表の左から順に試験を開始します。皆さんは白い線の外側に。」


最初の組2人を残して生徒が外にはける。ミネルウァ先生は審判の様に外側に立っていた。


「私達も行きましょうか」

ケルシュに声を掛け流れに沿って私達も外側にはける。


ディオもまた友人に声を掛けられ反対側へはけていった。


私とディオの試合は1番最後。ケルシュは5番目だ。


特に何も起こらず、気になることもなく4試合終わった。


5試合目ケルシュは右手右足を同時に出して線の内側へと乗り込んだ。緊張を覚られぬ様に意気揚々に繰り出していったのが仇となった様だ。


「よーい……」 前の試合の感想を言い合っていた人達が話すのをやめた。


「はじめ!」


ケルシュは相手の出方を伺っていた。相手もしばらく様子を見ていた様だが、結局攻めへと転じることにした様だ。

ケルシュの剣裁きはやはり繊細な動きをしていた。細やかな技巧が優れていて、力では相手に劣るものの技術は確かだった。

恐らく、力では勝てないと分かった上で技術を努力してきたのだろう。


結果は相手の力に押されて敗北と言う形になって、「うぅ……やっぱり勝てなかったぁ」と落ち込みながら戻ってきたが、ミネルウァ先生はケルシュの実力に気がついた様で納得した様な笑みを浮かべていた。


あと気になった人といえば、名前……は知らなかったもののケルシュが教えてくれた。ジィミナというらしい。

力という感じの男だったが、意外と力には頼ろうとしておらず、綺麗な剣技を持ち合わせていた。


「最後!ディオとイディア!」


ミネルウァ先生が元気良く名前を呼んだ。

はい。と返事をして試験用の剣を掴んだ。


反対側からディオも同様に出てくる。そしてまたもや目が合った。

しかし今回は気まずいとかは思わなかった。


周りがざわざわとしているのが聞こえる。ケルシュが精一杯の声で

「がんばってー!」

と叫んだのが聞こえた。ケルシュの方をみてありがとうと口ずさんで、剣を構えて深呼吸した。

しん、と沈黙が降りた。私は、いやディオも目を逸らすつもりはないらしい。


「はじめ!」


最初から攻めようというのは決めていた。合図と同時に間を詰める。一気に片をつけようと思ったが、そうは上手くいかない。

ディオは攻めを瞬時に察知し、防御姿勢へと移った。

刃と刃がせめぎ合う。

次にディオは私の姿勢を崩そうと仕掛けてきた。内心ほくそ笑もうとした。崩された後、相手が勝ちを確信した瞬間が私にとって得意な場面だ。しかし、彼も私がこれでどうにかなるとは思って無いらしい。

本気で崩してはこなかった。


ディオは一旦私から距離を取り、状況を最初に戻そうとした。

私は剣をギチッと握りなおす。ディオはスッと息を吸った。


来るッーー


今度はディオから仕掛けてきた。この場合、私は防御が定石。


ーーだが防御はしない。私も迎撃、というより考えも無しに特攻していく様に距離を詰めた。ディオは少し驚いた様に眉を吊り上げ、攻めを躊躇い立ち止まる。心が揺れたところに一撃。

ここで仕留められないのは分かっていた。ディオの判断力はかなり鋭い。反撃の余地を与えないようにもう一度剣を振るう。剣を振るう速度を剣にぶつかる直前に緩める。相手が驚き、受けるタイミングを惑わせた心の隙に二撃目。


キィーーンという金切声と共にディオの体勢が崩れる。そこへ三撃目、ディオも必死で防御。寸前で受けられたがそれで良い。

四撃目。隙ができた首元に剣を這わせる。


静寂が訪れた。剣を這わせた首元にディオの汗が流れる。

私も額から汗が滴る感覚を感じた。 静かなせいかその感覚がよりはっきりと感じられた。

荒くなった息遣いだけが響く。

演劇を見るかの様に眺めていたミネルウァ先生がハッとして


「勝者、イディア!!」

と大きな声で叫んだ。


それを聞いて剣を納める。私は尻餅をついているディオに手を差し伸べた。


ぼーっとしているディオは少し私の手を見つめてから手を取った。

「最初の、防御への反応が早くて、驚きました。」

少し息切れをさせながら言葉を紡ぐ。


「ありがとうございました」

私の礼に合わせてディオも礼をする。


「こちらこそ。素晴らしい剣技でした。」

平然を取り戻した様に見えたが、未だに動揺が感じられた。

プライドが高かったら私はあからさまに嫌われるだろうと思ったが、そんな事は無さそうで安心した。

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